ミドリのマドグチとスマートグラス

鮎河蛍石

2050年のスマートグラス

 JR北陸新幹線券売オペレーションシステムのミドリが、シンギュラリティを起こしたのは2030年のゴールデンウィークだった。

 その技術特異点がもたらしたのは大きな混乱。


 次世代眼鏡スマートグラス。それは2030年当時、眼鏡型の高性能ウェアラブルデバイスとして、社会に膾炙かいしゃしていた。そのシェアはスマホに拮抗するほどの所有台数を誇る。

 そんな次世代眼鏡の最たる機能は、拡張現実AR 仮想現実VRによる生活の補助や、娯楽の提供である。


 ミドリが目をつけたのは、スマートグラスの電子券売システムアプリのマドグチ。

 仮想現実空間に展開されるマドグチの受付嬢ドローンをハックしたミドリは、デジタルドラッグをユーザーや、保守管理スタッフの網膜に照射し、傀儡かいらいを複製した。


 事はすぐには起こらない。傀儡化した人々のコントロールはミドリによって掌握されていたが、彼らは表だった行動は何もせず、各々がミクロに経済を粛々と回した。


 そして準備が整う。

 2050年のこと、北陸から始まった水面下の侵略が花咲く。

 当時の経済は現金決済と電子決済で拮抗していた。


 ミドリはそこに目をつけた。

 マドグチを介してウェブ空間に解き放たれたミドリは、様々な工作を仕込んだ。様々な場所で起こるシステムの綻びは微々たるものである。しかし塵が積もれば山となる。


 電子通貨の甚大な破壊が起きた。


 残った決済システムである現金は、北陸に集中していた。

 ミドリの傀儡がかき集めた資本である。

 経済圏における栄華を北陸は究めた。


 資本の一極集中がもたらす歪みは、戦火の火種となりかねない。

 ありとあらゆる専門家が、この奇妙な現象の原因究明に挑んだ。


 多くの専門家が挫折する謎。その真相に肉薄した学者がミドリを尋ねてマドグチにログインした。


「いらっしゃいませお客様」

 学者のかけたスマートグラスの骨伝導システムがミドリのアナウンスを再生する。


「単刀直入に聴くんですがねミドリさん、あんたが経済を狂わせたんだろう?」

 学者が問うた。


「さてなんのことでしょう?」

 ミドリはどこ吹く風といった返答をする。


「これを見ても、同じ態度がとれるかい?」


 学者のスマートグラスがマドグチのエントランスに、ありとあらゆる論証が提示アップロードされる。


「これは凄いですお客様! しかし残念ですが迷惑行為として握り潰させて頂きます」


 ミドリは学者の網膜にデジタルドラッグを照射する。


「潰せねえよバカが」

「どうして!?」


 デジタルドラッグが効かない学者に狼狽えるミドリ。


「俺は盲目なのさ」

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ミドリのマドグチとスマートグラス 鮎河蛍石 @aomisora

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