保安官と農民 その4

「以上が私の話だ。」

 地助は自分の語りに幕を閉じた。ユウキリスは真剣に一言一句、口を閉ざして聞いていた。

「侍の国、東武国。浪漫を求めて海を見つけ、海の先に辿り着いた国だ。この国について深く知るために暴力を我慢していたが、たった今堕天を感じた。」

 ユウキリスは強く拳を握った。

「我は、我より醜悪な悪夢を作り出す奴は許さねえって決めてんだ!」

 そう宣言すると、ユウキリスは地助に手を差し伸べた。

「我が保安官だった国では畑を己の土地として耕す者は経済力もあって、誇り高き労働者だった。だがここだとあんたは一生死ぬまで国のおもちゃだ。だが、このひと時、運命はあんたに味方した。我に出会えたのだからな。」

 ユウキリスは地助の肩に手を置いた。

「あんたは真面目で優しくて、真っ直ぐだ。ひねくれて意地悪な我とはおお違いだ。だが…」

 ユウキリスは自分の胸に手を当てた。

「我の胸の内に、あんたが我の友となれる可能性を視た。なぜだがわかるか?」

 ユウキリスのこの問いに、地助はしばらく考えてから、再び目を合わせた。

「互いに決断力があって意志が強いからか?」

「大正解だ。」

 ユウキリスはそう言って、再び手を差し伸べた。

「あんたが頼った侍は英雄じゃねえ。あんたが救世主となって妹と村を救え。胸が高鳴るか? ならば我の手を握れ! 圧倒的で最高に歪な力をくれてやる!」

 地助の判断は早かった。すぐさまユウキリスの手を握った。

「うおおおおおお!」

 ユウキリスの体を赤い光が包んだ。

「力が、力がみなぎるううう、溢れ出るうう!」

「イーハー! あんた適正よすぎるだろう! ここまでとは! 極めて爽快だろう?」

ユウキリスは瞳が赤くなった男を自身の赤い瞳で、感動でしながら見つめた。」

「あんたは人を捨て、生まれ変わった。いっそのこと、名前も変えてみねえか?」

「……苗字には憧れていた。」

「イーハー! ノリノリじゃねーか。 んん〜そうだな?」

「おい! 何があった⁉︎」

 二人のやり取りを慌ててやってきた看守数人が遮った。ユウキリスは呆れていた。

「おいおい〜。どうなってんだよこの牢獄。見張りも見回りもなかったから、行動判断が遅いぜ。」

「なんだ⁉︎ 光っていたぞ⁉︎ 貴様ら何をして…」

「展開、小宇宙!」

 大きな吸血鬼は手から球体の気体の塊を一人の看守に当てた。

「グアア! い、息が…」

 その看守はそれを最後の言葉にして倒れた。他が動揺する中、ユウキリスは笑みを浮かべながら分析していた。

「相手の呼吸する周辺の気体を奪うエネルギーの塊か、エグいな〜。しっかし驚いた。あんたは殺しに抵抗はあると思ったぜ。」

「……抵抗がないわけではない。だがこいつは先程私を転ぶように押した。」

「小さな恨みから生まれた復讐か。醜いね〜。」

「否定はしない。仏の道でも武士道でも復讐は決して行わない。」

 地助はそう言いながら、まだ生きている看守を睨みつけた。

「ひっー!」

「だがここに仏はいない。それに私は武士ではない。……だろ?」

「イーハー! ちげえねえ!」

 その後、二人は襲ってくる看守を次々と薙ぎ払い、突き進んだ。

「なあ、あんたの新しい名前さ、東武国らしいいいの閃いたんだが、いいか?」

「わざわざ考えてくれたのか? ありがとう。」

 二人は敵をバッタバッタと打ち払いながら、会話をしていた。

「あんたは地に這いつくばるような男じゃねえ! 翼を羽ばたかせ、山を越え続けろ! 苗字は羽山はねやまだ。」

「羽山か…。」

 羽山は笑みを浮かべた。

「素晴らしい。ありがとう。」

「イーハー! そうだろ、そうだろ〜? 我が考えたんだ。気に入って当然さ。」

 ユウキリスはそう言いながら、重い蹴りを数人に入れた。

「次は肝心の名前だが、あんたは真っ直ぐだ。真っ直ぐな光だ。その光を宇宙の彼方も輝かせてやれ! あんたの母ちゃんから名前を借りて、あんたは宙光そらみつ! 羽山はねやま 宙光そらみつだ!」

「羽山…宙光。」

 気がついたら、二人は外の世界につながる唯一の出口の前にいた。そこには無数の兵が弓を構えていた。ユウキリスは呆れていた。

「この国はまだ銃も火薬も行き届いてねえのか? 海に囲まれた島国は辛いねえ。」

 ユウキリスは魔力を高めようとしたが、宙光は即座に腕をユウキリスの目の前に置いた。

「油断してはいけない。確かにこの国の文明は遅れているかもしれない。だがあの矢には特殊な呪いがかかっているのだ。ここは私が…君を守ろう!」

 宙光はそう言うと、ユウキリスの前に大の字で縦になるように塞がった。だが、保安官にも意地があった。

「あん⁉︎ 我の前に立つんじゃねーよ、格下!」

 ユウキリスは宙光の横に並んだ。

「いくら呪いがかかっていても、我の体は丈夫にできているんだ。つまりヤワじゃないってことだ…」

「あっ、指つった。」

 弓を構えていた一人の看守がつい右手で持っていた矢筈の部分を離してしまった。

 びゅっと矢が飛び、ユウキリスの右腕に直撃した。

「ぎゃあああああ! 我の腕が胴体から分裂したああ!」

ユウキリスは痛みで膝をついてしまった。宙光は再び看守と保安官の間に立ち塞がった。

「運命の恩人を失うわけにはいかない!」

「馬鹿野郎が! 少しは貪欲に自分のために生きろ! 俺を見捨てて、さっさと消えな!」

「ならここで君を守りたい気持ちを私の欲と心得よ。」

「死ぬぞ!」

「安心するんだ。私は君のおかげで生まれ変わったのだ 。ここでは死なぬ。」

 宙光はユウキリスの方に向けて微笑むと、立ちはだかる敵を見据えた。

「武装、何人たりとも破壊できぬ神秘なる鋼鉄の鎧アーマード・インフィニティ・スーツ!」

『ぎゃあああ、眩しい!』

 看守たちが慌てる中、宙光は星のように眩しく輝いた。光の密度が弱まると、白と緑が合わさった騎士のような鎧を着ている羽山 宙光が看守たちの目の前に立っていた。腕を元の関節に戻そうとしていたユウキリスはニヤけていた。

「へっ! 我より目立ちやがった。腹が立つぜ。」

「怯むな! 呪いの雨を解き放て!」

 看守長らしき男が命令を叫ぶと、無数の矢が二人の吸血鬼の方へと撃たれた。それに対して、宙光は両手を広げた。矢は全て弾かれてしまった。

「この鎧がある限り、私の皮膚には矢も呪いも届かぬのだ!」

「弾かれた普通の矢は何本か我に当たっているけどな。」

「なんと⁉︎ すまない!」

「あんたはまだ力を使い慣れていない怪人の赤子なんだ。気にすんな。」

「そうか。」

 宙光は再び敵を睨みつけ。右腕を曲げた状態で垂直に上げて、構えた。

「手刀、白楼!」

 宙光は叫びながら斜めに手刀を下ろすと、一瞬にして全ての看守がその場で倒れた。思わずユウキリスは唾を吐いた。

「ケッ! 気絶で済ますんじゃねーよ!」

 ユウキリスは一番近くの看守に腕を伸ばそうとしたが、即座に宙光は手首を掴んだ。

「離せよ、農民風情が!」

 宙光は黙っていた。ユウキリスは話を続けた。

「ここに来るまでもそうだ。我が楽しそうに殺している隣で、殺傷力のない甘い攻撃を繰り返しやがって。あんただって、最初の奴は殺しているだろ? 善人ぶりやがって。生まれ変わった今のあんたは高貴な怪人、吸血鬼だ。そして同時に人殺しの名手になったんだ。楽しかっただろ? 恨みを晴らして、相手が苦しむのを見てよ〜。性格悪そうだったしな、ざまあみろと思わないわけねーよな?」

「……悔いている、そしてその罪は背負う。」

 宙光は迷いのない眼差しで、宣言した。ユウキリスは宙光の手を振り解いた。

「あんたをいじめるのはつまらねえな。ったく、調子狂うぜ。」

 二人は外へ出ると、ユウキリスは勢いよくある方角へ指を差した。

「ここを真っ直ぐいけ! あんたの村だ。」

「……道がない。川が流れている。その先には森が、そのまた先には山がある。迷って、果たして着けるだろうか?」

「ふははははは、間抜けめ。」

 ユウキリスは思わず笑いながらぱんぱん大男の背中を叩いた。

「空を飛べばいいじゃねーか。あんた吸血鬼だろ? 飛べるぜ。」

「そうだったのか? 翼を背中に生やせばいいのだな。」

「いや、なくても我ら飛べるけどね…」

「はああああああ!」

「話をたまに聞かない奴だなこいつ……アレ?」

 ユウキリスは現在進行形で起きている異変に気づいた。

「翼が、金の翼が、轟々しい翼が、生えやがった!」

 宙光は翼で宙に浮いた。見下ろせるユウキリスに宙光は声を掛けた。

「君はこれからどうするんだ?」

「そうだな〜。」

 ユウキリスは指差した方角と違う方向に視線を向けた。

「もう少し観光してから、国を出るよ。」

「そうか。……君は運命の恩人だ。恩はいつか必ず返す。」

「おう、なんなら仇で返しても構わないぜ。…またな。」

「失礼。」

 宙光はそう別れを告げると空の彼方へと消えていった。

「さてと…」

 ユウキリスは再びある方角に視線を向けた。

「この国の王はミカドって呼称らしいな。そのミカドの犬が武士や貴族か……首都の武京に挨拶に行かねえとな。……変身!」

 ユウキリスは即座に翼の生えた化け物に変身した。

「東武国よ、貴様らに送るユウキリスの悪夢は今始まる!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る