博士の形見

七雨ゆう葉

真実

「本日はご多忙の中、私たちのためにお集まりいただき、ありがとうございました」

 華やかに、盛大に祝福頂いた披露宴ももう、終幕間際。

 新郎として締めくくるべく、幸次こうじはマイクを手に謝意を述べる。

 常時隣で微笑みを添え、見守り続ける妻のセイラ。目配せを交えつつ、溢れる思いが目頭を熱くさせ「きっと、天国にいる博士にも――」と言葉が詰まる。学者としてここまで大成できたのは、紛れも無く、亡き天道てんどう博士の存在があっての事だった。

 人間国宝にも選出された天道博士の第一助手として、この地球の、宇宙の研究を探求し続けて来た。


 思い出す、一年前のあの日。

「ぃぎぃぃ……たっ……」

「い……だ……」

 老齢により、晩年の博士は幻覚も激しく、会話すらもままならない病状。面会に来ればいつも、幸次に何かを訴えかけていた。

「大丈夫です博士」

「博士の想いは、私が受け継ぎますから」

 次を託された身として。

 後継を、胸に刻む。

 生前に妻を紹介出来て良かった。


 その後、博士は旅立った。

 急だった。





「では記念撮影しまーす!」

「はい、チーズ!」


 パシャ。


「じゃあもう一枚!」


 そうだ。

「折角なら、博士も一緒に」 

 幸次は一言こぼすと、繋ぎ合わせた手を一旦ほどいた。

(きっと……見守ってくれてますよね)

 博士が残した、唯一のウェアラブル。

 死後、研究室の一角。発明コレクションを貯蔵した博士の書斎の中で見つけ、大切に常備していた「ラー真実の眼鏡」という名の形見。

 じっと見入る愛妻からの眼差しの傍で、幸次は上着のポケットから天道博士が残しためがねをかけた。

「これで博士も、写真のなっ……」


 腕、手。

 指、足。

 踵、爪。

 そして、顔。


 喪失。


 モスグリーンに覆われ、全身角質化した細鱗。それはどこか、爬虫類にも似た双眸そうぼうで。

 巻き戻される追憶。

 あの日の病室、想起される博士からの言葉。

ぃ……ぁ……



 ――擬態ぎたい



 その、レンズ越しに映る妻の「星来セイラ」は。

 人ならざる姿で、意味深且つたゆまぬ笑みを見せていた。





 了

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博士の形見 七雨ゆう葉 @YuhaNaname

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