見える言葉

鳥尾巻

ボクはパンダじゃない

 そいつはボクのことをてわらった。

 花粉症かふんしょうがひどくて、ゴーグルみたいなメガネをしてたからかな。ボクががかゆいってったら、おとうさんがってくれたんだ。フチがあおくてのまわりをぐるっとかこむかっこいいメガネだ。

 

 その小学校しょうがっこうでもいっぱいいじられて、ちょっとへこんでたかえりみちだった。花粉症かふんしょうなんて、だれでもなるのにさ。いつもはメガネしてないから、めずらしかったのもあるんだとおもう。

 先生せんせいがちゅういしてくれて、みんな「ごめんね」ってってくれたけど、ボクはちょっときずついていた。


 公園こうえんのそばをとおると、ボクとおなじ3年生ねんせいくらいのおとこが、ブランコにっているのがえた。ときどき、近所きんじょかけるだ。いえちかいのかな。おおきながネコみたいで、ちょっとがつよそうなかんじ。

 そのはボクをて、きゅうにがった。そして、タタッとはしってちかづいてくる。いつもはとおくからうだけだったのに、どうしたんだろう。


 ボクのメガネをじっとて、笑顔えがおになる。ボクをゆびさしてから、じぶんの両手りょうてゆびをまるくして、ててパンダみたいにしたあと、かおまえみぎのひらをヒラッとさせる。

 なんだろう。バカにしてるのかな。ボクはむっとして、そのかおをにらんだ。


「なんだよ、そんなにこのメガネがおかしいの!?」


 ボクがおこったこえしても、そのはボクのことをじっとているだけだ。おおきながいっぱいにひらいて、ビックリしたネコみたい。


「あ……」


 ちょっとおくれて、その両手りょうてをあげてなにおうとしたけど、ボクはムシしてはしりだした。



「ただいま」


 いえにもどると、パートからかえったばかりのおかあさんがいた。ボクはあらってウガイをして、ふくをきがえてから、リビングにった。

 しゅくだいをしてから、オヤツのドーナツをべながら、おかあさんに今日きょうのできごとをはなす。


「でさ、学校がっこうかえりにもバカにされたんだよ」

「あら、だれに?」

近所きんじょの子。ボクとおなじくらいかな。ちがう学校がっこうだとおもう。がおっきくてネコみたいなやつ。なんか、ゆびさしてパンダのマネしてた」

「ああ……サトルくんね」

「おかあさん、ってるの?」

「うん。サトルくんのおかあさんとお仕事しごとがいっしょなの」


 おかあさんは、ゆびについたドーナツのサトウをウェットティッシュでいて、きゅうにマジメなかおになった。


「あのね。テツ、よくいてね」

「なあに?」

「サトルくんは、みみこえないの。だから、そういうたちが学校がっこうかよってるの」

「えっ」

「だから、多分たぶん、テツに手話しゅわはなしかけたんだとおもう」

「しゅわ?」

みみこえない人や、こえないひと使つかう『える言葉ことば』よ」


 ボクはむねがドキドキした。じゃあ、サトルくんは、あのときなんてったんだろう。なにかおうとしてたのに、ボクはおこってちゃんとかなかった。


「あのね、おかあさん。サトルくん、パンダのマネしたあと、こうやって、手をヒラッとさせてたんだ」


 ボクはサトルくんのうごきをおもしながら、まえにむけたのひらを、ヒラッとうらがえして、自分じぶんかおちかづけた。それをたおかあさんは、こまったようにわらう。


「おかあさんにもわからない。いっしょに調しらべてみようか」

「うん」


 ボクはおかあさんといっしょに、インターネットで手話しゅわ調しらべてみた。うごきだけでけんさくしたから、たいへんだったけど、よるかえってきたおとうさんも手伝てつだってくれて、ようやくサトルくんの言葉ことばがわかった。

 あれはバカにしたんじゃなかったんだ。ボクははんせいして、サトルくんにテガミをいた。

 それからずっとテガミをあるいている。おかあさんにたのんでわたしてもらってかったけど、サトルくんにったら、自分じぶんでちゃんとわたしてあやまりたかったんだ。

 


 それからすこしして、花粉症かふんしょうのメガネをはずせるようになったころ、また公園こうえんでサトルくんをかけた。

 サッカーをしてあそんでいるたちを、ブランコにってぼーっとている。サッカーしてるたちは、ボクの学校がっこうともだちだったから、ボクをおおきなこえんだ。


「テツー!いっしょにサッカーやろうぜー!」

「うん、ちょっとまってて!」


 ボクは、ともだちとはぎゃくのほうにいるサトルくんにちかづいた。おおきながボクをて、またビックリしたネコみたいになっている。

 ボクはサトルくんのまえって、そのつめた。ひとさしゆび中指なかゆびをニンジャみたいにててオデコにて、すぐに両手りょうてひとさしゆびどうしをオジギさせる。


「こんにちは」


 あれから、手話しゅわすこし、べんきょうしたんだ。


「このまえは、えーと、ごめんね」


 このまえ、が分からなかったから、親指おやゆびひとさしゆびでまゆあいだをつまむようにしたあと、シュッと片手かたてをチョップみたいにりおろす。「ごめんね」って手話しゅわだ。

 サトルくんは、ボクのかお、いや、くちをじっとている。返事へんじおくれたのは、くちうごきをてたんだって、おかあさんがおしえてくれた。

 そして、ボクの手話しゅわて、パッと笑顔えがおになった。ブンブンとくびよこにふって、二ッとわらう。ボクはポケットからテガミをした。


「これ、テガミ。んで」


 サトルくんによくえるように、くちおおきくけていながらわたした。手話しゅわもセツメイもうまくできないし、テガミだって「える言葉ことば」だとおもう。


「ごめんね」と「ありがとう」を。あと、キミとともだちになりたいってこと。

 サトルくんは、をキラキラさせて、うれしそうにうなずきながらんでいる。


「テツー!まだ~?」


 むこうでともだちがボクをんだ。ボクはサトルくんのかたかるくたたいてかおをのぞきこんだ。


「いっしょに、あそぼう」


 ボクの言葉ことばがわかったのか、おおきながまた、まんまるになる。ボクは、元気げんきにうなずいたサトルくんのをとって、なかまのところはしってった。

 ボクたちは、しんゆうになれるがする。これからサトルくんの言葉ことばすこしずつおぼえていこう。


 あの、サトルくんは、「キミのメガネ、かっこいいね」ってってくれたんだよ。


おわり


◇◆◇


参照さんしょう


新星しんせい出版社しゅっぱんしゃ

「ひとでわかる 実用じつよう手話辞典しゅわじてん

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