第11話

 最初はこの数は3日は掛かりそうだなとうんざりしていたけれども、終わってみればあっという間だった気がする。家に帰って来たのが3日振りと言うわけでも無く、毎日帰ってきて休んでいたから、いつもとあまり変わらなかったとも言えるだろうか。

 ただ、この2日間は大丈夫だったのだけど、最終日となる今日は少し想定外の事が起きて軽い怪我をしてしまったのだ。想定外とは言えども、まさかこれほど腕が鈍っているとは思いたくもない気持ちになる。


 夜中でも元気に飛び回っているカラスがこちらに向けて鳴くのがまるで私を笑っているように感じて……そこまで被害妄想が進んだ所で思考を辞めた。

 きっと、烈火のごとく怒った湖夏さんに説教されるんだろうな……。

 ついに見えて来た我が家を前に、少し気が重たくなりつつも、どうにか口でお説教を避けられないだろうか、と考えながら扉を開ける。


 「ただいま」


 「おかえり。今日は遅かった、みたい、だけど……」


 徐々に言葉の勢いがなくなり、ここまで分かりやすく感情が抜け落ちていくように表情が動く事があるのかという新たな発見と共に、取り合えず私は先に謝ってみる。


 「えっと、ごめんなさい」


 惜しむべくは湖夏さんが悪いことをしてもいないのに謝る事が嫌い、という情報が頭から抜け落ちていた事だろう。


 「何を謝るのかしら、何か悪い事でもしたの?」


 「いや、別に悪いことをしたわけではないような、あるような……」


 何を言ったところでぼろを出し続けそうな気がしてきた。口で湖夏さんに勝とうなんて10年は早かったかもしれない。


 「私に謝ったという事は私に対して後ろ暗い何かがあるのでしょう?言ってみなさいよ」


 「この程度で怪我しちゃったし、修練が足りないって怒られそうかなって……」


 ここは誤魔化すところだろうかと思いつつ、しかし目は口程に物を言うという言葉があるように、湖夏さんの目はさっさと吐け、と語っているのを見て取り、ここで誤魔化すと更に雷が落ちるだろうと恐る恐る告げると、やはりと言うか湖夏さんは私を見逃してはくれないようだ。


 「ええ、そうね。分かっているのなら話は早いわね。お説教もそうだけど、後でしっかりと特訓に付き合ってあげましょうね」


 「はい……」


 「ほら、今はこの程度にしてあげるから、ご飯が覚める前に食べなさいよ」


 確かにご飯は用意されているみたいで、居間からは出汁の利いた良い香りが漂ってきている。


 「やった、これはいつものきつねうどん?」


 いつもの、というか湖夏さんはきつねうどんが大好きなので偶に作るときはきつねうどんだし、私が作った時にもいろいろと口を挟むほどのこだわりを持つくらい好きなのだ。


 「ええ、そうよ……何よその顔は、だらしないわね。私だってやろうと思えば他の料理だってできるんだからね」


 「ええー?そう言って、きつねうどん以外を作ってるところ見たことないけどなー」


 「随分生意気ね、良いわ。今度飛び切り美味しい料理を作ってあげるから覚悟しておきなさい」




 「流石、湖夏さんの作るきつねうどんは美味しいね」


 「当たり前の事よ。それよりも、この数日に起きた出来事を整理していくわね」


 私は夕食を食べてから片付けを終えて、あとついでに傷口の消毒もしてから湖夏さんと向き合って座っていた。


 「まずは岬と一緒に向かった関係者への招待。一応鈴の付喪神にも確認をとったけれど、そんなことまでありがとうと感謝されたから問題は無いわね」


 「鈴の人もその辺りに関しては結構な後悔が残ってそうだったから、感謝されたなら良かったよ」


 人の葬儀のようにあちこちから関係者を集めて行うわけではないから、本来は招待もしないけれどそれでも氏神家の葬儀には顔を出したいと申し出てくる人も少なくはない。


 「今、招待しているのはあの二人、それから陰陽連からも参列したいって申し出があるわね。差出人は藤原を筆頭に数名だけど、取り合えず保留にしてるから岬の判断次第で了承の返事を出すわ」


 「藤原のお爺様なら悪いようにはならないだろうし構わないよ」


 何度も藤原のお爺様には会ったけれど、悪い人でもなさそうだし、問題を起こしそうなのは他の総長さんと一緒にいる時くらいだから今回は大丈夫だろう。それに、普段から湖夏さんが迷惑をかけているみたいで、勝手に支部に入り込むのを止めてくださいって何回か連絡が来たから、出来るだけ協力的に振る舞ってあげたいのもある。


 「それじゃあ、次は道具屋からだけど、色々と届いたみたいだからやしろの奥の間に運んでおいたわ」


 「流石は月輪つきのわさん、いつも仕事が早くて助かるね」 


 「これで本格的に清めの儀を行って儀式をするだけね。あんな物騒な付喪神、さっさと還してあげないと、何が起こるか堪ったものじゃないわ」


 「他にはなにかある?」


 「そうね、共有すべきだと思ったものはこのくらいね」


 よし、話が終わりそうな流れになった、このタイミングなら逃げ出せるかもしれない。


 「なら、今日はもう休むね……休んじゃダメ?」


 何事もないかのように立ち上がろうとした私を上から抑え込む湖夏さん。

 試しにもう一度立ち上がろうとする私と、今度はもっと強く抑え込む湖夏さん。


 「ダメ」


 「はい……」


 「まずは正座から始めましょうか」


 言外げんがいの圧を感じた私が抵抗できるはずもなく、私はみっちり2時間、陰陽師としての心構えから始まり具体的な修行の計画と今後の改善策を考えるようにと説教をされた。そのどれもこれもが私が考えて答えるものだから適当に聞き流していると更に長くなるものだから、山狩りよりも疲れた一幕であった。

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陰陽師と葬儀屋 樋口 快晴 @amenotikaisei

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