○○の好感度が透けて見えるメガネを買った

寺田門厚兵

ネットで買った怪しいメガネ

 好感度が透けて見えるメガネ、という商品が届いた。


 馬鹿らしいとは思ったんだが……思いの外、興味が湧いたのでつい買ってしまった。


 中学の頃から使い道がなく、貯めたままのお金をはたいて手に入れたこのメガネは、ネットでメガネケースを探していた時にオススメとして表示されていたもの。


 それを興味本位でクリックしてしまったのが運の尽きだった。


「なんだこれ……普通のメガネにしか見えないんだけど……」


 見た目は、いつも俺がかけている、黒い縁が特徴的なウェリントンメガネが全体的に太くなった感じ。


 ネットだと、サングラスっぽいカッコイイ感じの奴に見えたんだけど……実物はまるで、レ○ブロックで作った感じのメガネだ。


 レンズ縁や耳にかけるテンプルとか全体的に太い、太すぎる……。


「いや、重っ……」


 案の定、ずっとかけてると疲れてくるメガネっぽい。


 しかし、買ってしまった物は仕方ない。俺はこのメガネをかけたまま、一緒に入っていた取扱説明書に目を通す。


「英語……あ、でも……ボタンを押せばいいのか」


 最初に目に飛び込んできた英語の長文を見て一気にやる気が削がれたけれど、次のページに記されていた図解のおかげで投げやりにならなくて済んだ。


 図解もまた英語だったけれど、矢印と多少の英語力のおかげでなんとなく使い方は分かった。


 どうやらヨロイ──右側のレンズ縁の右上にある小さなボタンでオンオフが可能らしい。まるでどこかの名探偵くんが使ってそうだ。


「まあ、物は試しか」


 渋々、俺はメガネのスイッチを手探りで見つけ出し、そのボタンを人差し指で押した。


「……」


 カチッという音はした。しかし、レンズには何も表示されない。こういうのって、スタートとか企業のロゴとかが一瞬表示されるものだと勝手に思っていた。


 特に何も起こらないけど……いいのか? これで……。とりあえず、リビング行くか。人がいないと話にならん。


 部屋を出て階段を降り、リビングに着くと……しかし、そこには誰もいなかった。どうやらお母さんはいつの間にか買い物に出ていたらしい。


 折角なら、好感度がありそうな人で試してみたかったんだけどなぁ……。まあ、いずれ帰ってくるか。


 降りてきたついでに、俺は冷蔵庫からジュースを取ってコップに注ぐ。すると、その音に紛れて慌ただしい物音が上から鳴った。


 それは徐々に下へと近付いてきていて、やがて俺の前に正体を現した。


「あ……」


「……なに?」


「いや……お母さん、買い物いったっぽい」


「そうなんだ。分かった」


「うん……」


「……」


 別に喧嘩してるわけじゃないけど、日常的に妹のみねと話すことがあまりないからか、こういう時素っ気なくなる。


「ジュース、ちょうだい」


「あ、おぅ……」


 俺は手にしてたジュースを、今度は峰が出してきたコップの中に注ぐ。


「……え?」


「ん? なに?」


「あ、いや……ちょっと、悪い」


 ふと、峰の頭の上にほこりのようなものが浮いている。俺はそれを払おうと、手の甲を振った。


「とれた?」


「んー……あれ?」


 取れない……どころか、風で煽られもしない。いくら微風とはいっても、埃や煙なら簡単に散ってくれるはずなんだけど……。


「ちょっと……」


 どけろとばかりに俺の手を払った峰が、今度は自分の手で髪の毛を摘まみ始めた。


「……なんもついてないじゃん」


「いや、確かに……」


 視力は良くないが、メガネをかけている今なら……メガネを、かけてる?


「もういい? 行って」


「あ……、うん……」


 いや、まさか……そんなわけ……。


 もし見間違いでないのなら、今さっき妹の頭の上には、薄っすらと〈LOVE〉という四文字が浮き上がってるように見えた。


○○


 これは試してみる価値があるかもしれない。そう思ったのは、もう一度取扱説明書に目を通した時だった。


 自分の英語読解力が狂ってなければ、好感度は〈HATE〉〈DISLIKE〉〈LIKE〉〈LOVE〉の四段階あるらしい。


 そして、その好感度はその人の頭上に薄っすらと映る。昨日の峰の頭上には、見間違いじゃなければ〈LOVE〉と記されていた。


 峰が、俺に……〈LOVE〉? いや……家族相手だと、無条件でそうなる可能性がある。


 なぜならこのメガネはメイドインアメリカ! 家族愛を重んじてる国だ! 多分! 知らんけど!


 まあ……とにかく! 見る対象が親相手だとどうなるのか気になる。とりあえず、このメガネがエイプリルフール用の商品とかではないことは分かった。


みね! みなと! ご飯できたわよー!」


「はーい!」


 一階からの合図を耳にして、俺はすぐに例のメガネを装着した。


 幸か不幸か、このメガネの度数は普段使っているメガネと同じくらいだ。なぜだか悔しい……。


「あ、ごめん」


 部屋のドアを開けると、そこにちょうど峰がいた。通り過ぎる途中だったらしい。


 俺は謝ったのだが、峰は何も言わずにドアを避け、そそくさと階段を降りて行ってしまった。


 しかし……俺は見逃してない。峰の頭上に〈LOVE〉という文字が浮き上がっていたことに!


 もしお母さんやお父さんの頭の上にもその文字が浮いていたら、とりあえずはこの商品の、好感度が透けて見える、という謳い文句は真実ということが分かる。


 俺は峰の少し後に階段を降り、恐る恐るリビングに入った。


「あれ? 湊、なにそのメガネ?」


「あーこれ、ネットで買ったんだ」


「ネットで? メガネ屋さんじゃなくて……?」


 ヤバい、怪しまれてる……。


「いや、ほら……今はネットで何でも買えるし……測定だって、ネットでできるし」


「……にしては、結構太いメガネ買ったのね」


「いや、まあこれは他人の好みというか……」


「……そっ。湊がいいならいいけど」


 なんとか誤魔化せたらしい。そして! お母さんの頭上にも埃らしきものが浮いているのを発見! さてさて、好感度は……


「なにしてるの、早く座りなさい」


「あ、うん」


 うーん……〈LOVE〉か。母も妹も同じ好感度ってわけか。


「そういえば、お父さんは?」


「今日は残業」


「……そっか」


 お父さんの好感度、すごい気になる。父が息子に対しての好感度とか〈LIKE〉以下だと思うんだけど……見ない事には分からない。


「いただきます」


 手を合わせてそう言い、右手には箸、左手には白米の入った茶碗を握りしめる。


 机の上には味噌汁、ニンニクの風味とタレがかかった生姜焼き、野菜サラダが並んでいる。


 それを傍目に食べる白米は実に美味。次に何から箸を付けようか迷う。


「ん?」


 メガネをかけてるせいか、レンズがやけに曇っている。白米の湯気のせいだろうなぁ……。


「……ん?」


 トンッと茶碗を置いて机の上を見ると、やけに埃っぽい。おかしい……食べる場でここまで不衛生なことはない。


 むしろ、お母さんは掃除をしないようなだらしない人じゃない。食べる前はいつもきんで机を拭いている。


「あ……えぇ……」


 しばらく見守っていると、その正体が露になる。各々の皿の上に〈LOVE〉〈LIKE〉〈HATE〉の三つの好感度が現れた。


 まさか……好感度って、人だけじゃない?


「どうしたの? 変なものでも入ってた?」


「あ、いや……なんでもない」


 白米、味噌汁の上には〈LIKE〉、生姜焼きの上には〈LOVE〉、野菜サラダの上には〈HATE〉の文字があった。


 は? いや、待てよ……おかしい。このメガネの好感度って……相手が俺に対してじゃなくて……俺が相手に対しての好感度、ってこと?


 そうじゃないと、今見えてる好感度が、料理達の俺に対する好感度がメガネに表示されていることになる。それはおかしい……。


 じゃあ……俺が峰に対して、お母さんに対して……〈LOVE〉ってこと!?


「えー……」


 思わず俺は、メガネを取った。今まで見えていた好感度の意味を悟って、恥ずかしくなってきた……。


「あら、メガネ外すの?」


「あ、まあ……食べてる時くらいはね」


 くっそぉ……英語力さえあれば……。そういう商品かよ。てか、商品説明欄にそう書いといてよ! 好感度は自分が他者に抱いてるものが表示されますって!


「そのメガネ、友達も持ってたよ」


 ふと、峰が口を開くやそう言った。


「え、そうなの!?」


 知ってたのかよ……。知ってて、さっきまで黙ってたの!?


「その友達、なんか言ってた……?」


「そのメガネ、好感度が透けて見えるんでしょ?」


「……すー……」


 好感度の意味をさっき理解したせいで、恥ずかしくてうんともすんとも返せなかった。


 そんな俺がどう見えたのか、峰はひと息吐くや気怠そうに話し出す。


「そのメガネに表示される好感度、説明書の最後のページにね……」


 そこまで言うと、峰は指をちょいちょいと曲げる。それが瞬時に耳を貸せと言ってるのだと分かって、俺は左耳を峰の口元まで持っていった。


「……は? え!?」


「確認してみたら? スマホの翻訳アプリとかで」


「おいおい、マジかよ!?」


 思わず俺は椅子から立ち上がった。


「ちょっと。何か知らないけど、ご飯の途中よ?」


「ごめん! すぐ戻る!」


 そう言って、俺は颯爽と階段を駆け上がり、自分の部屋に入るや机の上に広げっぱなしにしていた取扱説明書に目を落とす。


 最後のページ、最後のページ……ここか?


 そのページには、異様に大きな文字でひとつの英文が記されている。俺は峰に言われるがまま、スマホの翻訳アプリを開いてその英文にカメラをかざす。


「この……メガネの好感度は……製、作者の……好き嫌いが表示されるだけで……購入者や他人の好感度が……表示されるわけではありません!? は!? このメガネの製作者の好き嫌いが分かるメガネってこと!? 知るかよそんなの! じゃあ、妹とかお母さんに対する〈LOVE〉は何なんだよ!? それも製作者の好みかどうかってことか!? お前のタイプとか知らんわ、変態野郎!」


 もうネットの怪しい商品には手を出さないにしようと、そう心から誓った時でした。

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