「遥」の名前を与えられたあの日から、わたしの生活は一変した。いや、おそらく「思い出」に引っぱられた瞬間に平凡が約束されていたであろうわたしの人生の歯車はいちどバラバラになった。あたりまえに用意されていたはずの選択肢がすべて入れ替わり、これからそれらをどうやって組み直していくかの重要な岐路に立っていた。

さいわい、母がわたしが閲読師として生きていかざるを得ない可能性に気がついて早々に手を打ってくれたため、わたしはすぐに"いままでの日常"から引き剥がされ、一般的に「最悪」と呼ばれている事態には至らなかった。

閲読師として生きていくため、生来わたしに名付けられていた"名前を緘する"ことで、これまでわたし自身が生きてきた時間の記憶を「保護する」ことができるそうだ。閲読師として生きていくうえで触れることになるたくさんの「思い出」に飲み込まれることなく、人並みに覚えておくことができるようにと──人並みに、というのはほとんどのひとがそうであるように、時を重ねていくうえで徐々に劣化して忘れていく可能性があることも含んでいるのだけれど。


もしわたしが閲読師としての能力が芽生えたことに気がつかず、"以前のわたし"のまま過ごしていたら、日々の生活のなかで数々の「思い出」に引っぱられ、"わたし自身"と"だれかの思い出"の境が不明瞭になり、徐々にわたしがわたしでなくなっていっただろう、と夕稀さんは言っていた。

あの日、夕稀さんのところまで目隠しされて連れて行かれたのはうっかり「思い出」に引っぱられないためだったということを、わたしはあとから知った──だから夕稀さんはわたしに「大切にされているのね」と言ったそうだ。


わたしは週に二回、夕稀さんのもとへ通うことになった──もちろん、閲読師としての生き方を学ぶため、ということもあったけれど、わたしは閲読師として生きるにはあまりにも幼すぎた。まだ小学校にあがったばかりの人間なんて全員が、世の中の常識や物事のおおくが未経験、というよりもなにも知らないと言ってもこれは決して過言ではないだろう。そんな状態のわたしがひとりの閲読師として生きていくまえに、まだまだ学ばなければいけないことが山のようにあった。

けれどもう、以前のように学校には通えない。わたしはまだ閲読師としての経験が浅いため──それは当然のことなのだけれど──外を出歩くことでふいに「思い出」に引っぱられてしまうことにまったく耐性がない。いくら遥を名乗る前の名前を緘するとはいえ、わたしがわたしであることには変わりがない。

成熟していないこのちいさな身体や脳は、多くの「思い出」に引っぱられることで様々な負荷を強いられる。すくなくとも、それに耐えられるようになるまではほとんど世間とは隔離された生活を送らざるを得ない──それが、閲読師に例外なく課せられた運命だった。もちろん、耐えられるからといっても積極的に平気で外を出歩くような閲読師はほとんどいない、と夕稀さんは言っていたけれど。

夕稀さんが閲読師になった経緯がどのようなものだったかは詳しく教えてもらえなかった──それは極々個人的なものだから当然のことだとわたしは考える──けれど彼女がいまこうやってわたしに対面できているということは、夕稀さんは夕稀さん自身(閲読師になる前の名前もわたしは知らない)を見失わなかったからだということは、当時のわたしなりにぼんやりと理解していた。


それにしても、これまでそのあたりに落ちているどこかのだれかの「思い出」、ただ邪魔で、がらくたのようで、ゴミのようで、あたりまえで、なんでもなかったものであふれていたすべての景色が、わたしにとって脅威になった。

それらひとつひとつが"たしかにだれかのもの"だった、という痕跡そのものをひしひしと感じ、痛々しく思った。こんなふうにだれからも大事にされず、不必要なものとして扱われてしまうほどそれらはほんとうにどうでもいいものなのだろうか──わたしはそれを読むことができるけれど、残念ながらすべてをたしかめることはできない。これまで気にしなくてよかったものを気にしなければいけない──それは、この世界でもっとも"生きづらい"状況だった。


「あなたはもうそれを認め、背負って生きていくしか道がないの──この世界の閲読師全員がそうであるように。もちろんだれかの思い出を読むことをしなくても生きていくことはできるでしょう。でもあなたのその能力にたすけられるひとが、きっとどこかにいるはず。そのとき、あなたがそのひとを見捨てることができるのなら、"閲読師"として生きていく必要はないわ。ただ、無理に迫りくる「思い出」たちからは隠れて生きていかなければいけないことには変わりはないけれど」


目を伏せながらわたしにそう話す夕稀さんからただよってくる諦観の雰囲気を、いまでも覚えている。

きっと閲読師はみんな、彼女と似たような雰囲気をまとっているのではないかという気がした──このさき、わたしがほかの閲読師に会うことがあるかはわからないけれど、わたしたち閲読師は感覚のちがいはあれどこの世界にいちど完全にバラバラにされる──名前を緘することで保護できる過去のじぶんと、これからの生き方を(一般のひとと比較すればそれらはごくかぎられた)選択肢のなかからあらためて選びとる。

その道を通ったものにしかわからない、けれど閲読師に共通して存在するものであるそれらを、お互いに言葉にしないまでも労い合えたらいいなあと思った。


すこし昔話が長くなってしまったけれど、わたしはそうやって閲読師になった。






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思い出 ルリア @white_flower

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