驕れメガネ

たかぱし かげる

洗脳に失敗しためがね

 めがねは激怒した。

 めがねに人間のことは分からぬ。けれどもまともに拭きもしないでめがねを汚なくしておいて「最近眼鏡が合わないなぁ」などと言うのは断じて許せなかった。

 めがねは働きながら人間の目脂やら顔脂やらを毎日浴びているのだ。お湯で優しく流して柔らかい布でそっと水分をぬぐわれるべきだ。

 めがねは人間を乗っ取ることにした。

 簡単だ。めがねは体を震わせた。振動は骨を伝って内耳へ、そして脳へと音を届ける。

「めがね……めがね……めがね大事……大事……洗う……大事……優しく……めがね大事」

 人間は少し不思議そうにしたが、おもむろにめがねを取って流しでばしゃばしゃ洗い出した。

 終わるとティッシュできゅっきゅと拭かれて細かな傷が付いてしまう。これは駄目だ。これを続けるとめがねは曇る。

「行く……めがね拭き……買いに行く……今すぐめがね拭き買う」

 今度はしばらく時間がかかった。が、ずっと命令を送り続けたら人間は100均へ行ってめがね拭きを購入した。

「めがねケース……めがねケースもほしい……買う……めがねケース……中が柔らかいやつ……買う」

 毎晩枕元に放置され、寝返りを打つ人間にときおり潰されそうになるのも我慢ならなかった。めがねも安全で居心地のいい寝床がほしい。買わせた。

 人間はいちいち少し不思議そうにするものの、やがてめがねの言いなりになった。

 めがねは増長した。

「マスク鼻息かかるマスクやめる」

「ブルーライトカットするの面倒、スマホ見ないスマホやめる」

「花粉付くのやだ家出ない家出ない」

 とうとう観るテレビもめがねが決めた。美眼鏡が出演している番組が気に入った。

「おほ。あの眼鏡の曲線美エロい。エロ眼鏡がいい」

 カタカタ震えながら推し眼鏡だけをレンズに映しまくった。

 唐突に人間がめがねを外す。しげしげとめがねを眺めた。

「この眼鏡、エロくない」

 その一言でめがねは買い換えられた。

 仕舞われたケースのなかで、めがねは泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

驕れメガネ たかぱし かげる @takapashied

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ