腕利き除霊師は巨乳とデブ

ひとえだ

第1話 腕利き除霊師は巨乳とデブ

 お題:めがね


「あれ、はるは今日めがねをしていないんだ」

 信号待ちで遥に告げた

「うん、7時間前に気付こうね」

 遥は僕の脇腹をつねった

「今朝の遥は、髪型が素敵だったから、そっちに目が行っちゃったよ」


 遥には劇的に変化しているところがある。これが遥が仕込んだだと気付いているが、このの誘惑に耐えている。

 惚れた女性に胸の話と匂いの話は自分からしないと決めている。遥の胸が通常の2倍に膨れているが、7時間触れずにいる


「明るいところでめがねをしていない遥を見るのは初めてかもしれない」

 遥の拳が僕の左頬に触れる

「変態妖怪が!」

「遥は綺麗になったなぁ」

「こっち観んな、前見て運転しろ」


「初めてめがねを取った遥の顔を見たのは、源氏物語の話をした日だったな」

「なんで理系の男が源氏物語なんか読んでいるかね?」

「僕の名前は葵だぜ。しかも官能小説ならばすらすら読めるってもんだ。惚れた女の好きな本ぐらい読むだろう」

「紫式部に謝れ!」

「だいたい、1日中彼女と官能小説の話をして、手を出さないなんて逆に失礼だ。

 僕はあの日、遥の眼鏡を外さずにはいられなかった。たとえ訴えられようと微塵の後悔もなかった筈だ。

 遥は後悔しているの?」

「ば~か」


「僕はね、僕から君に別れを告げることはない。

 別れるとしたら、遥が僕に愛想が尽きたときだ。

 その時は思い切りやせ我慢して平気な顔をしているけどね」

「こっち観んな、前見て運転しろ」

「は~い」

 僕は遥に1つも嘘を吐いていない。


 Ψ Ψ Ψ Ψ Ψ Ψ

 

「なんで僕が誓約書、書くんだよ!」

「葵はいつもはんこを持ち歩いているでしょう」

 支配人は収入印紙まで貼って正式文書にした。


 幽霊の出る部屋に宿泊したい遥に支配人が折れた形だ。誓約書の要点は

・何が起きてもホテル側で責任を取らないこと

・YouTube等でこの部屋で起きる現象を上げないこと

・芸術作品や小説等に使用する際は発表の前に要旨を伝えた上で許可を得ること

 だった。


 遥が化粧室に行くと支配人が聞いてきた

「カップルでご利用になるのは初めてです。本当にあの部屋でよろしいのでしょうか?」

 誓約書の雛形テンプレートがあるくらいだからそういう客も多いのだろう

「まあ、彼女そういうの好きだから」

「お客様は怖くないのですか?」

「僕は生きている女性が一番怖いですね」


 支配人は頭の薄いところを2回叩いて顔を緩めた

「ご夫婦でしたか?」

「いえ、まだですが、恐らく彼女の控えめなお尻に力強く敷かれる未来も遠くないと思います」

 支配人は満面の笑みで

「改めてご提案ですが、私どもはお二人にご旅行を楽しんで頂きたいので、元々ご用意させて頂いたお部屋にご宿泊されては如何でしょうか?」

 支配人は遥にあの部屋を諦めるよう説得して欲しいようだ。でも今日は遥に提案する気にはならない


「内緒にして頂きたいのですが実は僕、見える人なんです。今日は既に昼食を頂いた蕎麦屋のXX亭さんでお逢いしています」

 支配人は真顔に戻って

「XX亭さんあんなに腕が良いのに、繁盛しないのは不思議でしたが、幽霊が原因でしたか」

「どうなんですかね?まあ、あの幽霊は蕎麦屋の大将に捨てられた女性じゃないかと思いましたが、係わるのが面倒なので詳しくは聞きませんでしたけど」


 支配人は目を見開いて

「幽霊と話ができるのですか?」

 ここで自分の失敗に気付いた。遥の機嫌を直すことで頭がいっぱいだったため、発言の注意力が散漫であった。化粧室から戻った遥と一緒に応接室に通された。


 応接室には支配人の他に総支配人GMと料理長も同席した。遥は没落したとは言え名家めいかのご令嬢に恥じることなく堂々としている。恐らく相手が総理大臣であっても態度は変わらないはずだ。


 敬語は日本では最も身につけなければならない作法だと確信する。敬語が身につけば会話できる人が格段に増える。

 

 いつか遥が

”言葉の通じる人だけならば世の中は生きやすいのに”

と言ったことを思い出した。これは人のみでなく、幽霊にも当てはまる。


 幽霊でも会話が出来る相手は比較的対応しやすいが、通じないと力技になるので厄介だ。会話の出来る相手の祓いは最終的には日本に宿る八百万やおよろずの神のお力をお借りするが、会話の通じない相手は自滅させるしか手段がない。会話ができても相手が上手うわてならば太刀打ちできない。つまり2人が祓える幽霊には限界があるのだ。


 総支配人は幽霊騒動のSNS拡散によって客足が遠のいてしまい、経営が極めて厳しいことを切実に語った。廃業を検討する段階になっているという。料理長の後ろに憑いている幽霊が号泣しているのが印象的だった。

 支配人はこのホテルに起きている異常状況を事細かに説明した。支配人が極めて優秀な人であることはここまでの振る舞いで十分理解できる。上司にしたい人間だ。


「私たちにどこまでできるか分かりませんが、可能な限りのことは致しましょう」

 遥は涼しい顔で回答した。3人は立ち上がって頭を下げた。


 これは僕が言わなければダメなのか・・・

「もめる前に、お話しします。成功報酬の件ですが」


 総支配人の顔に緊張が走る

「無事、幽霊を祓えても、謝礼は辞退させて下さい」


 鳩が豆鉄砲を食ったようとはまさに今の3人に最も当てはまっている。間を置いて総支配人が

「そういうわけにはいきません。折角のご旅行の時間を、私どもが無理を言って割いて貰う願いをしているのです。叶えて頂いたならば、当ホテルの名にかけて可能な限りお礼はさせて頂きます」


 値上げ交渉しているように思われるのもしゃくなので、理由を説明した

「金品にはぜんじょうがありまして、僕たちが染の方を頂いても扱いに困ってしまうので、気持ちだけにして下さい。

 それと先程の誓約書で書いたとおり、我々のことは内密にお願いします。

 お金貰ってやっているわけではないので、誰かに除霊を依頼されるのは迷惑です。気が向かない除霊は係わりたくないのです」

 総支配人が何か言おうとするのを抑えて、支配人がこの上ないほどのお礼を言った。

 料理人にこのホテルで一番強い神様がいらっしゃるところは厨房なので、除霊の際は厨房に入って作業させて欲しい旨を告げた。


 いわくつきの部屋は支配人が案内した。エレベータの中で聞いた

「支配人ほどの能力があるならば、さっさと他を探すべきではないですか?」

 支配人は呟くように

「買い被り過ぎです

 私は、GMにヘットハンティングされてこのホテルに来ました。3ヶ月くらい後でしたか、幽霊騒動が出たのは・・・。家族もいるのですが、逃げるのは違うと思いまして」

 この支配人のために助力することを誇りに思った

「ご期待に添えないかもしれませんが、できる限りのことはさせて頂きます」

「ありがとうございます」

 支配人の目には光るものがあった。手の込んだ幽霊は涙さえ偽装する。でもこの涙が純粋なものでないなら騙されることは、映画館で見る名画のような刺激的な出来事に過ぎない。映画館で観たことは直接人生には係わらない。


 キーカードを入れようとした支配人を遥が制した。キーカードを受け取った遥に言った

「いるね」

「ええ、”林の人”が3人かな」

 ”林の人”は隠語で、意図を持った幽霊を指す。支配人が恐怖でたじろぐ。可能な限り穏やかな顔で支配人に告げた

「合図があるまで下がっていて下さい。僕がいいと言うまでは絶対中に入らないで下さい。

 僕も彼女も人に憑いた霊を祓う能力はないのです」

 支配人の胸に形代を貼ってドアから離した。部屋の中の波動を読んでいた遥が言う

「蛇、狐、狸か、行けそうね」

 この獣も隠語で幽霊の特性を示している


「最初は蛇か、生き霊は厄介なんだよな」

 僕が呟くと、遥が部屋の鍵を解除し、僕が扉を開けると初老の男が待っていた

「屋島! 貴様よくも俺を裏切ったな!!」

「ひいっ」

 支配人が声を上げた。


 僕は幽霊をにらみつけて怒鳴った

「もう十分仕返しはできたろう」

 たじろいだ幽霊が霞のように歪み、遥の黄色い形代が吸収されていった

「ひいっ」

 支配人は同じ悲鳴を繰り返した。


 振り向くと支配人が腰を抜かして座り込んでいる

「社長すいません。すいません。すいません。育てて頂いた恩を忘れて裏切ってしまい・・・」


 騒ぎを聞きつけた女中に支配人の介抱を任せて室内に入っていった

「けっこう”森の人”がいるね、霊界の入り口を塞がないとダメね」

 落ち着いた声で遥は言う。遥の言葉に反応して

「狐はあの絵画の中で、狸は浴室か、どちらも女性だな」

「まずは”森の人”達を片付けちゃいましょうか」


 遥は方位磁石を出して部屋の東西南北にそれぞれの色の形代を置いた。僕は東北と南西に2体ずつの形代を置いた。


 異変に気付いた幽霊達は金庫に向かって逃げ始めた。周りに森の人と呼称する幽霊がいなくなったことを確認して

「マクスウエルの魔物は扉を閉じましたとさ」

 と呟くと金庫に形代を貼った。


「僕が狸に倒されたら、もっといい男、見つけてね」

 バスルームの扉の前で遥にそう告げると、ほっぺたを思い切りつねられた

「目が覚めた?」

 遥の顔は笑っているように見えるが、笑っていない。


 バスルームの扉を開けると、同世代に見えるびしょ濡れの美女の顔が目の前にあった。僕が観る幽霊は白黒色モノクロームなので折角の全裸も色気が半減している。

「私の髪臭い?」

 女は尋ねた。髪を洗っていたのか、裸のままで隠すこともなく鼻と鼻が触れてしまう程の距離で言う


「僕は何もできないぞ」


 女性は言葉を無視して

「明日、あきらとデートなんだ。あいつ、ひどいんだよ、私の髪臭いって言うんだよ」

「キスしようとしたの?」

「すご~い。よく分かったね。あきらったら嫌なフリしたら止めちゃったの」

「中学生の男の子じゃそんなもんだよ。シャンプーの匂いが嫌いとか言われたの?」

「すご~い。お兄さん超能力者?シャンプーを変えれば明日キスしてくれるかな・・・」

 

「君は自殺じゃないから、地獄に落ちることもない。

 君はこの世に未練があるみたいだから、またこの世に生まれ変わる事ができる

 ・・・だから、現実を受け入れて」

 女性は泣き出した。体つきがどんどん幼くなっていく。痛々しい傷が現れる。交通事故だろうか


「・・・あきらとキスして、こんどはディズニーシーに行くんだよ、そして・・・」

 泣き声の少女は無念を吐いていく

「大丈夫、次の人生でそれに気付いてきっと浄化できるから」


「うわ~ん」

 幼い泣き声だった。

 ひとしきり泣いたら、幼い声で聞いてきた

「地獄に落ちないって本当?」

「生まれ変わったら、オジさんが口説いちゃおうかな」

 少女は笑った

「ウソツキ。

 僕はなにもできないなんて、嘘つき」

 少女は朧のように消えていった。


 バスルームに入ってきた遥がほっぺたをつねった

「目が覚めた、すけこまし!」

「相手は中学生だぞ、発情したら犯罪者じゃないか!」

「淫乱妖怪の言葉を信じるか!」


「遥は何と戦っているんだ」

 遥はつねっていた指を離すと、寂しそうに呟いた

「薔薇の花かな」

 思い当たる節はあった

「ごめん、2年も一緒にいるけど、遥にお花をあげたことなかったね」

 天然色カラーの遥は微笑んだように見えた。僕の胸に飛び込んで来た

「許さない」

「許してよ」

「許さない」

「しょうがないな、失恋か、めがねで胸が小ぶりな人を探すか」

 遥は抱きしめる手を強めて、ただ泣いていた。


 遥の涙が引いたのを見計らって、部屋を出た。廊下には総管理人、管理人そして女中が2人いた。管理人に

「あとは、絵画の幽霊です。呼び出しますので一緒に話をしませんか?」


 支配人は起きた事を受け入れているようだ

「分かりました。わたしもお聞きします。

 私は幽霊を見たのは初めてでしたが、今日ここで起きた事は誰に聞かれても正直に答えるつもりです。先程、全てをGMに話してお詫びしました」


 総支配人は

「支配人は誠実で嘘を吐く様な人ではない。支配人・・・屋島君を引き抜いたのは私だ。罪を負うのならば私が負わなければならない。

 絵画の幽霊、私も話を聞かせてもらっていいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 総支配人は女中を帰して4人で部屋に入った。女性は既に絵画の前でたたずんでいた


「僕には何もできないぞ」


 女性は笑って

「枕詞かしら?」

 総支配人は驚愕している。支配人は驚きながらも落ち着きが見られた。2人とも女性が見えているみたいだ


「総支配人にも支配人にも来て頂いた。

 このままだと、このホテルは潰れてしまう。

 このホテルに恨みがあるならば話してもらえないだろうか?」


 女は身の上話を始めた。

 よくある話であった。男に捨てられて湖に身を投げた。ここは彼と一緒に泊まった綺麗な想い出の場所で、彼は彼女の好きな薔薇を年齢の数だけ用意して祝福したという。


 この絵画に住み着いて、湖を見て時を過ごしたが、恋人同士がこの部屋に宿泊すると、あの頃を思い出していつの間にか絵から飛び出したという。


 如是我聞。自殺した者は己のとがを償うことを放棄したので地獄に落ちるらしい。彼女も地獄に落ちるのが怖いらしく、この場所に留まっているという。


 僕は彼女の気持ちを慮って、総支配人と支配人に提案した。

 湖が見える場所に、この絵画を飾ってもらえないかと。

 彼女にも提案した。

 絵画に薔薇の花を掲げた人の恋愛を助けてもらえないかと。

 人の恋愛を助けることが地獄での苦行を緩和する効果があるかどうかは分からないが、彼女は笑って同意した。

 総支配人も、支配人も快く同意した。サービス業を生業にする方の思考は僕には理解できないが、少なくともこの2人には客に対する敬意の念は揺るがずにあるのだろう。


 厨房で黄色の形代に封印した幽霊を祓った。料理長は祓っている最中、料理人、女中を整列させた上で黙祷し、料理長だけが祓いの儀式を見ていた。料理人の後ろに立つ幽霊が深々と頭を下げている。


 金庫は明日、業者が引き取って廃棄すると言っていた。明日の朝には霊界の扉も完全に封印できるだろう。絵画は総支配人自ら丁寧に取り外して既に持ち出している。


 支配人は僕たちにスイートルームの宿泊を薦めたが、霊界の扉の封印が有ると言って、くだんの部屋に宿泊することを渋々了承頂いた。


 支配人に2人の写真を撮らせて欲しいと言われたので、巨乳とデブのカップルに変装して腕で目を隠して写真を撮った。やり手の支配人が考えそうなことはお察しである。


 ベットに横たわって見慣れない天井を見ている。2人のだけの時間が訪れた

「お疲れ様」

 荷物の整理を終えた遥が笑顔で言った


「花屋に行こうか?」

「今日はいいや、明日にする」

 どうしても花は必要なようだ。主語がみずうみのように広いが、女性の心理は分からないことが多い。


 遥は唇を重ねてきた。軽い口づけ。瞳を閉じずにいた


「お風呂に行こうか?」

 遥が提案した

「貸し切り風呂を予約するの忘れた」

「支配人に頼むと予約していた人キャンセルして私達に融通するわよ」

「遥がどういう風に胸を盛っているか構造が楽しみだったのだけどなぁ~」

 遥はそそくさと服を脱いで胸を見せた

「痛いわぁ~」

 テープを使って、寄せて上げて盛ってあった。痛々しすぎて触れる気持ちも躊躇させる。

 遥は平時のブラジャーに戻して浴衣に着替えた。


 人集りができていた。

 湖を見つめる女性が立っていた。

 女性は”ありがとう”と軽く頭を下げた。僕と遥は笑顔で頷いた。


 人集りの中心にはあの絵があり、献花台も置かれている。良く見ると額縁も高級なものに替わっていた。”恋愛の薔薇”という題名が付けられている。題名の下には”この絵に薔薇を添えると恋愛が成就すると言われます。お花は売店で販売しています”と書いてあり、既に薔薇が添えてあった。数えると遥の年齢と同じ数だった


「恋愛が成就するみたい、葵も献花する?」

 僕は笑って

「他の女に花をあげると、彼女の胸がでかくなるので止めとく。僕はどちらかというと・・・」

 遥はほっぺたを力一杯つねった。

 

 大浴場の前で遥が出るのを待っていると、黒い影に声を掛けられた


「僕はなにもできないぞ」


「薔薇の花ありがとう」

 聞き覚えある声だった

「やっぱり、いづみか」

「遥が憎い・遥が憎い・遥が憎い」

「はるは名のみの風の寒さよ」

「私の方が綺麗なのに、どうして遥なの?」

「拓がいるじゃん」

「遥の母親に、”いい人紹介してくれてありがとう”って言われた

 葵は私の彼氏なのに」


「遥の形代を八つ裂きにして赤く塗ったのもいづみの仕業か?」

「紫色はダメ、遥は青を使ってはいけないのだもの」


 暖簾の中から遥が出てきた

「あれ、いづみ。なんでここにいるの?」

 流石の遥も驚いたようだ

「私の葵を返してちょうだい」


 遥も風呂場まで形代を持ち歩いていないようだ

「いや~モテる男は辛いよ」

 遥がほっぺたをつねろうとすると、いづみは遥を突き飛ばした

「そんな強力?」

 2人の声が重なった。仕方がないので、手を繋いで部屋まで戻ることにした。攻撃は出来ないがいづみの恨み節と、拓の悪口は休むことなく聞こえた


「傘の女の幽霊が憑いているな」

「信じられない、さっきまで気付かなかった」

「遥が気付かないなんてきっと今日はめがねじゃないからだよ」

「湖の出来事ってコイツのせい?キスしたのは私に知らせるため?」

「ゴメン。単独で祓えなかった。遥の力がどうしても必要だったんだよ」


 絵画の前を通ると絵画の女性が悲鳴を上げた。

 部屋に戻って、蕎麦屋で八つ裂きにされた形代を遥に見せた。詳しく調べると服に呪いが掛けられていることが分かった。しかも入浴中に僕の荷物にも呪いが感染していた。服の呪いに気付かなければ間違いなく遥が白黒色モノクロームに見えるようになったはずだ。いわくつきの物件に宿泊させて呪いに気付かせないようにするという、かなり手の込んだ作戦である。


 形代で除霊を開始して、スマホに残る呪いを消していった。遥が幽霊の言葉を塞ぎ、僕がこの部屋に軟禁した。


 2人の力を集結しても封印には6~7時間は掛かりそうな強い怨霊である。手元には3枚だけ形代を残して全てを除霊に充てた。不足するならば自分の形代はコピー用紙で作成可能なので補充すればよい。


「お腹空いたね」

 遥がいう。封印作業も一段落した。夕食を予約した時間になったので部屋を後にした。夕食は他の宿泊客とは別室に案内され、総支配人と支配人さらに仲居頭だろうか30代位に見える女性も同席した。遥への配慮だろう。


 浴衣で訪れるのは無礼で申し訳なかったが、服が呪われてしまったことを正直に話した。服を用意すると申し出てもらったが、明日までには除霊できると辞退した。ぜん属性の服を着ると著しく能力が低下してしまう。


 料理長自ら料理を説明した。素直に感想を述べた

「王宮の料理みたいだ」

 料理長は満足そうに微笑んだ。お酒も勧められたが斎事であると断った。

 霊現象を目の当たりにした総支配人と支配人は終始御礼の言葉を繰り返した。御礼を受け取らないことを申し訳なく思っているようだ。納得がいかないようなので、1年間毎月あの部屋を28日だけ、カップル限定で一泊1,000円で宿泊させてはどうかと提案した。総支配人が二つ返事で了承してくれた。


 部屋に戻ると形代が2つ破壊されていたが、抵抗もそこまでだったようで、朝までには封印できそうである。残念なことに斎事であるため、恋人同士の営みができない。


 恋人同士の賢者の夜は厳かだった。出会った頃の話題で時間は駆け足で流れていった。昼間の疲れから夜も更けないうちに睡魔が来た。明日の運転があるから遥が徹夜するといった。まだ服には呪いが残っているが、大方排除は出来ていた。


「服脱いで一緒に寝ちゃおうか」

 遥が提案してくれたので、さっさと服を脱いだ。無防備な睡眠中は呪いを防御することができない。


 コンタクトレンズを外しにいった遥が戻って来たが、全裸の僕を気に掛ける様子もなかった。めがねをした遥の方が安心する。営みの時は自分が先に服を脱ぐようにしているので気にしないのかもしれない。


 遥は、電気を消して三日月の明かりの下で身につけているものを全て脱ぎ去った。その優麗な美しさに見とれることしかできなかった。遥は出会った頃より数段美しくなっている。明日の陽が昇るまでは斎事が明けないことがもどかしい。


 僕の左手首と遥の右手首をトイレットペーパで巻き付けてベットに入った


「いづみが葵のこと好きなの気付いていなかった?」

 単刀直入に遥が聞いてきた

「全然気付かなかった」

「いづみ、拓と別れて葵と付き合いたかったみたい」

「そっか、光栄だな」

「それだけ?」

「いづみ、めがねしていないし、大前提として、誰かと付き合っている人から奪う程恋愛に貪欲じゃないかな」

「夜は激しいのにね」

「ごめんな、下手くそで」

「えっ?」

「遥の求めている高みに応えられていないだろう」

「そ、そ、そんなわけあるか!」

「気を遣われるとむしろ、薄氷のような僕の心が傷つくのだけど」

「今更、恋人同士の営みに気を遣う仲でもないだろう」

「遥は最中、もの足らなそうな顔するし」

「葵が激しすぎるんだよ!」

「え~」

 今まで憑いていた呪いが容易く祓えてしまった。でも斎事なので、営むことができない


「電気付けて、遥を見ながら1人で楽しんでいい?」

「そんなことしたら、子供が産めない身体になるよ」

「だよなぁ~。いづみの奴、この生殺し状態いつか復讐してやる」

 遥はクスクス笑って

「私達には明日があるじゃない」

 

 Ψ Ψ Ψ Ψ Ψ Ψ


 再三の招待に重い腰を上げることにした。支配人が総支配人に昇格したので、是非来て欲しいとのことだった。

 

 車を走らせると、湖にあの名前の蕎麦屋は今もあった。ただ、店も大きくなり、景色のいい場所に建て替えられ、道路の向かい側まで駐車場になっている。

 平日なのに蕎麦を求める客で行列ができている。


 とりあえず、順番表だけは記入しよう。刹那女将が暖簾の奥から出てきた。あの頃と変わらないというよりはあの頃よりも若返った印象だ。


 女将の目から躊躇なく涙が流れた。女将に手を引かれ裏口から応接室に通された

「お姉さんなんでないているの」

 ゆかりが女将に問いかける。“オバサン”と言わないところに、大器の片鱗を感じる。…僕も随分親バカに馴染んだようだ


「お父さんに悪い魔物をやっつけてもらったの」

 紫が不思議そうな顔で僕を見上げると

「ハンカチ貸してあげます」

 とポケットからかわいいハンカチを出して女将に渡した

 女将は声を上げて泣き出した。


 僕たちが来ることは、ホテルから聞いていたのだろう。豪勢な料理が家族の到着を待っていた。


 あの絵をモチーフにしたオブジェが飾られている。神社と神教の礼拝堂。ホテルが経営している結婚式場が増設されていた。

 若いカップルがこんな綺麗なところで式挙げたいねと言っていた。もう一組のカップルが聖地と絶賛していた。そしてホテルの宿泊予約が取れたと喜んでいた。

 樅の木を模した人口の小さな木に青、黄そして白の金属線が繋がれている。下には言葉が添えてあった。

 “片思いの方は青に

 恋人同士の方々は黄に

 恋愛を忘れたい方は白に

 薔薇を添えて下さい”


 脇には薔薇を摸した帯がでる自販機が6台あった。布製の薔薇に願い事が刻まれる仕組みだ。自販機はモニタあるいはスマホからデータを転送するタイプだった。”がん”も手書きで書かない時代になったようだ。


 飾られている薔薇を注意してみると小さい文字で願いが刻まれていた。

 紫がやりたいと言ったのでスマホを貸してやると、要領よく処理した。画面を盗み見すると

 “パパのおよめさん ゆかり”

と書いてあったようだが、

「見ちゃダメ」

 と隠された。しっかりスマホのデータは消えている。


 紫を抱っこしてやって、青い線に自分で結んだ。結構器用な娘だ。持ち帰る分も欲しいと同じものをもう一つ買った。やり手の支配人だ、すっかり金の実る木になっている。今は総支配人ゼネラルマネージャーか。


 売店に愛くるしいキャラクターマスコットが売られていた。遥があの日祓った型紙と同じ色の品揃えだ。いい加減な効能が書かれている。加えて一言。


 ”正規品はここでしか買えません! ”


 紫にねだられた

「青がいい」

 なんでと聞くとパパの色と答えた。

 家内が化粧室から戻って来た

「あら~パパは目を離すと、直ぐに女の子口説くのね」

「いづみより紫の方がパパに愛されているもん!」

 家内の目が点になっている。直ぐに家内はいたずらな目になって

「あ・お・い」

 と言って、家内は唇で僕の頬にルージュを付けた。

 今度は紫の目が点になった。直ぐに紫は怒った目になって

「パパ、チューしてあげるから、抱っこして。・・・抱っこしてよ」


 Ψ Ψ Ψ Ψ Ψ Ψ

 

 見慣れない天井だ。そうだ、遥と旅行に来ているのだった。

 

 名家めいかのお嬢様でも寝ているときまでは、行儀正しくできないようだ。

 記憶に鮮明に残る大きさの胸と左太ももが夏掛に嫌われている。

 盛るために使ったであろうテープ跡が胸で痛々しく消滅を待っている。

 

 夏掛けをかけ直そうとすると、

「はなさないで、ずっとだっこしていて・・・」

 寝顔の遥が微笑んでいる。

 

 そういえば、さっき見た夢は天然色カラーではなかった。

 -了-

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