第14話
奏は静かにブランコを漕いでいた。優太朗は公園に入り、彼女に声をかけた。
「奏さん」
こちらに気付いた奏はブランコを漕ぐのをやめて、ゆっくりと近付いてきた。泣いた後とは思えない、凛とした表情だった。
「何?」
奏は髪を耳にかけながら明るい声で言った。夕日が彼女の髪を黄金に透かしていた。
気丈に振る舞うのは優太朗が気にしないようにという配慮だろうか。そんな風に優しい彼女を傷付けたことに胸が痛んだ。
「罰ゲームだと思ってました。ごめんなさい」
優太朗はまず謝った。
「いいよ、許すよ。ゆうゆうが悪いわけじゃないもんね」
奏は柔らかな笑みを浮かべて言った。そして、
「じゃ」
なんともない風を装って立ち去ろうとする。
「待って!」
優太朗は踵を返した彼女の手を掴んで引き止めた。
「まだ話があります」
優太朗は謝るためだけに来たわけじゃない。それ以上に伝えたいことがあった。
優太朗は奏を傷付けた。小学生の時に優太朗を傷付けた女子と同じように。謝っても、なかったことにはならない。それでも、せめて彼女がトラウマにならないようにしたい。自分みたいに夢に見てうなされたりしないようにしたい。関係は戻らないかもしれないけど、それでも伝えないといけないことがある。
優太朗は奏の手を掴みながら、彼女の目を見て話した。
「たしかに最初は勘違いしてました。でも途中からは本当に好きでした。こんなこと今さら言っても気持ち悪いかもしれないけど、本当に好きです」
普段の優太朗ならしないだろう。柄じゃない。でも今は言わないといけない。奏のために。
大切なものを渡すように奏の手を両手で包む。恥ずかしさを抑えて彼女の瞳を見つめ、本心を伝えた。
「愛してました」
奏がわずかに目を見開いたのが分かった。二人の間に沈黙が流れる。奏は唾を飲み込んでから言った。
「それで?」
優太朗は手を離して言った。
「それだけです」
本当にそれだけを優太朗は伝えに来たのだった。もちろん別れたくないという思いはある。でも自分が原因なのだから、それはただのわがままだ。
「あっそ」
奏は刺すように言うと優太朗に背中を向けて歩き出した。
優太朗はまたやらかしたんだと直感した。考えるよりも先に体が動き、いつの間にかまた奏の手を掴んでいた。
それで優太朗は自分の中のエゴに気付いた。
「何?」
奏が期待するような目で見てくる。その期待に応えられる自信なんて全然ない。
でもふと、皆そうなんじゃないかと思う。
奏が勇気を出して一歩近づいてきてくれた。そこから二人の恋は始まった。
だったら今度は優太朗の番だ。
「奏さんはきれいで優しくて思ったより真面目で。でも僕はカスで」
ああ、こんなんじゃダメだ。
優太朗は逃げ出したいような不安や緊張をはね飛ばして、奏の目をまっすぐ見た。
「僕は奏さんのことが好きです。付き合ってください」
腰を折り曲げて、静かに手を差し出した。
奏はすぐに返事をしなかった。沈黙が二人の間に横たわり、風にそよぐ草木の音だけが聞こえた。優太朗には一時間にも一日にも感じられた。
沈黙を破ったのは奏の笑い声だった。
「アハハハ、情けない告白っ」
腹を抱えてコロコロと笑っているようだった。やはり今さらこんな告白じゃダメだったか。優太朗は目を瞑ったまま苦しみを噛み締める。
「言っとくけどゆうゆうと付き合ってくれる女の子なんてアタシくらいだからね」
優太朗はハッと顔を上げた。
奏は微笑んでいた。湖面のように潤んだ瞳が夕日を反射して美しかった。
「ほら」
奏は腕を広げ、優しく笑った。優太朗は泣きたくなった。
優太朗が奏の背中に手を回すと、彼女も優太朗を包んでくれた。
「好きです」
「アタシも」
優太朗のせいで一度は終わってしまった関係だ。今度はいつまでも続くようにしたい。
優太朗は奏を力強く抱きしめた。
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