観測者という支配者

氷河じん

第1話

 呪術は運命を変える方法である。だが、呪術と名前を聞いても、今の時代では理解されない。

 近代化と共に迷信とされ、世界の表舞台から降りた。しかし、それまで千年以上続いた理由を誰も考えない。

 権力者は過去の遺跡からも呪術を使っている。それは古墳に現れている。

 そして、今も権力者は使っていた。それは、近代の科学の知識でなく、経験則として知っているからだ。そのため、廃止になった陰陽道の術者は、違う形で生きていた。

 それは霊能力者、占い師など呼ばれるが、力と歴史のある者は違う。

 権力者の相談役として影ながら生きていた。そして、科学では理解できない奇怪な事象にも対処していた。

 その中で問題としていた。事象が起きた。

 新人類。

 人の中に新しく生まれた人間だ。だが、変わっているのは中身だ。呪術とは違う法則で、一般には見えない力を使う。これには、呪術だけでは対処できない。呪詛じゅそというのろいでは殺せないからだ。そのため、野放しになっている。だが、十七歳以下であり、今は社会の脅威にはなっていない。

 彼らは自分の欲のために力を使う。今は社会を知らないので大きな事件はない。だが、権力を握る者には放置できなかった。


 わが家は都内にあるが、家は古くいまだに床は畳である。父の部屋も畳であり、バリアフリーなど内装を変える気はないようだ。

 父は不動産を生業にしているが、陰陽道の呪術を引き継いでいる。そのため、国を動かす議員から相談を持ち掛けられることが多い。

「今日、呼んだのはおまえの力に関してだ。おまえは私たちと違う力を使う。おまえは新人類として、なにを成すべきか問いたい」

 僕は今まで、これほど厳しい父の顔は見たことがなかった。

「僕の役目は観測です。観測以外に干渉はしません」

 僕は答えた。

 僕は神田かんだ夏音かのんと名付けられている。しかし、隠している本名がある。それは呪詛に対する防御策だが、今では記憶の隅にしかない。

 十六歳の僕は陰陽道の呪術は父から仕込まれて、裏の世界でいう『術者』として力を使える。だが、同時に新しい人類であり『能力者』としての資質もあった。そのため、術者と能力者の敵にも見方にもなれなかった。

「では、おまえは見るだけなのか? そんな術者は知らん」

 父には満足な回答ではないようだ。

「そういう、能力と思ってください。記録をつけるぐらいにしか役に立ちません」

 僕は父の目を真直ぐ見た。

「それなら、能力者達の暴走は止めないのか?」

 刀のような危険な鋭さを感じる。下手なことをいえば殺される可能性はある。父はそれだけの権力と力を味方につけている。

「はい。しません。それにできません。記録をつけるだけです」

「では、術者として動かないのか?」

「できません。能力が先にあります。お父さんの求める力はありません」

「それなら、術者の力にはなれないのか?」

「術者も能力者も観察対象です。なにもしませんし、なにもできません。僕に期待されてもなにもできないのです」

「そうか。わかった」

 父はたたみをこする音をさせながら立った。

「おまえは記録をつけろ。後世に残す」

 ふすまを開けて父は部屋から出る。

「……はい」

 僕はうなずくしかなかった。


「よう。見つかったか?」

 横暴そうな男はいった。

 年の頃は高校生ぐらいだろう。校章のついたブレザーを着ていた。しかし、着崩して着ている。それが、ファッションだと思っているようだ。見るものから見れば、ファッションセンスはない。素直に着ている方がファッションセンスが良い。

「いないみたいだ。同じように探しているヤツにきいたが、ダメだった」

 友達と思われる男は首を振った。

 場所は繁華街であり、高架下に店が並んでいる。もちろん、反対側にも店が並ぶ。繁盛しているようで、狭い道なのに人は多い。

「やっぱり、都市伝説か? 力をもらえるってのは?」

 ウワサでは望んだ力を手に入れられるといわれている。そして、その力は格闘技の優勝者よりも強いらしい。

「それなら、求める力をもらえるところでウソと思うね。でも、これだけのウワサだ。なにかあるはずだ」

「まあ、ヒマつぶしにはちょうどよい。しばらく、探そうぜ」

「そうだな」

 二人の高校生は街をぶらついた。


「ねえ。あの二人は?」

 ショートパンツの女子が、すれ違った二人の高校男子を親指で指し、先頭を歩く男にいった。

「ダメだね。僕たちとは違う。普通の人だ」

 見た目は普通の高校生だ。古着でオシャレをしている。しかし、それ以外に開放者の特徴は薄かった。

「そっか。仲間は集まらないね」

「そうでもないよ。開花した人数は多い。君たちみたいに、恩義を感じて守ってくれる方が少ないのさ」

「勝手気ままにしているヤツらね。消えて欲しいわ。恩を忘れて自分の欲望を満たすばかり。ムカつくわ」

「そう思ってくれるだけで、僕は救われる。ありがとう」

「別にそういうつもりでいってないわよ」

 女子は恥ずかしそうに顔をそむけた。

「今日も、この休憩所しよう」

 ビルの外階段を二階に上ると、自動販売機が並んでいる。ベンチと灰皿が置いてあり、休憩のための場所である。

 一番奥に少年は座った。

 開放者の少年は名前を名乗らない。ただ、ユウとだけ名乗っている。仲間は本名を名乗っている。先ほどの女子は晴良せいらと名乗っているが、苗字は名乗らない。それが、このグループの共通の認識だ。寄らず触らずの距離で友達になっている。

 開放者の仲間は十人もいない。いつも五、六人で街を散策している。気になる服やバックがあれば立ち止まり仲間と話している。

 だが、そんな彼らにも目的はある。

 才能の開花。そして、行き詰った世界の開放である。

 開放者は何百人の同年代の男女の才能を開花させた。

 開花させた才能は、普通に絵画や音楽の才能。他にも、研究者としての道もあった。だが、一番の目的は能力者だ。

 仲間になり、そして、古い構造を内側から訂正する力を必要としていた。

 二階のドアから、一人の男が出てきた。身長は低いが十五である開放者と、同い年に見えた。

「やあ」

 開放者は話しかけた。

 男はビクッと体を震わせた。

 六人の集団に声をかけられたのだ。カツアゲという強盗に間違われたようだ。

「僕は君のような人を探している。警戒はしないで欲しい」

 開放者のいうことは理解できない。しかし、仲間は黙って納得しているようだった。

「僕に用ですか? 金は使ったので持っていません」

 買い物帰りの男はいった。

「僕の用は君の困りごとだね。僕なら君の力になれると思った。だから、こうして声をかけている」

 男はさらに危機感を持ったようだ。逃げ道を探している。

「他人なのに力になるのですか? 余計なお世話でも、赤の他人にするとは思えません」

「そうだね。でも、僕の目的のために君に話しかけている。仲間になって欲しいとはいわない。だが、君の才能を潰されるのは嫌でね」

「才能なんてないですよ」

 男は逃げることに決めたようだ。だが、階下から開放者の仲間の男が上ってきた。

「ユウ。彼には理解できない。無理やりにでも開花させるべきだ」

 あがってきた男はいった。

「それは、僕の望むことではない。あんなウワサを流して動いている意味がない」

 開放者は答えた。そして、逃げられなかった男にいう。

「君は自分を縛る世界から開放される力を与えられる。そんな、ウワサは聞かなかったかな?」

「ウワサは聞いたことがあります。ですが、ウソですよね。世界を変える力なんて、一人の人間には持てません」

「でも、自分の周りの世界は変えられる。それだけでも十分だと思うけど?」

「それが、できるんですか? できるとしたら、人間だと思えません」

「ぷっ、あっはは」

 開放者の仲間の男が笑った。

「おい。失礼だぞ。おまえだってわからず屋だっただろう?」

 開放者はしかった。

「まあね。でも、オレほどではないだろう?」

「一緒だったわよ」

 晴良のとなりに座る女の子はあきれていた。

「それより、彼に決めてもらう。僕は君のおでこに指をつける。それだけで、力は開花する。もし、気に入らなければ閉じることもできる。君には宝くじを当たったようなチャンスがある。試すかい?」

「……開花する才能は?」

「決まっていない。君しだいになる。試してくれないか? 僕からお願いする」

「見返りは、お金?」

「ない。強いていうなら、僕を守る仲間になって欲しい。僕は新しい人たちには目覚めて欲しい。古い人類から新しい人類に移行するためだ」

「僕には大それたことはできません」

「いや、選挙と同じだ。新しい人類が増えれば、数で主導権が掴める。だから、才能を開花してもすることはない。ただ、普通に生活するだけで問題ない」

「こっちばかりが得する話ですね。信用できません」

「そうだね。でも、世界の見方を変えられる。希望のない未来ではなくなる。そればかりか、変えざるを得なくなる。君は力を持つからね。ちなみに音楽の才能に目覚めることもある。普通の才能が目覚める。それだけでもお得だと思うけどね」

「デメリットは?」

「世界が変わって見えるぐらいだね」

「……僕は母親から虐待されて育ちました。今は親戚の家でやっかいになっています。それを変えられるんですか?」

 男の実情は触るには危険な深いものだった。

「もちろん。今の君では理解できなかった現実を知れるよ」

「失敗したら死にますか?」

「しない。ただ、世界が変わるだけだ」

「……もし、他人に迷惑をかけるのなら殺してくれませんか? それが、最低条件です」

「ありがとう。君は優しい。そんな君は殺す必要はないよ」

 開放者は安心したように微笑んだ。


 男は能力に目覚めた。開放者が指先でおでこを突いただけである。しかし、変化はあった。

 男は涙を流して、落ちるように両ひざを落とした。

「大丈夫?」

 晴良のとなりにいた女が男の前に屈みこんだ。

 男はその言葉で我に返った。

「大丈夫です」

 男は涙をそでで吹く。しかし、涙は止まらなかった。

「僕は愛されていたんですね?」

 男の言葉は理解できない。しかし、その場の男女には理解できるようだ。

「そうだね。そうでなかったら、君はここにはいない」

 男の前にしゃがみこんだ開放者の声は優しかった。

「僕の母は追いつめられていたんですね。それで、僕に暴力を振るった。だけど、それすらも自分を責めていた。だから、自殺したんですね」

「うん。そうだね。君を守るために」

「はい。忘れていた遺書の内容を思い出せました」

 男は泣いていた。

 開放者は男の泣き止むまで頭をなでた。

 しばらくすると、男は泣き止んだ。

「ありがとうございます。僕に恩返しはできないのですか?」

「君の才能による。でも、君は普通の才能だった。能力者ではない。君は君の人生を生きて欲しい。それが、僕の願いだ」

「それでよいのですか?」

「もちろん」

 開放者はうれしそうに微笑んだ。

「……はい。ありがとうございます」

 開放者は立った。

「今日は終わり?」

 晴良はいった。

「ああ。用は済んだ。今日は解散だね」

「つまんない。もう少し遊ぼ?」

「そうだね。帰るには早すぎるね」

 その後は泣き止んだ男と共に、繁華街を見て回った。


 開放者と呼ばれた覚醒をうながす特異点の行動は鈍かった。だが、着実に新しい人類の力と意識を目覚めさせている。

 他の特異点も動きは鈍い。だが、着実に動いているのは確かだった。

 僕はそれらをノートに書く。


 僕は同年代ならあこがれるという街に目を向けた。僕はマスメディアの影響と思っている。しかし、同い年ぐらいの人が集まっているらしい。

 それよりも、ここでは二つの派閥が争っている。

 どちらも、カラーギャングのように色を決めている。

 一人は赤に。もう一人は青である。

 トイレかとツッコミを入れたいが、本人たちは真剣に争っている。

 元々はリーダーが好む色をマネただけである。

 川越斐華かわごし あやかは赤に。

 樋口美優ひぐち みゆうは青に。

 それそれの仲間はバンダナやスカーフ、帽子などで仲間とアピールする。それはカラーを知らなければ、気が付かないほどの主張だ。オシャレを邪魔していない。

 しかし、それに染まらない者もいる。これが要注意人物である。自分があり、他者の意見に流されない。今、仲間をしているのは、本人の意志によるものであり、いつでも離れられるという立場と考えられる。その証拠に能力者として力が強い者が多い。

 リーダーはそれには気に留めずに仲間にしているようだ。自分の能力は一段高い概念系の能力である。例えば『活性』という能力なら、すべてのものを活性化させる。それは物だけでなく能力もだ。なので、万能に近いため力に溺れているところがある。

 それでも、不安要素も仲間にするのは争っているからでもある。

 川越は『活性』。樋口は『停止』の能力を持っている。

 二つは反発する能力である。そのため、相性が悪い。そのため、いがみ合っている。

 今日もセンター街でにらみ合っている。通行人の邪魔になっていた。

 これはいつものことなので無視した。


 すべてを滅する掃除屋は今日もぶらぶらと灰色の街を歩いている。

 こちらもいつも通りだ。モノクロの洋服を着て、陰気に歩いている。

 ふと掃除屋は顔を上げた。

 僕と目が合った。

「ヒマだな」

 掃除屋に皮肉を込められていわれた。

 僕はすぐに視点を切り替えた。


 しばらく、教師が書く黒板を見ていると違和感を感じた。

 僕は開放者のユウに視線を戻した。

 開放者は仲間に押さえ込まれて頭を低くしている。

 その横ではおばさんと呼べる女性がわきから血を流していた。

 僕はすぐに開放者の仲間が殺気を向けた位置に視線を飛ばした。

 そこにはロングライフルをギターケースにしまっている男がいた。

 おそらく、公安の暗殺者だろう。宮内庁は静かに動向を見守っていると父に聞いた。しかし、公安の方針は違った。他国のスパイには情報しか集めないのに、能力者には手を出していた。

 ライフルをかたづけていた男は苦しみだした。そして、糸が切れた人形のように崩れて、気配が消えた。

 能力者の攻撃とすぐにわかった。

 人を殺すには小さな力で十分である。脳の血管を壊すだけで人は死ぬ。それは、能力者や術者なら簡単にできる。殴るほどの力は出ないが、十分な物理干渉能力は備わっているからだ。

 だが、通じるのは、術者や能力者以外である。普段は自分を堅固しているし、攻撃には気付くからだ。公安のような呪術に素人では太刀打ちできない。

 公安の暗殺者は自業自得である。子供といえど反撃はする。それを理解できない。

 それに、開放者たちは守る以外では人を殺してないのだから。


 翌日、僕の観察日記を見た父は怒った。

「おまえは見ているだけで、なにもしなかったのか?」

 父の正義感にはうんざりする。いや、正義感でなく体制側の人間だからだ。

「自業自得です。殺すのに殺されない覚悟がないのは問題です」

「それなら、死んでもよいというのか?」

「命のやり取りをしているんです。死は当然にありますよ。それとも、能力者なら死んでも当然だというのですか?」

 父は黙った。

 父は術者の味方である。そして、能力者は敵のようだ。


 僕は術者にも能力者の仲間にはなれない。それは父は理解できないようだ。

 どちらでもない僕は母の言いつけで家を出ることになった。

 一人暮らしはしてみたいと思っていたので、母の言葉はうれしかった。

 だが、父は反対した。しかし、母の言葉の方が強い。

 父は入り婿である。そのため、母には負い目があった。

 母のいう通りに、アパートの一室を借りて住むことになった。


 高校までの距離は近くになった。それでも僕はスクーターで移動し、近くの駐車場を借りて通学している。

「いいなー。一人暮らし。親になにもいわれなくて」

 友人の中逸徹秀なかいつ てっしゅうにはうらやましいようだ。

「問題があるよ。ご飯は弁当屋だ。おまけにサラダはつけるように母にいわれている。下手にやせたり太ったりしたら、家に帰される」

「なんで、一人暮らしになったんだ?」

「父とケンカした」

「そんな理由なのか?」

 中逸には理解できない話だろう。それに正直に話す必要はない。

「父は怒ると本物の刀を抜くからな。母からしたら心配みたいだ」

「ふうん。それより、今度、遊びに行ってよいか?」

「ああ。だが、段ボールで埋まっているぞ。引っ越したばかりだから」

「なら、手伝ってやる。その代り、エロ本を置かせろ」

「オレの部屋で見る気か?」

 僕は不快な気持ちを顔で表した。

「そんなわけがあるか。家に隠しても見つかって捨てられるんだ。だから、安全な場所が欲しかった」

「まあ、よいけど、大量には持ってくるなよ」

「やったー」

 中逸は素直に喜んでいた。

 エロなんて、スマホで動画を見ればよいのに、紙の本を持っているのが不思議だった。


 僕は授業を受けながら、意識の半分を割いて観測の能力を使っている。

 この能力は観察という観点では万能の能力だ。気になった事件が起きれば勝手に観察対象へ動く。だが、自分の危機と能力者に限ったことだけだ。それ以外では意識して選ばないと見えない。

『やあ。今、ヒマかな?』

 念話が届いた。

 念の送り主は自称魔法使いだ。だが、それを名乗れるぐらい多種多様な魔術を使う。

『なんですか?』

 僕はきき返す。

『今日、こっちに来れないか? つまらない事件が起きている。それを観察して欲しい』

『わざわざ、行く意味は?』

『見せたいものがある。反魂の秘術を手に入れた。今はそれで遊んでいる』

『どこで仕入れたんですか?』

 僕はあきれた。

 秘術は使い方よって危ない化け物を産む。それなのに、おもちゃにしている神経が理解できない。

『君は使わないのかい?』

『使いませんよ。デメリットが多いです』

『死の克服は人類の課題だろう?』

『死を超越したら、新しい命は必要なくなります。人類の滅亡ですよ』

『だが、人は不死を求める。少しぐらいあってもよいだろう?』

『それはあなたの自由です。勝手に遊んでください』

『冷たいな。遊びに付き合ってくれてもよいだろ?』

 僕は危機感を感じた。

 この魔術師は手加減を知らないからだ。

『わかりました。今日、行きます。その代りにメシを食わせてください』

『学生が相手だ。それぐらいおごるよ。では、あとで』

 そういうと念話は切れた。


 中逸はバスケット部に入っているので部活である。新居のかたづけは土曜の休みの日に回した。

 僕は帰宅部なので、スクーターで魔術師のもとに向かった。

 場所は近くに団地が並んでいる。都の方針なのか、ドミノのコマみたいに並べられていない。効率が悪いが、守るように防護壁のように立っていた。

 魔術師の基地は、その近くの五階建てのビルの一階だった。

 占い屋にしては不気味なショウケースである。初めて見て中に入ろうとは思えないほど、変な物が並んでいた。

 僕はその店の扉を開けて中に入る。

『奥に来てくれ』

 店主は出てくる気はないようだ。念話で楽をしている。

 僕は慣れた店の奥に入った。

 相変わらず、本や小物が壁の棚に並んでいる。そして、二つほどの台にビンと書物が並んでいる。

 僕はビンを無視した。中身がグロテスクなものか、毒物だからだ。

「やあ。反魂の呪法はおもしろいね。カエルで試したけど生き返ったよ」

 店主はタオルで手を拭きながら奥から出てきた。

 洗面所で手を洗ったようだ。

 店主の名は細川咲清ほそかわ きせいという。若く見えるが三十路になると聞いている。女性にしては年齢を偽っていないようだ。

「本当ですか?」

「君にウソをいっても意味はない。自分の能力を忘れたのかい?」

「それなら、この結界はなんですか? 透視できませんよ」

 この店ばかりでなく、ビルごと結界が張られている。そして、魔術師の実験場は隠されていた。

「心ばかしの抵抗だ」

 魔術師は喜んでいた。

「笑えません」

「それより、私が欲しがる能力者は現れたかね?」

 心をのぞくように上目づかいで見られた。

「残念ながら、いません。時空を渡る能力者なら、現れたらすぐに消えますよ。戦争中ですから」

「それでも、探してくれ」

 魔術師はコーヒーメーカーにコップを置いた。すぐにコーヒーの匂いが鼻をかすめた。

「相変わらず、過去にこだわっているのですか?」

「もちろん。あれだけはやり直したい」

 魔術師は自分の実験で死んだ弟を生き返らせたい。しかし、時空を渡っても、この時間軸は変えられない。新たにパラレルワールドができるだけだ。

 魔術師は僕にコーヒーを突き出した。

「ありがとうございます」

 僕は受け取って、コーヒーメーカーのわきにある砂糖とクリームを入れた。

「反魂法は、どうでした? 僕でも使えますか?」

 魔術師はクスリと笑う。

「君でも興味があるようだね?」

「本音をいえばあります。観測者でも死ぬことはありますから」

「うん。君にしては素直だね。君が死んだら、生き返らせてあげる。でも、対価はもらうよ」

 魔術師はうれしそうだ。

「対価は?」

「君の記憶。もちろん、観測者としての記憶でなく、夏音としての記憶だ」

「のぞきが趣味なんですか?」

「君に興味があるだけだよ」

 僕は真意がわからず、コーヒーに口をつけて考える。

 魔術師の目的は知っている。しかし、僕にこだわる必要はなかった。

「恥ずかしいですが、死ぬよりましですね。お願いします」

「うん。君は話が早くて助かる」

「それより、本題は?」

「バグが出た。こういえばわかるだろう?」

「またですか。それなら、掃除屋に任せます」

「掃除屋は万能ではない。気配を感じても見つけられていない」

「それで、僕に探せと?」

「まあ、忠告だ。能力者なら特異点を壊すことができるんだ。君は自身の安全も考えて欲しい」

「そうですね。気をつけます」

「君は変に達観している。どうすれば、そうなれるだい?」

「知りません。遺伝子と環境でしょう。本にはそう書いてありました」

「オリジナルの知識はあってないようものだ。ゼロから一を作っても、すぐに他人によって百に増やされる。オリジナルを知っている人は少ない。その本の知識も他から引用しているかもしれない。断りは必要ない」

 魔術師にはつまらない話のようである。

「そうですか、難しい話ですね。それより、術者の動きは?」

「それなら、この水晶に込めてある。空いた時間で見てくれ」

 この国では術者が一番多い。しかし、魔術師も開国してから根を張っていた。そのため、魔術師と術者の間では取り決めがある。お互い不干渉だが、魔術師は国の政策には関わらない。

 しかし、この魔術師は規則を破っている。いや、追われる立場の魔術師だ。仲間である他の魔術師に命を狙わている。理由は歴史の改変に手を付けたからだ。他の魔術師は過去が変わるということは、現在と未来が変わると考えているらしい。

「よいのですか? 狙われているのに」

「かまわんよ。私の目的は理解されないからね」

「依頼している僕がいうことではないですね。失礼しました」

「それより、君は観測者として誇りを持っているかい?」

「そんなものはありませんよ。僕は生まれた時から観測者です。当たり前のことに誇りを持てるんですか?」

「そうだね。でも、君は動くだろう。それは観測者だからではなく、君自身の意思でだ。君は自分が思っているほど冷たくはない」

「そういってもらえると助かります。理解者はいないですから」

「そうだね。君は君である限り一人だ。それは他の人間にもいえる。まあ、それだけのことなんだけどね」

 魔術師はクスリと笑った。

 僕には魔術師が笑った意味は分からない。だが、今に始まったことではない。軽く受け流して雑談を続けた。


 僕は夕飯をおごってもらってから、アパートに帰った。

 ワンルームの部屋に段ボールが積み重なっている。

 学生服やカバン、教科書などは出してあるが、他はめんどうなので出していなかった。

 僕は段ボールをわきに寄せて、マンガ本を出した。そして、マットレスの上に寝転んだ。

 しかし、見られている気配を感じた。

 僕は符を出した。その符には鬼が書かれている。

 符に力を込めると一体の鬼が符から出てきた。

 式神である。僕は他にもフクロウの式神を三羽出して飛ばした。フクロウの式神は壁を通り抜けて飛んだ。

 式神の目で見ると、僕のアパートは術者で囲まれていた。

 敵か味方かわからない。しかし、式神の動きで相手は動くと計算した。

 ドアを叩く音が聞こえた。

「失礼します。お話を聞いていただけませんか?」

 声の調子から年上の女の人と推測した。

 僕はドアスコープをのぞくことはしない。その代りに、観測者としての能力を使って見た。

 母と同い年に見える。母は若作りなのを引いても、子供がいてもおかしくない年に見えた。

「ドア越しでよければ聞きますよ」

 僕はドアに近づいてきいた。

「近所迷惑になります。私一人でも中に入れてください」

 僕はめんどうと感じた。だが、対処しないと、落ち着いてマンガも読めない。

 仕方なく、僕は鬼の式神にドアを開けさせた。


 相手はスーツを着た女性である。しかし、ワンルームの部屋は段ボールとマットレスしかない。

 座布団がないので二人して畳の上に座った。

 女性は小西蕗子こにし ふきこと名乗った。

「座布団がなくて、申し訳ありません」

 僕は立って冷蔵庫からお茶を出した。

「気を使わないでください。今回はご相談に来ました」

「相談?」

 僕は思わずきき返した。

 敵になる術者は多い。しかし、相談に来る術者はいなかった。

「はい。公家に能力者が生まれました。それで、能力者というものを理解しなければならないのです」

 皇室の親戚に能力者が生まれたようだ。

 小西は宮内庁の関係者だろう。公家とは一般では消えた言葉だが、使う人は存在する。それが、宮内庁と親類である。

「まず、僕に相談しに来た理由を教えてください」

 僕はお茶のペットボトルを渡した。小西は素直に受け取った。

「それは、あなたが術者でもあり能力者でもあるからです。そして、観測という能力のため、立場はどちらでもないと推測しました」

「父の推薦ですか?」

「いえ。あなたのお父様の思想は偏っています。なので、話せません。ですので、ここでの話は秘密にしてください」

「壁は薄いですよ。おとなりに聞かれていると思います」

「それなら、問題ありません。こちらのアパートはお金を払って住人を入れ替えました」

 僕はあきれた。話一つするのにやることは大きい。

「……それで、詳しい相談内容は?」

「生まれたばかりなので、能力者であっても問題ありません。その代り、成長と共に気付くでしょう。自分が他人と違うと。ですから、真直ぐ育てる方法を教えて欲しいのです」

 小西の顔は真剣だった。

「普通の子供と一緒に育てればよいですよ。その内、人とは違うのを気付きます。その時は母親が受け入れればよいだけです。僕はそう育ちました」

「能力者は力があるために争うと聞きます。それでもですか?」

「一部のバカを参照しないでください。あの青と赤は個人的な理由です。本当の敵は理解してますよ」

「では、愛情を注げば健やかに育つのですか?」

「そう思います。例外として、危険な思想を持つのなら排除されますね。これは摂理みたいなものです」

「それは殺されるということですか?」

「そう思って問題ないです。存在を否定されますから。存在したことさえ世間からなくなります」

「そんなことがあるのですか? それから、守る方法は?」

「ないですよ。それは能力者の自滅と一緒です。そうならないように祈るだけですね」

「救われないんですか?」

「自分の欲望のために能力を使わなければよいだけです。能力者の力は使命と一緒です。それを捻じ曲げれば反動が来るのです」

「……なぜ、そこまでわかるのですか?」

「生まれてから、感じていました。そして、観測していました。だから、理解できます。……まあ、信じるかは別ですが」

 僕はペットボトルを開けてお茶を飲んだ。

 僕自身の話はしたくないからだ。

「では、普通の子と同じように育てればよいのですね?」

「ええ。術者のように霊が見えるのと同じです」

「わかりました。今日は遅いので失礼します。今後も相談にのってもらえますか?」

「それぐらいの話なら。……争いはなしでお願いしますね」

「もちろんです。今回はこれで」

 小西は分厚い封筒を置いた。

 僕は理解できずにその封筒を見る。中には札がつまっていた。

「いりません」

 僕は立った小西にいった。

「これは正当な報酬です。受け取ってください。突き返されると私が怒られます」

 だれに怒られるかはわからない。だが、上の人間なのはわかった。

「……わかりました」

 めんどうな譲り合いをしたくはない。僕は懐に入れた。

「今日はありがとうございました」

 小西は頭を下げてから後ろにさがる。そして、立ち上がると背中を見せてドアに向かった。

 僕は送り出すように玄関に歩く。

「忘れていました。なにかあったら、こちらに連絡をください。微力ですが力になります」

 僕は小西の名刺をもらった。

「では、お休みなさい」

 そういって、小西は外からドアを閉じた。

 アパートの周りから緊張した気配が消えた。用は終わったようだ。

 僕は小西の名刺を見る。だが、会社や団体名はない。個人的な名刺だった。


 僕は魔術師からの依頼を受けて観察している。観察対象はくわしくは知らない。連続強姦殺人と連続強盗殺人の犯人は一人であるらしい。その犯人を観測の能力で探して欲しいようだ。

 探して欲しい理由は邪魔らしい。だが、なにが邪魔なのかわからない。

 魔術師にとっては殺人犯など、どうでもよい相手だからだ。

 もらった情報は少ない。被害者と住所だけだった。

 僕はマップを起動して住所を検索する。そして、地図を元に意識を飛ばした。

 上空から飛んで、地図と同じ場所を探す。そして、見つけると、上空から見下ろした。

 観察の能力では場所を見れば能力の残り香がわかる。サイコメトリーとは違って、僕の能力は上だ。

 僕は意識を家に近づけた。なぜなら、黄色いテープが張ってあり、警察官が立っているからだ。犯罪があったのは推測できた。

 僕はそのまま意識を家の中に動かす。だが、不自然なものを感じた。

 あきらかに抜け落ちている感触がある。犯人の残り香はなかった。そのため、空白が存在していた。

 能力者による犯罪なのはわかる。しかし、その能力者の残り香がない。能力者なら使った能力の力の跡が残る。しかし、それさえもなかった。

 だが、気付いたことはある。警察は鑑識を入れたのに、床に垂れた血の跡にマーキングしていない。

 警察も気付かせないほどの隠匿能力だ。

 僕は不快だが過去視をする。

 これは、実際に起きた事件の内容を見れる。だが、殺人事件を見るのはホラー映画より不快だ。だが、必要なので過去視を使った。

 今の時点から逆再生が始まる。警察が封鎖してから逆再生が始まる。

 警察が調べる。僕は飛ばすように時間軸をいじる。すると、ナイフを刺した光景が見えた。

 過去視を止めた。しかし、犯人は白く塗り潰されて、顔も身長もわからない。

 あきらかに能力者の力だ。それも、僕という観測者の目でも見れないほどだ。

 特異点と考えられる。しかし、隠匿の能力者が持てるほどではないはずだ。だが、それができている。あきらかに異常事態だ。

 見るものは見られる。その話が本当なら僕は危ない立場になってしまった。犯人は僕を放置するとは思えない。殺人をいとわないため、殺しに来るかもしれない。僕はつまらない好奇心で命を危険にさらした。

 僕は意識を戻した。そして、一息つく。

 ぬるくなったペットボトルのお茶を飲んで腹から息をはく。

 しばらくは、身を待る必要がある。観測者の目を潜り抜ける力は、掃除屋でも赤と青の特異点でもできない。

 異常事態に危機感を感じる。

 僕は段ボールの中を探って符を出す。そして、方位磁石を見ながら部屋の壁に張った。

 術者相手なら効くのだが、能力者相手には通じない。だが、小西の件もある守りは硬くてもよいだろう。


 相変わらず、学校はゆっくりとした時間が流れている。ここでは世界から切り取られたように、安らかな空気が流れている。

「夏音。約束は忘れてないよな? 明日、持っていく。楽しみしていてくれ」

 休み時間で中逸は僕の席に来ていった。

「目的が変わっているぞ。オレの家の整理だろう? そんなにお宝なのか?」

「もちろん。二度と手に入らないものばかりだ」

 中逸は鼻息を荒くする。

 しかし、本来の目的を忘れて欲しくない。だが、秘密にしたい呪具は多い。今日は片づけをして、掃除を任せようと思った。

 翌日、中逸はアパートに来た。

 買い物袋を下げている。あの中にはエロ本がつまっているようだ。僕は素直に部屋にあげた。

「結構、広いな。ワンルームと聞いたぞ」

 中逸は部屋を見回した。

「1K らしい。説明ではワンルームと聞いていた」

「ふうん。これなら、安心して任せられる」

「盗まれても保証はできないぞ」

「マジか? お宝を盗まれるのか?」

「盗むより、消えると思う。犯人はオレでないから」

「心配だぞ。置いてよいのか?」

「だから、保証はできない。オレの持ち物も使い捨てと割り切っている」

「そんなにここら辺って治安が悪かったっけ?」

「悪いと思う」

 僕はウソをいった。

 僕は観測者として安全な立場にいるようで能力者だ。危険は付きまとう。

「空いた段ボールに入れて、押し入れにしまってくれ」

 中逸はうなずくと、空いた段ボールに荷物を入れて押し入れにしまった。

「まあ、お母さんに見つかって捨てられるよりマシだな」

 中逸はなにかあきらめたらしい。

「それより、かたづいているけど、オレは必要なかったか?」

 中逸は周りを見ていった。

「いや。片づける理由ができた。おまえが来なかったら、段ボールのままだ」

「そういえば、おまえのオカルト趣味は筋金入りだったな。理解できない法則があったな」

 中逸は壁の護符を見ていた。

「まあね。幽霊を見る体質だからね。でも、今でも定期的に脳外科に通っているよ。脳みそが見せる錯覚だと思うから」

「そういうところは現実的だな」

 中逸は笑った。

 中逸は高校でできたと友人だが理解がある。滅多にいない理解者である。普通なら避けて通るからだ。

「することないんだったら、ゲームしようぜ」

「残念だが掃除がある。コロコロで掃除してくれ。オレはその後をぞうきんで拭く」

「おう、それぐらい任せろ」

 その後は掃除をして、ゲームをして、お菓子を食べて、くだらないことを話した。学生らしく健全な休日だった。


 連続殺人犯の調査は進まない。理由は僕の能力を越えるほど強いからだ。

 観測者として僕は特異点とも呼べるほど強い存在である。しかし、相手はその僕の目をしのいでいる。赤と青と掃除屋なら理解できる。存在の在り方が違うからだ。

 もしかして、僕の知らない特異点があるかもしれない。しかし、そのような知り合いはいない。それに観測でも見つかっていない。

 僕は逆転の発想から、隠匿して姿の見えない人物を探すことにした。

 調査は事件が起きた範囲の手探りで探すようなものだった。

 一日中、消える人物を追って観察する。しかし、二十三区をまんべんなく足跡があった。

 さすがに嫌気が差した。こうも、動き回っているのは異常である。先に僕という存在を知っているような動きだった。

 僕は魔術師の咲清に通話した。

「やあ。調査は終わったのかい?」

 のん気な声が聞こえた。

「いえ。行き詰ってます。僕の能力を越えている理由を知りませんか?」

「はは。それを魔術師にきくかい。能力者の方が強いのに」

「でも、それを見越して依頼したんでしょう?」

「いや。君の力なら簡単だと思った。雑用を押し付けたつもりだよ」

「その雑用はかたづく気がしません。なにを知って僕に依頼したんですか?」

「私の知り合いの魔術師が殺された。彼女なら一般人と魔術師に殺されるほど弱くはない。だが、なにもできずに死んだようだ。背後から首を切られたと見ている」

「死体を見たんですか?」

「もちろん。第一発見者だからね。警察にはしつこいほど同じことをきかれたよ」

 知り合いとはいえ、顔見知りが死んだのは悲しいだろう。

「そうですか……。ひどいことをききました」

「いや。敵対していた魔術師だ。感傷はないよ。私は私のために通報した」

 咲清は僕が思っているより冷徹なようだ。自己保身のために動いただけだ。今回の依頼もそのためだろう。

「そっちには手掛かりがないんですか?」

「あるといえばある。だけど、警察向きだね。血痕ではわからないだろう?」

「犯人の血を採取しているんですか?」

「ああ。偶然、見つけた。ナイフのあつかい方を知らなかったようだ。それで、手を切ったようだ」

 僕は違和感を感じた。

「連続殺人犯ですよね。なんで、ナイフのあつかいに慣れていないのですか?」

「それは知らない。普通、のどをかき切ったら血は前に飛ぶだろう。しかし、遺体の背後に血痕があった。それで、紙に吸い取って保存している」

「それは最初に出してください」

 僕は不満を込めながらいった。

「この方法は能力者ではないね。君たちがいう術者の方法だね」

「ええ。それで、追えます。明日、取りに行きます」

「わかった。待っているよ」

 僕は通話を切った。

 最初から、その血を出していれば探すのは簡単だった。


 次の日に魔術師の店にスクーターで向かった。

 風切って走っていると、後ろから白バイがわきにとめるようにいってきた。

 僕は素直にわきによってとまった。

 紺の制服と白いヘルメットは似合っていなかった。

「なんの用ですか?」

「確認だ。免許証を見せてもらえるかい?」

 男は二十代後半ぐらいだろう。威厳はないが大人には変わりなかった。

「その前に、警察手帳を出してください。ニセモノが多いですから」

 白バイの人は手帳を見せた。僕はスマホでその手帳をとった。そして、すぐに知り合いの警察官にメールを送った。

 内容は人物の照会である。本物なら、警察官として警察署に記録されているからだ。

「そのスマホのデーターは消してもらう」

 伸ばしてくる手を払った。

「今、知り合いの警察に照合してもらっています。それぐらい待てませんか?」

「ちっ」

 男は舌打ちすると白バイにまたがった。そして、走り出して去った。

 やはり、ニセモノだったようだ。

 僕はスマホの動画をとめた。そして、その動画も知り合いの警察に送った。

 公安のやり口は日増しにひどくなる。本当に痛い目を見ないと収まりそうもない。


 僕は占い屋の前にスクーターをとめた。そして、ドアを開けて中に入る。

『奥に入ってくれ』

 店主は今日も開店休業みたいだ。

 奥に入ると、魔術師はコーヒーをいれていた。

 コーヒーの匂いが漂う。

「調査は進展したかい?」

 魔術師の咲清はいった。

「まったく進んでない。隠匿という能力が、こんなにも力を持つとは思わなかった」

「君の観測で見つからないなら、血では跡を追えないだろう?」

「……そうですね。早とちりしました」

 僕は恥で顔が熱くなるのを感じた。

「まあ、焦る気持ちはわかる。君にとっては前例がないようだからね」

「ええ。それで、困っています」

「なら、ない場所を探せばよい。どこか、重点的に情報のない場所が存在するはずだよ」

「その方法は試しましたが、重なりは考えてませんでした。式神に探させます」

 魔術師は微笑む。

「歳相当の反応だね。少し安心した」

「僕でもわからないことがありますよ。当然です」

「まあね。知っているという人ほど現実を知らないからね。血のサンプルは持っていくかい?」

「少しでよいのでください。なにかに使えますから」

「わかった。それより、能力者が生まれた理由はわかったかい?」

「わかりません。推測はできますが、確証はありません」

「そうだね。人類で理由を知る者はいないだろう。だが、魔術や呪術では勝てない。それぐらいわかっていればよいだろう」

「観測者の目を通さない結界を張れるのに?」

「それは私の研究結果だ。子供に負ける気はないよ」

 魔術師は異端で命を狙われるのかわかった。強すぎる力は恐怖でしかないようだ。


 僕は二十三区を限定に使い魔を飛ばした。

 命令内容は察知できない空白の場所を探すこと。

 僕は使い魔から送られてくる情報に目を通しながら地図に印をつけた。

 地図は完成した。しかし。疑問がある。犯行現場にはよく行く場所ではなかった。それよりも、赤と青のところに通っているようだ。そこら辺は地図では真っ白だった。

 赤と青のどちらかが関係しているのはわかる。しかし、殺人鬼を擁護する理由はない。

 この隠匿者は掃除屋の仕事の範囲である。能力を自分の快楽のために使った。もう、あとには戻れない。だが、掃除屋の動きは鈍かった。僕と同じように犯人がわからないようだ。


 翌日、なじみの刑事に連絡を取った。

 昔、小さい時に交番勤務の警察官だった。僕は指名手配犯の写真を見て居場所を教えた過去がある。それ以来、使われる立場になったが、警察官は出世して刑事になっている。

「今は忙しい。単刀直入にいってくれ」

 刑事である島原聡しまばら さとしは忙しいようだ。電話の鳴る音が背後に聞こえている。

「連続殺人の犯人を捜しています。それで、犯人の血と住んでいると思う住所を調べてください」

「血を採取できたのか? 鑑識でも採取はできなかったぞ」

 血も隠匿の範囲に入っていたようだ。しかし、僕の目を越える魔術師には通じなかったようだ。

「学校は終わったので、そちらに向かいます」

「わかった。いつもの喫茶店で」

 忙しくらしく、すぐに通話は切れた。


 僕はスクーターで警視庁に向かった。そして、近辺にある静かな喫茶店に入った。

 刑事は先に来ていた。

 手を挙げて僕を迎えた。

「それで、連続殺人は、どちらなんだ?」

「両方です。連続強盗殺人と連続強姦殺人は同一人物です」

「マジか?」

「はい。こちらが血液です」

 魔術師からもらった赤い紙を半分に切ったものを渡した。

「もう少し、丁寧にあつかえ」

 僕は刑事の言葉を無視する。

「そして、この地図が活動場所です」

 僕は地図を出した。

「ほう。繁華街と住宅街を行き来しているな。それで、犯人の顔は?」

「わかりません。僕の能力でも見れません」

「マジか? それって、能力者だろ? 警察で捕まえられるかわからんぞ?」

「自宅を刑事が聞き込みにいったら、尻尾を出すと思います。その時、いなくなったのが能力者です」

「なるほど。あぶり出して欲しいのか?」

「はい。あとは掃除屋の仕事です」

「……それなんだが、捕まえたい」

 刑事は難しい顔をしていた。

「無理ですね。直に見ても認識できません。能力者でしか見れないと思います」

「なら、むだ骨に終わるのか?」

「少なくとも、新しい殺人は起きなくなります」

「その代り、迷宮入りになるのか……。今度は協力しに来いよ」

 刑事はあきらめたようだ。

「わかりました。その時は呼んでください」


 警察の捜査が入り、隠匿者は住んでいたマンションを出たようだ。

 空白だった場所が塗り替えられた。しかし、空白は一点に増えた。

 赤と青のいがみ合う街に集中した。

 僕は赤と青が関わっていると推測した。

 待っていれば、刑事から個人情報をもらえるだろう。しかし、目で見れないので意味はない。

 僕はその街に向かった。電車の方が早いので乗り継いで移動する。

 不意に、視界に掃除屋の顔がうつった。

「どこに向かっている?」

 掃除屋はそういった。

 僕は地図を思い浮かべる。そして、その地点を指した。

「わかった」

 そういうと掃除屋の顔は消えた。

 掃除屋は掃除屋で動いているようだ。

 電車は目的地に着いた。

 スクランブル交差点を渡ろうとしている人であふれていた。

 人混みは苦手である。能力者として感度が高いため、いらない情報が見えるし聞こえる。

 歩いている人は疲れている人が多い。その心のグチや文句を聞くはめになる。

 よく赤と青はこの街にいれるのか不思議だった。

 僕はセンター街を歩く。谷とつくように歩いていると坂をのぼることになる。

 坂を歩くと、結界があった。人払いの結界だ。

 僕はその中に入る。すると、認識阻害の力が働いた。

 結界は入っていても能力者を認識できないようだ。これなら、いがみ合っても警察は注意に来ない。

 それなりの対策に感心しつつ結界の中央に向かった。


 赤と青は道を挟んでいがみ合っていた。

「涼しい顔をして淫乱が。純粋さなんかないんだ。そのお姫様のようなカッコウをやめろ」

 赤の川越は坂の上から見下している。

 その先にはフリルのついたドレスを着た青の樋口がいた。

「いまどき、赤い革ジャンはないわよ。ファッションセンスはないようね」

「ふん。お子様趣味よりマシだ」

「あら、ドレスの種類を知らないの? 知能指数は低いみたいね」

「知能指数に測り方も知らないのか?」

「知っているわよ。直喩よ。理解できない?」

「理解できねえ。バカの考えていることなんて」

「あなたにいわれたくないわ」

「こっちのセリフだ」

「それはこっちのセリフよ」

 二人はにらみ合った。

 僕はその二人に近づくと、二人はすごい勢いで僕を見た。

「てめえがここに来るな。のぞき屋はのぞき屋らしく部屋で見ていろ」

 赤はいった。

「なにしに来たの? ここはあなたのセンスでは理解できないわよ」

 青はいった。

 赤と青は僕に対して攻撃的だ。理由は理解できる。

 僕という観測者がいると未来を決定してしまうためだ。

 量子力学では観測という行為で量子の動きを決めてしまう。これと同じように未確定だった未来が決まるようだ。

「ちっ」

 赤は顔をしかめている。未来視で青に負ける未来が見えたようだ。

「あら。あなたって弱かったのね。これなら、最初から無視していればよかったわ」

 青は勝ち誇っていた。

「先をよく見ろ。誰が勝利者かわかる」

 赤はつまらなそうにいった。

 青は顔をしかめた。

 最後に勝つ集団を理解したようだ。

 僕の未来視でもわかった。宗教を利用している光学系の能力者だ。宗教を使って仲間を集めているので、やっかいな相手である。

 それよりも、光の能力者は影ながら、赤と青を狙っていたのが不思議だった。

「つまらない結果ね」

 青はいった。

「こいつが来ると、いつもつまらない結果を引いてくる」

 赤はいった。

「それよりも、隠れる能力者を出してくれ。あいつは連続殺人鬼だ」

 僕は二人にいった。

「それなら、ここにいる。使えるかと思って、能力を活性させたが使えなかった」

 赤は仲間の一人を指した。

 赤い帽子をかぶった男を認識した。すると、空白だった姿が現れた。

 活性化の能力で能力を増幅されていたのが、解かれたようだ。

「あなた、そんなのを仲間にしたの? 美学がないわね」

「つまらない争いに決着がつけれると思ってね。試してみた。結果は悪かったけどな」

「つまらない実験ね。未来視で見れるでしょう?」

「それを壊したくってしたんだ。のぞき屋が動くぐらいだ。収穫はあった」

「人を選びなさいよ。掃除屋が来るわよ」

「ああ。そうだった。では、あとはのぞき屋に任せる」

 赤は逃げるように背中を見せたがとまった。

 掃除屋が逃げる方向から現れたからだ。

「つまらないマネはするな。オレのアンテナに引っかかるかもしれない」

 掃除屋は赤にいった。

「仲間に引き入れてから殺しはさせてない。問題ない」

 赤は掃除屋に道を譲りながらいった。

「なら、よいけどね」

 掃除屋は赤の後ろにいた仲間に近づいた。

 赤の仲間から一人の男は後ずさりしていた。

 掃除屋はその男を見たまま歩く。

 男はつまずいて尻もちをついた。

 掃除屋はその前に立った。

「オレを殺したら、公安に名簿が届く。ここにいるヤツの顔と能力だ。それでも、よいのか?」

 逃げ腰の男はいった。

「そんなことはオレは知らない。役目を果たすだけだ」

 掃除屋は見下ろしていた。

「オレには生きる価値がある。消される側の人間ではない。女など殺されて当然の生き物だろう。なにをしても許されるはずだ」

 連続強姦事件と連続殺人事件の被害者は女が多かった。

「ほう。殺すために殺したのか? 違うだろう? 金と性欲だけだ。殺しに意味を持っていないだろう?」

「殺すのはゴミを捨てるのと一緒だ。なにが違う?」

「それさえも、理解してないのか? オレの獲物は相変わらず価値がない。そう思うだろ? のぞき屋」

 掃除屋は僕を見た。

「僕に振るな。仕事ならさっさと終わらせろ。これ以上、空気を汚されたくない」

 僕はいった。

「おまえは人間に期待しているのか?」

 掃除屋には意外な言葉のようだ。

「しないとつまらないだろ?」

 僕は鼻で笑った。

「わざわざ、間違った道を歩く。おまえは観測者として人間味がありすぎる」

「余計なお世話だ」

 男はすきをつけると判断したようだ。立ち上がって走り出した。

 掃除屋は動かない。だか、指を指した。そして、その指で逃げた男をなぞったようだ。ガラスのくもりをとるかのように男を消した。

 残っているものはない。最初から存在を否定された。そのため、男の顔は記憶から消えていた。残っているのは空白だけだった。これでは隠匿の能力と変わらない。だが、存在があるかないかの違いでしかない。

 掃除屋はつまらない顔をして、ズボンのポケットに手を入れた。そして、来た道を歩きだした。

「もう来るなよ」

 赤がいった。

「その前に余計なことをするな。消すぞ」

 掃除屋は振り返っていった。

 掃除屋からしたら赤に怒っても当然の話だ。自分のために犯罪者をかくまっていたのだから。

「あなたにはこの街は似合わないわ」

 青はいった。

「ご忠告、どうも」

 掃除屋はつまらなそうな顔をしたまま去った。

 掃除屋が消えると赤と青は僕を見る。

「のぞき屋は帰れ」

 赤ににらまれた。

「品のない人は、ここにもいましたね」

 青に嫌味をいわれた。

「その前に仲間を選べよ。公安とつながっている能力者がここにいる」

 僕はいい返した。

「そんなことは知っている。でも、力は弱い。裏切りでもしないと生きていけない」

 赤はわかっていて仲間にしているのようだ。

「無粋ないい方はやめて欲しいわね。保護しているといいなさい」

 青も同じようだ。

 むだな忠告だった。だが、そのあまさは嫌いではない。

「つまらないことはしないでくれ」

 そうとだけいって、坂道をくだって駅へと歩いた。


 日常が戻ってきた。

 赤と青は変わらずケンカしている。掃除屋は当てもなく街を歩いていた。そして、開放者は仲間を集めていた。

 僕は魔術師の研究室にお邪魔している。

 依頼の件も含めて、一連の話を魔術師に話した。

「それが、真相かね?」

 魔術師からコーヒーカップを手渡れた。

「一部ですけど」

 僕はコーヒーに砂糖とミルクを入れた。

「つまらない理由で死んだんだね。かわいそうに」

 敵に同情する魔術師は珍しい。

「そうなりますね」

「警察の方は?」

「迷宮入りです。存在を消されたので完全犯罪です」

 犯人の存在は掃除屋によって消された。顔を覚えているのは掃除屋だけだ。

 僕が渡した血痕も価値はなくなっている。そして、喫茶店で話した内容もおぼろげだろう。

「笑えないね」

 魔術師の言葉には感情は入っていなかった。

「そうですね」

 僕はコーヒーに口をつけた。

 つまらない事件は終わりを告げた。それだけで僕には十分だった。

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観測者という支配者 氷河じん @hyuuga0309

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