めがねの大行進

天西 照実

めがねの大行進


 こういう現象って、なぜか一人でいる時に起きるんですよね。



 十月になっても夕立と言うか、午後のゲリラ雷雨が凄かった日。

 雷雨が遠ざかるのを待っていたら、夕食の買い物に出るのが遅くなってしまって、帰る頃には真っ暗だったんです。

 夫の帰りも遅いので、時間は構わなかったのですけど。

 自宅から10分くらいの場所にあるスーパーから、徒歩での帰り道。

 思ったより暗くなっていたので、少し遠回りになる明るい大通りを歩いていたんです。

 でも街灯が2か所続けて、チカチカ消えかけているような点滅をしていました。

 その時はゲリラ雷雨の影響だと思ったんです。

 街灯だか近くの電柱かわかりませんが、雷が落ちてショートしかけているのかと。


 後から考えると、妙な現象の前触れだったのかも知れません。

 いつもと違って、人気ひとけもありませんでした。


 街灯の仕組みなんてわかりません。

 鉄柱に見えるし、道路は濡れているし。

 近くを通って感電でもしたら怖いので、あまり通ったことのない横道に曲がってみたんです。

 一応、住宅地なので大通りほどではなくても、古い街灯が道を照らしていました。

 昔から住んでいる土地ですが、雑木林や竹藪は分譲住宅になりました。

 この辺りも変わったな、なんて。

 辺りに目を向けながら歩いていたんです。

 住宅は新しくても、道路が古くて。

 どこかで側溝が詰まっているのか、雨水がゴボゴボと音を立てていました。

 その水音に混ざって、カシカシと軽い音が聞こえました。

 小動物の足音のようで、石ころでも転がすような硬そうな音でもあって。

 道の向かい側から、大量の軽い足音がカシカシ、カシカシ……。


 雨上がりにはモグラが姿を見せると聞いたことがあります。

 地中のモグラたちが、土を掘るための大きな爪で道路を引っ搔くように進んでくるのか。

 でも、違いました。

 古い街灯に照らされて、キラッキラッと光っています。

 カシカシと音を立てて近付いて来たのは、大量のだったんです。

 つるの部分を軽く曲げ伸ばしながら、ほふく前進のように進んできます。

 黒縁眼鏡や縁なし眼鏡。カラフルなフレームのオシャレ眼鏡や、色付き眼鏡もありました。

 レンズの大きさも様々でしたが、2列に並んで揃った動きの行進。

 最後尾が見えないほど、大量の眼鏡の列が長く続いていたんです。

 まるで軍隊のような、めがねの大行進でした。

 そんな大軍が近付いて来たので、私はすぐに大通りへ戻り、街灯の点滅も忘れて走って家まで逃げ帰りました。


 今でも、はっきり覚えています。

 ひとりでに進む眼鏡の行列。

 かなり意味不明で、シュールな光景でした。



 そんな体験をしてから数日後。

 ふと、思い出したんです。

 私は子どもの頃から眼鏡女子で、度が進むたびに新しい眼鏡を作っていました。

 度が合わなくなった古い眼鏡も、新しい眼鏡を壊してしまった時のスペアとして仕舞い込んでいました。

 実家の勉強机の引き出しは、子どもの頃の眼鏡で一段が埋まっています。

 その眼鏡が、今はどうなっているかと気になりました。

 実家は近所なので見に行ったんです。


 物置部屋になりかけている、子ども部屋の私の勉強机。

 引き出しを開けてみると、当時のままでした。

 眼鏡を作るたびに無料で選べる眼鏡ケースが、色も形もバラバラに並んでいます。

 懐かしく思いながら、一番古いはずの眼鏡ケースを開けてみました。

 でも、中身は空だったんです。

 他のケースも開けてみましたが、どのケースにも眼鏡は入っていませんでした。

 両親が見付けて、古い眼鏡を途上国で再利用するようなボランティアにでも送ったのかも知れません。

 母は勉強机に触っていないと言っていましたが、きっと忘れているのです。

 ……そうでなくては、勝手に消えたことになってしまいます。



 眼鏡の行列を見たのは、10月01日。

 めがねの日だそうです。

 あれは、使われなくなった眼鏡たちが集まって、一斉にどこかへ向かっていく姿だったのでしょうか。

 眼鏡の歩幅では進むのも大変そうですが、本来は空を飛んでいたのにゲリラ雷雨で地面に落ちてしまったとか。

 進む先に、眼鏡の墓場でもあるのだとしたら、少し寂しい気持ちになりますね。


 あの光景は不気味でしたが、今でも私の視力を補ってくれているのは眼鏡です。

 大切にしようと思える出来事でした。


                                了

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