眼鏡は私のアイデンティティ

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眼鏡は私のアイデンティティ

「眼鏡無い方がいいんじゃない?」

 高校のとき、付き合っている人にそう言われて、週末には眼科に行って初めてコンタクトを着けた。

 眼鏡は私の世界を広くしてくれた相棒だった。初めて眼鏡掛けるまで視力が悪いということをはっきりとは理解していなかったのに、掛けたときには見違えるくらい世界が変わった。

 そのとき鏡に映った眼鏡を掛けている自分を見て、君が相棒なのかと視認する。世界が広くなって、解像度が上がったみたいだった。

 そんな相棒を外し、今はコンタクトを手に入れた。

「なんか変な感じだ」

 着けるのに一時間ほど格闘し、なんとかコンタクトを着けたとき鏡に映った自分はもちろん眼鏡を掛けていなかった。全ての視界がよく見えて、これはこれで不思議な感じがした。


「髪の長いのっていいよね」

 大学のときにそう言われて、それから私は髪を伸ばし始めた。私は好きな人により好きになってほしかったのだ。


「赤いリップは好きじゃない」

 社会人になって言われたのはそんなこと。自分の顔を華やがせるその色が好きだったが、そう言われれば仕方ないので万人受けしそうなピンク色を新たに買った。



 市内に一人で買い物に行こうと思う。玄関の姿見で自分の姿を確認してから家を出ようとしたのに、私はそこで動けなくなった。

 眼鏡の無い顔、鬱陶しいほど長い髪、万人ウケしそうなピンク色のリップに、流行りの服を纏った自分。

 果たしてこれは私だろうか。これが私でいいのだろうか。

 まず浮かんだのは疑問だった。

 こんな姿で出掛けるのはなんだか嫌な気がした。自分自身に嘘を吐いているような気がする。決してこの姿が嫌いという訳ではないけれど、デートでも無いのになぜこんな格好をしなければいけないのだろうか。自分のために出掛ける日には、自分のための格好をしてもいいんじゃないだろうか。

 コンタクトを取って眼鏡を掛けると、久しぶりの相棒の存在を感じ心が熱くなる。長い髪は下ろしたままだと鬱陶しいので、お団子にして背中に落ちないようにした。服は動きやすいカジュアルな物を。

 再び姿見の前に行くと、好きな自分がそこにいた。だから気分よく外へ足を踏み出した。

 買い物をしていると、偶然彼氏に会った。私の姿に、意外そうな顔をしていた。

「……私はこんな自分の方が好きなんだ」

 彼氏にこんな姿を見せたのは初めてだったかもしれない。これで幻滅してフラれたならそれまでだと思った。

「僕の好みでは無いけれど、君が君らしくいられるその格好をしている君のことは好きだよ」

 そう言ってくれたから、どこか肩が軽くなった。この人は、自分が好きな格好をしていなくても私のことを好きで居続けてくれるらしい。

 買い物はまだしたいから、昼ごはんだけ一緒に食べようと提案して私たちはパスタとパフェを食べた。そして私は買い物に戻る。

 次のデートでは君が好きな格好をしていくと思う。私は多分、君好みの格好をする自分自身も割と好きなようなのだ。じゃなきゃここまで髪を伸ばすなんてこともやってない。

 けどたまにはそんな格好に眼鏡を掛けて自分らしさを出してみようかな、なんて。そんなことを思ったりして。

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