第8話

 火曜日も二人で一緒に帰った。水曜日は奏が友達と一緒に帰ると言ったので一人で帰った。木曜日はまた二人で一緒に帰った。金曜日も。


 そして金曜日の夜。風呂上がりの優太朗は髪もろくに乾かさずにベッドに倒れこんだ。枕に突っ伏してハアア~と長いため息を吐いた。横を向くと窓枠に切り取られた夜空が物寂しく輝いていた。


 僕はおかしくなってしまった。と優太朗は思った。黒ギャルなんて最も苦手とする生き物だったのに、自分のことをからかってくる彼女のことなんか大嫌いだったのに、いつのまにか彼女と一緒に帰ることを楽しみにしている。彼女に会えないと寂しく感じるし、会えるとかわいくて胸が弾むようになってしまった。


 この感情をなんと言うのだろうか。


 いや、そんな乙女みたいなことを優太朗は言いたいんじゃない。これが恋だというくらい陰キャでも分かる。むしろ陰キャだからこそ分かるというべきか。消しゴムを拾ってもらっただけで恋に落ちる人種なのだから。


 問題はそこじゃない。なぜ恋に落ちたのかだ。いや、これも陰キャだからか。消しゴムを拾ってもらっただけで以下略。


 だから問題はこれでもない。重大なのは、いつか彼女との関係が終わりになるということだ。すでに片足彼女という沼に浸かっている。このままいけば両足どころか首まで浸かってしまう。そこでドッキリのネタバレをされたら、小学生の時より傷つきかねない。


 これ以上引きずり込まれる前になんとかしなければ。


 そんなことを考えていると、ポロポロン、とスマホが鳴って、「うひゃあっ!」と飛び起きた。


 なぜか一瞬のうちにベッドの上に正座していた優太朗は、枕元に置いてあったスマホを恐る恐る手に取った。


 案の定奏からだった。優太朗は少し頬が赤くなった。一体いつから金曜日の夜が最もリラックスできない時間になったのか。愚痴を呟きながらも、指は素早くトーク画面を開いた。


『明日ウチ来ない? 誰もいないから』


 アシタウチコナイ? ダレモイナイカラ。


 え!? 待って待って待って、ちょっ待って待って待って待って「待って待って待って待って待って」


 そういうことだよね、そういうことだよね!?


 どうしよう、どうしよう、どうしよう!?


 意味もなく立ち上がって部屋の中を右往左往していると、またメッセージがきた。


『映画見よっ! アタシの好きなヤツ』


 メッセージを見て優太朗の体は硬直した。それからゆっくりとベッドに転んで、


「ア゛ア゛アアアアアアァァァ――――ッッ!!!」


 枕を口に押しつけて叫びながら転げ回った。


 惚れないようにしようと思っていたくせに、そういうことができると分かった瞬間それしか考えなくなった。脳が性欲に支配されている。ほんと脳チンすぎて嫌になる。後悔と羞恥と自己嫌悪でメンタルがズタズタになった。


 ほんとどうにかしないと。下手したら明日襲い……はしないけど、気持ち悪い行動を取ってしまいかねない。


 よし、精神統一だ。煩悩を消し去ろう。


 そう考えた優太朗は座禅を組み、日付が変わるまで瞑想をした。


 翌日、日が高く上った頃に目覚めた優太朗は、返事をしていないことに気付いた。


 慌てて奏に謝罪メッセージを送る。


「申し訳ありません。気が動転して返事を忘れていました」


 すぐに既読はついたが、返事はなかなか返ってこなかった。


 やばいやばいやばい! 怒らせてしまった!


 命の危険を感じて、祈るようにスマホの画面を見つめていると、10分後にようやく返事がきた。


「で、ウチ来るの?」


 不機嫌な感じはするが、極端に怒っているというわけではなさそうで、ひとまず安心した。これ以上機嫌を損ねないように無難な返事をする。


「喜んで行かせていただきます」


「じゃあ13時に駅で待ってるね」


 優太朗はずっとそわそわしながら身だしなみを整えて、彼女の家の最寄駅に向かった。


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