交易所にて

シンカー・ワン

なに、買った?

 冒険者御用達施設のひとつに『交易所』がある。

 未確定アイテムの鑑定や探索や冒険で手に入れたアイテムの買い取り、迷宮や遺跡から発見した旧貨幣の現行貨幣への両替などを引き受ける公的機関だ。

 店舗を併設しており、探索や冒険に必要な物資の販売や引き取ったアイテムの転売、武具防具の補修販売も請け負う。

 旧時代の物品やマジックアイテムなども販売しているため、冒険者だけでなく一部の好事家などもよく訪れる。

 迷宮保有都市バロゥにももちろん設けられていて、日々賑わっていた。

 消費した物資の補充のため忍びクノイチらの一党パーティも訪れていた。皆、冒険装備ではなく、いわゆる普段着姿である。

水薬ポーション類は私が買っておくから、あとは各々おのおの自由に。昼の鐘が鳴ったらここに集合でいい?」

 ゆったりとしたシックな色合いのワンピースを着た、頭目リーダー女魔法使いねぇさんの言葉に一同賛成の意を示し、それぞれ思うところへと散っていく。


 防具の修繕受付けカウンターへとやって来たのは、半袖短パンの熱帯妖精トロピカルエルフ

 数人いる受付け係のうち、女性従業員さんの元へ赴き、

の、サイズ直し頼みたいんだな」

 言って手持ちのずた袋の中から取り出したのは、愛用の局所鎧ローカルアーマー。さすがに男性の係に任せるのは抵抗があるようだ。

 受け取った従業員さん、さすがに手慣れたもので、

「サイズの調整ですね? ではフィッティングをしますので、こちらに」

 と、カウンター側に常設されている試着室へと誘導する。全身鎧のフィッティングもあるためか、広々とした作りになっている。

「お願いするぞ」

 誘われるまま、従業員さんとともに試着室へと入る熱帯妖精。

「脱げばいいんだな?」

「はい、お願いします」

 って会話のあと、衣擦れがあり「失礼します」と従業員さんの声。

 それから「腰回りが……」とか「脇がきつくて……」やら、小声の会話が続いた。


 麻の上下に革のベストを着込んだ忍びは、武具のカウンターへ。

 いかつい顔をした洞人族ドワーフの受付け係に、腰から外したベルトを渡しひと言。

「研ぎを頼む」

 ベルトには愛用の苦無が収められていた。

 中年世代と思われる洞人族の係は苦無を手に取り、それぞれの状態を確かめると、

「また随分と使い込んだな。手入れはしているようだが脂と血がこびりついてやがる……待ってな」

 そう言って忍びをねめつけ、カウンター奥の作業場へと消えていく。

 後姿を見送った忍びは、他の客の邪魔にならぬようカウンター傍へ設置されている長椅子に腰を落とした。


 ダボッとしたチェニックとスカートを着こなす女神官尼さん

 見歩いているのは、武具防具ではない装飾品のマジックアイテムが並べられた一角。

 力ある護符や危険な指輪、魔力や体力をサポートする腕輪にネックレス。役に立ちそうなものからどう使うんだこれ? といったものが、当たり前だが迂闊に手が触れないようにして陳列されていた。

「あら?」

 並べられている中のひとつに尼さんが目を留めた。

 北方の凍土帯に住む住民が、陽射しと氷雪原の反射から目を守るために使う遮光器と似たは、大きくとられたスリットの部分に透明な物体がはめ込まれていた。

「水晶……いえ、これは硝子ガラスね」

 小さくつぶやく尼さん。

 製造法が確立されて量産もされているガラスだがまだまだ高嶺の花で、一般家庭に普及するまでには至っておらず、使っているのは支配階級や裕福層、魔法学院に教団くらいだ。

 添えられているお品書きには、

「魔法の、眼鏡」

 とあった。

「『遠見』と『透視』の魔法が付与されている、か。……なにかに使われちゃいそう」

 くすりと笑う尼さん。付けられている値段を見て、

「ま、おいそれと手を出せないようにはしているみたいだけど」

 と、面白げに微笑んで『魔法の眼鏡』の前から去り、他に何か面白そうなものは無いかな? と見渡し、

「――っ」

 目立たぬよう隅にひっそりと展示されていたモノに、目を見開く。

 それに見覚えがあることを思い出す。同時におぞましい記憶がフラッシュバックし、心臓が早鐘を打ち服の下で汗が噴き出す。

 展示されいていたのは、長さいちフィート、直径一・五インチほどの、両端が緩い円錐状に加工された短杖ワンドのようなもの。

 魔力を込めると微細に震える、どういう意図で使われていたのか不明。とキャプションには書かれており、やっぱりと確信する尼さん。

「……まさか、こんなところでうなんて、ね」

 どこか自虐的につぶやく。見つめているうちにじわじわと身体の芯がうずきだしていくのがわかる。

 使

 『心がどんなに拒絶しようと、刻みこまれた肉の快感は拭えない』ってことかと、先日襲来したインキュバスの言葉を思い返し、自身を嗤う。

『――なら、己の気持ちに従おう』

 値札に目をやり――マジックアイテムとしては安価だ――所持金を確かめ、決心のうなづきをして近くにいた従業員へ呼び掛ける。

「すみません。これ買います」

 

 天と太陽の神・ロッキマーの教会が昼を告げる鐘を鳴らす。

 これを合図に人々は働く手を止め、休み食事をとる。一部の役所や店舗は交代制で昼も休まず営業しているが。

 『交易所』出入り口近くに設けられている休憩スペースに立つ女魔法使い。手提げ袋をそれぞれの腕に持っている。

 右と左、共同の買い物とプライベートを分けているのだろう。なにを買ったのかは……女の秘密。

 軽く手を振ってやってくるのは女神官、手荷物ありだ。

 女魔法使いの傍らに並ぶと、いたずらな顔をして耳元で何やらささやく。

 なにをささやかれたのか頬と耳を赤くして、ちょっと咎めるように「そんなものを……」と小声で返すねぇさん。

 手提げを持つねぇさんの手に自分の手を重ね、「でも、嫌いじゃないよね?」と、意味深な視線を送りささやく尼さん。

 絡まった視線を外すねぇさん。何やら妖しげな空気がふたりを包む。

「お~い」

 と手を振りながら、元気よくやって来たのは熱帯妖精。途端に尼さんとねぇさんの間にあった空気が霧散する。

「サイズ直しついでに補強もしてもらったぞ。で、新しいのも頼んどいた」

 いい買い物ができたようで、意気揚々だ。

「あとな~」と言いながら、他に買ったものをふたりにあれこれ説明しようとしているところへ、

「遅れてすまない。少し手間取った」

 足音無くやって来た忍びが、皆に頭を下げつつ言った。

「良い買い物は出来た?」

 いつもの雰囲気に戻っているねぇさんが訊ねると、

「研ぎは万全。あと手甲の出物があったので、それと竹筒を何本か」

 コクンとうなづき、戦果を告げる忍び。ハッキリと楽しそうである。

「よかったですね~」

 尼さんが笑顔で声をかける。こちらも普段の様子に戻っていた。

「どこかでお昼食べて……あとは夜まで自由時間?」

「おーっ」

 ねぇさんの言葉に熱帯妖精が屈託なく答え、

「いつものお店にします? 少し歩きますけど、美味しいって噂のお店教えてもらったんですよ」

 尼さんがニコニコしながら行く先を提案する。

「自分は皆が良い方でいい」

 忍びは自己主張せず付き従う姿勢だ。

「ん~。じゃあ……」

 頭目リーダーが決定し、皆でそろって食事へ向かう。

 自然と前後二人組づつに分かれ、前を行く熱帯妖精と忍びがそれぞれの買ったものについてワイワイやり合う後ろで、視線を交わしそっと手をつなぎ合うねぇさんと尼さん。

 昼の太陽が照らす下、各々の影が揺れ重なる。

 午後は始まったばかり。

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交易所にて シンカー・ワン @sinker

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