魔術師たちはいかにしてメガネをかけるようになったか

月這山中

 

 古代、魔術師たちは魔法で火をおこしていたが、魔力を節約するためにガラスレンズを発明した。

 しかし、このやり方はおがくずなどの火種を用意する必要があり、純魔力による火を尊ぶ派閥からは毛嫌いされていた。


 ある日ガラス工芸家メガネ・ダイスキーがガラスレンズを通して見ると、小さな文字が見やすいことに気が付いた。得意先の魔術師に売り込んだところ好評となりあっという間に広まった。

 これがメガネのはじまりである。

 最初は一枚のレンズを片目にはめるだけだったが、二枚のレンズを繋げたものを鼻に乗せるようになり、細工職人によって耳にかけるツルが作られ、装飾品としての価値を上げていった。


 使役魔術の権威ケンビキョー・ノゾクンデスはこのガラスレンズを組み合わせ、大気中に舞う微細な生物『精霊』を発見した。春になるとくしゃみや鼻水が止まらなくなる原因が春の精霊のためだとわかり、顔を覆うマスクや麻酔効果のある魔法薬が魔術師の間で流行した。ノゾクンデスが発明した道具はその名を取ってケンビキョーと名付けられた。


 高級品となったメガネは貧乏魔術師の手には届かない。魔術師協会のスゲー・ワシ・エラインは公共施設でのメガネの貸し出しと安価なメガネの開発を同時に推し進めたが、うまくいかなかった。しかし印刷魔術が発明され、輪転機で効率的に魔導書が刷られるようになると魔術師人口が増加。メガネの需要が爆発的に生まれ、メガネの価格競争が起こった。


 ようやくメガネの歴史に春が訪れたかと思われた。だが、しかし。


 空間そのものを歪める魔術が発明された。


 これによって文字を読むためのメガネの需要は激減。装飾品としてのメガネも「流行りの空間魔術が使えないなんてダサイ」と忌避されるようになってしまった。ケンビキョーもまたアンティーク店で埃をかぶることになる。

 ガラス市場は冷え込んでいた。


 しかしそこへ転機が訪れる。

 空間魔術の魔力消費量が異様に高いとして魔力エコロジーを唱える団体がメガネの使用を推進したのだ。魔力の大量消費を抑え魔術師の寿命と環境を守るためにメガネは再度、日の目を浴びることとなった。


 こうしてメガネは魔術師たちの間で、長寿と叡智の象徴として普及されるようになったのである。

 なお、ガラスの質はこちらの世界に比べれはそこまでよくないため、常時かけているものは少ない。


  了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

魔術師たちはいかにしてメガネをかけるようになったか 月這山中 @mooncreeper

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ