メガネ・パンデミック!

藤原くう

メガネ・パンデミック!

「メガネは……いいぞぉお」


 そんな声が背後から聞こえてくる。走りながらちらと振りかえれば、メガネをつけた大群が追いかけてきている。その姿はさながらゾンビだ。


「くそっ」


 俺は、バールのようななにかを握りしめる。少女を助けるためとはいえ、なんで、外へ出てしまったのか。いまさら後悔したっておそいが、そう思わずにはいられなかった。


 進行方向のビールケースがたおれ、あらわれる黒ぶちメガネの集団。そいつらも、うわごとのように「メガネをつけろ」とつぶやき、おれを捕まえようと手をのばしてくる。


 そいつらのメガネを叩き割りながら、俺は咆哮する。




 ダンボールやらビンやら空き缶やらをまき散らしながら、とにかく逃げる。やつらのしぶとさといったら、怨霊のようだ。どこからともなく姿をあらわしたかと思えば、ゾンビのようにちかづいてくる。


 一人一人はザコだが、その数の多さはやっかいだ。あっという間に囲まれて、メガネを取りつけられたやつらを、俺は何人も見た。


 ――どうやら、俺もその一員になっちまったらしい。


 十字路の中心に踊りでて、そのことに気がついた。


 四方向から迫りくる、メガネの群れ。あいつらを撒いているつもりが、実はあいつらの術中にはまっていた。


 そのレンズ越しの瞳からは、俺を捕まえるという意思がうかがえる。ひとりだけじゃない。取りかこんでるやつら全員から。


「賢くなってるのか……?」


 メガネにのっとられたやつらは「メガネサイコー」か「メガネはいいぞ」をBOTのように繰りかえす、のろのろ迫ってくることしかできないと思っていた。


 だが、今まさに、俺は大群に取りかこまれている。その計画的な作戦に穴はなく、アリンコ一匹だって逃げだせそうにない。


 俺は、アスファルトにどっかと腰を下ろした。


「どーせ、逃げられやしないんだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」


 あぐらをかき、目を閉じる。


 まぶたの下では、昔の思い出が駆けめぐる。メガネ好きの友人たちとの会話、バカみたいな実験の数々、そして、ケンカ。


 思うに、俺がここまで生きのこれたのは、メガネに対する嫌悪感があったからだろう。メガネが好きだったやつらから、ゾンビとなっていき、そして世界は……。


「わりぃ、みんな」


 近づいてくるたくさんの足音。俺は首根っこを捕まえられ、痛みで目を開ける。黒ぶちの趣味の悪いメガネが、近づいてきて。


 ――光が降りそそいだ。




 その瞬間、何が起きたのか俺にもよくわからない。雷のように降りそそいだ閃光が、メガネたちに当たるたび、絶叫がこだまし、かけられたメガネだけが、ジュッと溶けて消えてった。


 ふつうメガネゾンビたちは、メガネを取られると爆発四散する。メガネから伸びたケーブルが、脳に食い込んでいるためである。そのくせ、水をかけても気絶しない。


 だが、あの光はメガネだけを破壊し、ヒトは破壊していない。まるで、天使が悪魔を浄化するかのようだ。


 その光は、俺を包みこんでいた。見上げた聖なる光から、何かが落ちてくるのが見えた。それはゆっくりゆっくり降りてきて。


 俺の目の前で――比喩表現なしに――止まった。


「メガネ……?」


 それもやっぱりメガネだった。だが、メガネゾンビたちがつけている、汎用品とは違って、赤と白からなっていて派手だ。それに、今どき珍しく、つるがない。鼻眼鏡ってやつか。


『地球人よ』


「しゃべった!?」


『しゃべってはおりません、今、あなたの心に話しかけています』


 耳に指を突っこんでみる。確かに、頭ン中に声が響く。女性の凛とした声。天使とか女神とかっていわれたら、信じてしまいそうなほどに、神々しかった。


 と思ったら、ダンディな声がした。


『男性の声も出せます』


「いや、チェンジで」


『そうですか』降ってくる声は、女性のものに戻った。『とにかく、事態は一刻を争います』


「だろうな」


 目の前では、光に触れては、阿鼻叫喚の声を上げているゾンビたち。彼らは、その光が有害なものであるかを察知しているかのように、手や腕やブリーフでメガネを覆っている。


 その向こうからはサングラスをかけた一群。まっすぐ迫ってくるところを見るに、光に耐性を持っているらしい。


『私を装着なさい』


「どうして」


『変身です。いいから、つべこべ言わないで。助かりたいならほらっ』


 メガネがふよふよ迫ってくる。喧嘩別れしたときから、メガネなんて金輪際かけまいと心に誓っていたのに、まさか、こんなことになるとは。


「ええい、ままよ!」


 左手でもって、目に押しあてる。


 途端、光が大空へ伸びて、収束する。


 一瞬何が起きたのかわからなかった。


「――変身完了」


 女性の声がした。


 変身。


 ということは、俺の姿は変わっちまったってことだろう。いったいどんな姿をしてるのやら。


 きょろきょろ見まわせば、あたりはアパレルショップが立ち並ぶ通り、鏡なんて無数にあった。


 そこに映っていたのは、少女だった。


 フリルをふんだんにあしらわれたメイド服らしきものを身にまとった、ピンクの少女。


 白と赤のメガネをかけた女の子が立っていた。


 右手を上げる。鏡の中の彼女は、左手を上げた。逆の手を上げれば、向こうも逆の手を上げた。


 つまり。


「お、女になってるのか」


「はい」メガネから声がする。「私のからだをもとにしていますので。あ、私は両性具有なのでお気になさらず」


「そんなこと気にしとらん! てか、どうなってんだこりゃ」


「だから、先ほど言ったとおり、変身しました」


「変身って、アンタのからだに……」


「まあ、そういうことはあとにでも。とにかく時間がありません」


「時間……?」


「ええ、尺がありません。ここは必殺技で、一気に決めましょう」


「尺ってなんだ」


「戯言です。さあ、メガネに両手を近づけて」


「こ、こうか」


 俺は、メガネのフレームに、人差し指と親指に近づける。


「なんだかビームが出ていきそうだ」


「おや、勘が鋭いですね」


 頭のなかに、言葉が浮かんでくる。猛烈にその単語が叫びたくなった。ヒーローたちが必殺技を叫ぶ気持ちが分かった気がした。


「メガネリウムビーム!!」


 途端。


 メガネのレンズが七色に光り、ビームが飛んでいった。そのまっすぐなメガネ型の光線が、あまたのメガネゾンビを――メガネ型寄生生物を焼き殺していった。



「アンタは一体……」


 俺は、胸ポケットに入れたメガネに話しかける。


『私はアイツらの仲間です』


「でも、攻撃してるじゃないか」


『……そういうのはどうでもいいじゃないですか』


 宇宙人にも隠したいことがあるらしい。俺はそれ以上、詮索しなかった。


「どうしたもんかね」


『おそらく、リーダーがいるはずです。手始めにそいつから倒していくといいのではないでしょうか』


「なるほどね。とりあえずは、戻りますか」


『これからよろしくお願いします』


「こっちこそ」


 そんなやり取りをしながら、俺は、一人、夕日にしずむ街を歩いた。世界はメガネゾンビに支配されているとは思えないほど、静かだった。

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