願いと、縁


 ――ザッ、ザッ


 箒を動かすたびに桜色の花弁が踊る。

 いつの間にか満開になっていた桜は、猫社の参道を埋め尽くしていた。


「やっぱりこの時期は毎日掃かないと、すぐに積もっちゃうね」

「でもこの作業、なんだか楽しいです!」

「あはは~。それなら良かった」


 紡生と神余かなまるは、二人掛かりで、降り積もった桜の花びらをどかしていた。


「本当に、あっという間に満開になりましたよね」

「そうだね~。最近本当に温かくて、ついうたたねしちゃうよ」

「あはは。ミケさんも最近、縁側でよく寝ていますよ。アメちゃんと一緒に、庭にある桜を眺めながら」

贅沢ぜいたくだねぇ。でも今日は、僕らもお招きされているもんね」

「はい! 早く終わらせちゃいましょう!」


 そうなのだ。今日は猫社の掃除が終わり次第、屋敷でお花見をすることになっている。

 お花見と言えば、思い起こされるのはおいしいごはん。紡生は以前食べたミケの手料理を思い浮かべて、喉を鳴らした。

 神余も同じ気持ちなのか、地面を掃くスピードが上がっていく。参道も終わりがけにきており、鳥居の下を念入りに掃いていく。


 と、そのとき。


「あ! いた!」

「やあ、小宮さん」

「こんにちは~」


 三者三様にかけられたあいさつに、顔を上げる。

 鳥居の前には、あわせ屋の仕事で知り合った赤堀あかほり黒永くろなが蒼樹あおきの三人が立っていた。


「あれ、皆さん。どうしたんですか?」

「以前のお礼を持ってきたのよ。ほら、お礼なら猫社に、って言っていたからさ。来たら会えるかなって」


 そう言うのは赤堀。

 手にはお供え用のお酒と、それとは別にお菓子の入った袋が下げられている。


「俺も、猫社にお礼と、あとミケ君にもお礼をと思って来たんだけどさ。ちょうど商店街の交差点で、こちらの二人と出会ってね」

「ええ。皆さん同じ方向に向かうものだから、まさかと思って聞いたら、案の定猫社に向かうと言って。だったら、ご一緒しようって話になってね」


 そう言う黒永と蒼樹の手にも、似たような紙袋が下げられていた。


「いや~、ほんと。こんなに重なるとは思っていなかったけど、それだけ貴方たちが人助けをしてくれているってことよね。すごいことだわ」

「本当だよ。おかげで前を向くこともできたし、とらじろうも元気を取り戻しつつあるんだ。本当にありがとうね」

「私も、本当に感謝しているわ。皆さん。本当に、ありがとう。この御恩は忘れないわ。何かあったら、力にならせてね」


 それぞれにお礼の言葉を告げられ、心が温まる。

 ああ、自分の選択は間違っていなかったのだと、改めて、そう思った。


  ――プルルルル


 そのとき、紡生のスマートフォンが鳴りだした。着信画面を見ると、”夏苗かなえ”の文字が映し出されている。

 今の時間帯は、まだ仕事中のはずだ。勤務中にも関わらず、従姉からかかってきたということは、何かがあったに違いない。

 紡生は皆に断わりを入れると、恐る恐る、通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『あ、もしもし。つむ? 夏苗よ。今大丈夫?』

「うん。どうしたの?」

『あのね! あの猫ちゃんが――!』


 電話口から、夏苗の興奮した声が響いてくる。そして続いた言葉に、力が抜けていった。


「よ……よかった~~!」


 夏苗の口から告げられたのは、病院に預けていたギンの回復だった。奇跡的に、目を覚ましたそうだ。

 毒や虐待ぎゃくたいで弱った身体は相変わらずではあるものの、一先ず山場は超えたらしい。今後は徐々にリハビリをしていけば、元の生活に戻れるとのことだ。


 紡生は涙をにじませながらも、心からの笑みを浮かべた。

 

 



 その様子を、商店街の路地裏から見つめる影が二つ。

 ミケとアメだ。


「賑やかね~」

「……そうだな」


 猫社に訪れた人々が、こうして笑顔で集まっている。

 ミケは、その光景を見る日が来るとは、思っていなかった。自分の仕事は人に見られることはなく、いつもただ黙々と猫を帰すばかりだったから。


 それがたった一人。

 たった一人入っただけで、こうも変わるのかと、目を細める。


「あいつ、不思議と人をひきつけるよな。ほんと、変な奴」

「あら。そりゃあそうよ。あの子は、あたしが見込んだ子よ?」


 アメは自信満々に胸を張ってみせた。


「紡生ちゃんはね、とても真っ直ぐなの。心も、言葉もね。そう言う子の言葉には、力が宿る。なんでも思い通りになるなんて、大層な力じゃないわ。でも、誰かの幸せを願う心と言葉、そしてそのために行動できる力があるのなら、ほんのわずか、助けになる力。それを持っている子なんて、そうそういるもんじゃないわ」


 誰かの幸せを、心から願って、動く。だからこそ、関わる人の心も動かせるのだ。


「あの子は、純真な真心でできたような子。そんな子が、昔もいたわね。……人も猫も、神も妖も。分け隔てなく、接することのできた女性が」


 アメは小さくそう零した。

 本当に小さな声だった。けれど、猫のミケには、はっきりと聞こえた。

 思わず、足元にいるアメを凝視する。


「……まさか」

「知らなかった? 猫社は、を繋ぐための神社なのよ? 猫と人を、ね」


 呆然としたミケに、アメは明るい笑みで応えた。

 はっきりした答えは口にしないけれど、ミケには十分に伝わった。


 再び、顔を上げる。

 猫社からは参拝者と別れた紡生と神余が、こちらへ向かってきていた。

 と、ミケ達に、紡生が気がついた。


「おーい、ミケさん。アメちゃん~!」


 両手にお礼の品を抱え、それでも大きく手を振る紡生を、ミケはまぶしそうに眺めた。


「あれ。ミケさん、どうかしました?」


 ぼうっと見つめられた紡生は、ミケの顔を覗き込むように首を傾げた。


『いつか、また、会えるから。きっとあなたに会いに行くから。待っていて』


 ミケの中で、過去の記憶が思い起こされた。そして光が、紡生と重なる。


 ああ、そうだったのか。


 ミケはようやく気がついた。そして、柔らかく微笑む。


「……おかえり」

「え? 何がです?」

「いや。言ってみたくなっただけだ」

「ふーん? 変なミケさん」


 紡生はそのまま屋敷へと歩いていく。その途中、思いついたように振り返った。


「ただいま!」


 満面の笑みを浮かべた紡生は、やはり、まぶしい。それでもずっと見ていたくなるから、不思議だ。それが面白くて、ミケは小さく声を上げて笑った。


「え、な、何?」

「別に。あんたがいてくれて、よかったと思っただけ」


 そっけなく返したミケは、紡生を抜いて屋敷に入っていく。

 紡生は動けなかった。言われた言葉を、すぐに飲み込めなかったから。


 呆気にとられたまま、隣にいた神余とアメに首を向ける。


「……い、今……?」


 二人は笑ながら頷き、紡生の背を押した。


 ぶわりと涙が滲む。嬉しくて、嬉しくて。紡生は湧き上がってくる衝動のままに走り出す。

 光指す、あの場所へと。

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あわせ屋ミケさんと、猫社の管理人 香散見 羽弥 @724kazami

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