保安官と農民 その6

 安口村は侍の監視下になくても朝廷は困らないような田舎の村だったので、羽山 宙光の藤原家含む所属していた武士の殺害は処罰の対象にならなかった。というのも藤原家とその一派は同族からは嫌われていたので、連続的な不慮の事故ということで、この世界での歴史に刻まれた。

「ふう〜。」

 宙光は田んぼの近くで横になっていた。

「日向ぼっこのお昼寝なんて今までしたかことなかったな。」

「もぉ〜、兄様〜。」

 由紀は空を仰いでいた宙光の視界に入り込んだ。

「またサボっちゃって〜。」

「今は由紀も手伝ってくれるのだろ?」

「うん。兄様がばい菌を取り除いてくれたおかげで、はい! ぴょん、ぴょーん!」

由紀はそう言いながら飛び跳ねたり、腕を回したり、側転や前転を繰り返した。

「この通り、元気100倍ですよ。」

「…服の下が見えるから、極力前転や側転は人前ではやめなさい。」

 宙光は微笑みながら注意すると、妹は少し頬を赤くした。

「……兄様のえっち。」

「なっ、断じて違うぞ!」

 宙光は勢いよく上体を起こし、連続で手を横に振った。

「……侍がこの村から消えて、どうなるものかと思ったが、なんとかなるものだ。この村はのどかで平和だ。」

「君のおかげでね。」

 初めて聞く声に兄と妹は思わず視線を向けてしまった。布で覆われた男が立っていた。由紀は首を傾げた。

「あなたは?」

「由紀下がりなさい!」

 宙光は鎧を纏い、妹の盾となった。思わず男に指を差した。

「私は感じてる! 羽織の下の金属に! …刀だな! 君は…侍か!」

「……僕のことを侍だという理由で嫌っても構わない。」

 その男には殺意がなく、ただ微笑んでいた。

「君は僕の同属を殺してしまった程に、気持ちを裏切られたんだ。僕を殺そうとするなら正当防衛はするよ。」

 突然宙光は膝をついてしまった。

「ぐっ!」

「兄様!」

「ああ、すまない!」

 男は慌ててしまった。

「そんなつもりじゃなかったんだ。ごめんね。」

(こっ、この男…)

  宙光は観察した。

(闘争心を威圧に使えるのか? ほんとに人間か⁉︎ 金成が可愛くみえる化け物だ!)

「藤原一派は僕も大っ嫌いだったんだ。君を僕はこれっぽっちも恨んでいない。だから敵討ちに来たのでは決してないんだ。」

 男はそう言いながらそおっと、鞘ごと刀を地面に置いた。それでも宙光は警戒していた

「ではなぜ来たと言うのだ?」

「単刀直入に言おう。僕はこの国に入り込んできた吸血鬼ユウキリスを探している。」

 侍が目的を述べると、しばらくの間沈黙が流れた後、宙光は反応した。

「探してどうすると言うのだ?」

「おそらく君にとっても、そしてこの村にとっても彼は間違いなく恩人で英雄だ。だが理不尽な言いがかりで牢にぶち込まれた君と違って、彼は悪魔を宿した極悪人だ。」

侍は拳に力を込めた。それから侍は二人の兄妹にユウキリスについて知っている情報全てを正直に共有した。ユウキリスがどうやって海から渡ってきたか、既にこの国へもたらした被害、取り逃したら起こり得る予想、全てを話した。話の途中で由紀は恐怖で何度か背筋を凍らせたり、倒れ込んだり、嘔吐しそうになったり、泣き出したりして、その度に侍は宙光と共に心配して話すのを辞めようとしたが、それでも由紀は兄と共に話を聞きたいとそこに残った。

「預言があったんだ。」

 侍は話をまとめる節に入っていた。

「僕の一族は奴と戦い、葬る運命にあると。だが我が子供、孫、ひ孫の子孫たちにその宿命を背負わせたくない。僕の代で片付けなきゃユウキリスの悪夢は続くんだ。」

「君たち侍は我々下の者にそしてこの国に悪夢を見せなかったと?」

 宙光が淡々と質問すると、侍は少し悲しそうな表情を浮かべた。

「そうだよね。僕たち侍も凶器を持っている限り、誰かへの脅威で悪だ。」

「……私は彼がどこに向かったかわからない。」

「そうかい。」

 侍は回れ右をして、背中を向けた。

「邪魔して悪かったね。君と僕らが闘争心を交えないことを心から願うよ。」

 侍はとぼとぼと来た道を歩いて行った。ふと宙光は声で呼び止めた。

「私はかつて地助という名の男だった。今は羽山 宙光に生まれ変わった吸血鬼だ。君の名は?」

 この問いに対して侍は振り向いて、微笑んだ。

「……岩本 蜜国。愛と勇気と優しさを忘れたくない侍さ。」

 岩本 蜜国という名の侍はそう言い終えると竹の林の中へと消えて行った。

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