第9話 相談
進路指導室に入ると真野はパイプ椅子に座って待っていた。
こちらを見て軽く会釈をする。
「・・・。」
綺麗だ、と感じた。
スッと伸びた背筋、澄んだ瞳、艶のある黒髪、端正な顔立ち、もちろんそれは恋愛感情ではなく一人の女性として凛とした姿が単純に美しいと感じたのだ。
「どうかしましたか?」
「あ、いや何でもない。」
動揺を隠すように急いで椅子に座る。
「それで話って言うのは何だ?」
「・・・先生は今のクラスをどう感じていますか?」
「ん?クラス?」
「はい。」
「・・・。」
予想していなかった言葉が出た。真野の口からクラスの事が出て来るとは思わなかった。全く興味がないように見えた。
「いや、特に目立った事はないと思うけど。普通、って言ったらいいかな。」
「・・・。」
「でもそう言ってくるって事は何かあるんだろうな。」
「たぶん一年生の時からだと思いますが・・・いじめのようなものが起きてると思います。」
「・・・。」
全く予想していなかった。
いじめ・・・。
「誰が?」
「田坂くんが標的になっているんじゃないかと思います。」
「田坂・・・。」
田坂隼人。おとなしい感じの男子ではあるがそんな雰囲気はなかったように見えた。
「あまり信じられないようですね。」
「あ、いや。」
真野はまっすぐこちらを見てくる。ここで真野が嘘をつくメリットなんて何もない。
「信じないわけじゃなけど、予想外すぎて。」
「・・・表立ってはやっていません。グループチャットだったり、SNSだったり、本人に直接ではなくネットで攻撃しています。」
「例えば?」
「見ますか?」
真野はカバンからスマホを取り出し画面をこちらに向ける。そこにはクラスのグループチャットが映っている。
「・・・。」
そこにはクラスのみんなで遊んだ感想や、学校生活のたわいもない会話が書かれていた。ただ、そこの会話に田坂は参加していない。
「何か気が付きますか?」
「・・・田坂が会話に参加していない。とかか?」
「いつからされていないか確認してください。」
真野の指示通り画面をスクロールする。7月、6月、5月・・・5月の中旬辺りでようやく田坂のメッセージを見つけた。しかもそれは連絡網のような感じで「分かりました。」という返答のメッセージ。
「5月から会話してないな・・・。」
「4月の頃はそれなりに会話に入っていました。別に会話の内容自体はくだらない事ですけど。でも田坂君の言葉に誰も返さないからそのうちに何も発言しなくなりました。」
「・・・。」
「それからSNSで田坂君の悪口を言って楽しんでいました。」
「それを田坂は見てるの?」
「恐らく。それ専用のアカウントを作って田坂君にもIDをそれとなく誰からか分からないように教えてます。」
「・・・。」
「だから表向きには田坂君はただの空気になってます。」
淡々と語るなかで「空気」という言葉が妙に心を揺さぶった。
「私はどうするべきでしょうか。」
真野は表情を変えない。
なんて答えるべきだろうか。
「いや・・・気持ちは嬉しいけど伝えて貰っただけで充分。ありがとう。」
「・・・分かりました。」
真野は立ち上がり「宜しくお願いします」と一礼をして出口に向かった。けれどドアを開ける手前でこちらに振り返った。
「先生・・・結局おとなしい、何も口にしない人間が損をする世の中なんでしょうか。」
「・・・。」
「さようなら。」
真野は軽く頭をさげ教室から出ていった。
今の言葉は何を意味しているんだろうか。
何て返せばいいのか考えてしまった。
結局おとなしい、何も口にしない人間が損をする世の中。
頭の中で兄の事がよぎった。
不幸を平等に ポンタ @yaginuma0126
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