花言葉

皇 神樂

第1話

最近になってふと思い出したことがある。まあ、思い出したというよりはそれについてしっかり考えるようになった、と言ったほうが表現として正しいかもしれない。


今から語ることはもう十五年以上前のことだから随分と曖昧で、そもそも存在したのか全く判らない。要は深く考えずに「とある人のとある妄想」として軽く流していただきたい。


 --あなたは現在、薄暗い部屋に一人です。

周囲を見回すと大して物が置いてあるわけでもなく、特にすることも無いのでただ暇を持て余すばかりです。


 しばらくして、どこからか赤子の泣き声が聞こえてきました。そのためあなたはその方向に歩き出します。


 どうやらこの部屋はかなり広いらしく、なかなか目的地に辿り着きません。歩を進める度に靴音が響き渡っています。


 そのまま進み続けていたら、突然行き止まりになりました。しかし、泣き声が止むことはなく隔ての向こう側から聞こえます。


 その隔てに触れてみると、それは気高い繊細な模様の浮彫が施された重厚な扉でした。


 扉を開けると、そこには高級感のあるアンティーク調の長いローテーブルがありました。その上には刺繍とレースで装飾された純白のテープルクロスと放置された裸の赤子。そして、赤子の両脇に無造作に置かれた二つの砂時計。


 実際、よく見ると砂時計の中身は砂ではなく赤と青の液体でした。ピチャっと音を立てて一滴一滴、丁寧に、ゆっくりと落ちていきます。部屋に置いてある蝋燭の灰かな光がその光景を照らしています。


 最初は逡巡していましたが、結局あなたはローテーブルに近づくことにしました。


 やっと赤子の状態を確認することができ、あなたは安堵する。


 --確かな記憶があるのはここまで。

それ以降は全く思い出せない。いや、そもそも続きなんてないのかもしれない。

 もとより一五年前なんて小学校にすら通ってなかったし、記憶なんてないのは当然だ。

でも、もしこれが本当に記憶だったとしたら一体何なんだろう。


「ふーん、なるほど……」

 つまりそれが気味悪いから何かあるのか知りたい、と。

「まあ……そんな感じになりますかね。ああ、でも」

 この話の「存在」よりも話自体の『本質』のほうが知りたいかも。

 そう言って依頼者である琳子りんねはレザーで出来たソファに深く座り、深紅に染まった形の良い唇をコーヒーカップにつける。

 街路間に若葉が芽生える季節。繁華街が徐々に賑わい始め人も自動車も大通りに増えつつある一方で寂れた裏路地の一角にある古びた雑居ビルの一室で女性とグラスグリーンの瞳を持つ男性が何やら話をしている。

 初めはこんな無名の探偵事務所(仮)になんの用だとれいは思っていたが、話を聞いていくうちに興味が沸いたから受けた次第だ。

 実際、探偵事務所を名乗っているが生憎そんな業務をしたことは一切ない。依頼が来ないわけではないが本来はカウンセリングやちょっと(どころじゃない)怪しい(多分)占い師の助手など変わった業務をしている。まあ、これを知っているのはごく一部の人だけなのだが。

(この人、なんか歪なんだよなあ)

 黎はふと、そんなことを感じていた。初対面の、しかも女性に対してかなり失礼な感想であるのは黎も重々承知している。

しかし、黒檀のような髪を軽く結って桜色のワンピースを身に纏った一般女性であろう彼女のどこか妖しげで儚げな雰囲気が魅惑的で狂っていた。

「では、よろしくお願いしますね」と穏やかな声で言って、琳子は深くお辞儀をしてその場を後にした。「こちらこそ」と琳子の言葉に添えるように言って、黎は部屋から出ていく彼女の背中を見送る。その際、琳子が事務所の隅にポツンと置いてある花を見ていたのは気のせいだろうか。

 

黎は琳子が完全に事務所を去ったことを確認し、一本の電話をかける。

「やっほー、元気?・・・・今ちょっとおもしろい依頼来たんだけどさ、もしかしたら『サガシモノ』かも。気になったら連絡頂戴。またね」

 一方的にそれだけ伝えてさっさと電話を切る。

(それにしても、結構面倒な依頼を受けたかも。一応、本業ではあるか)

久しぶりに来た依頼に胸を膨らませ、早速手元のコンピューターで資料を漁り始める。例の彼は留守番電話を聞いただろうか、今度こそ彼が協力してくれないとまた遠くなりそうだ。

「うわあ、まじか。今日の夕飯どうしよ」

 気がついたらもう日が落ちていた。調べ始めたのは午前中だったのに、と呟いて帰り支度をする。抜けがないことを確認して事務所を後にしようとしたとき、一本の電話がかかってきた。

「やあ、普段は僕に電話なんてしてこないクセに急に面倒ゴトの擦り付けかい?……いや、ジョーダンに決まってるさ。それより君、また食事をすっぽ抜かして机にかじりついてたのかな?なら丁度いい、僕が奢るから今から位置情報を送る場所に来たまえ」

 黎が何か応じる間もなく、話が一方通行で終わった。黎はため息をつきながらも指定された場所に向かった。

 (は?こんなとこだなんて全く聞いてないんだけど!)

目の前にはいかにも『庶民お断り』といったような厳格さとシャンデリアなどの華美な装飾が目立つレストランがあった。


 黒を基調とした制服を完璧に着こなしたオールバックの男性に案内された先には、優雅にワイングラスを傾けている、上品なカジュアルスーツの男が座っていた。

「ああ、やっと来たか。随分遅かったんじゃあないかい?まさか、あの後も机とにらめっこしてたのかな?」

男は空のワイングラスをそっと置き、頬杖をついた。

「いやあのとき丁度夕飯どうしようかな、って考えてたところ。君が誘ってくれたから飢死にしないで済んだ。そこは感謝する。あと、ニタニタ笑うのやめてくれない?シンプルに気色悪い」

「君、なかなか辛辣だね」

 また男がニヤリと笑う。そしてもう一本ワインを開ける。

「そう言ってる廻俐かいりはMなの?その笑い方鼻につくから止めてって言ったはずだけど」

 藜はそう吐き捨てて、メニュー表に視線を戻す。

「まあまあ、そう細かいことは気にすることなかれ。んで、何を頼むのか決まったかい?」

 廻俐、と呼ばれた男はフフッと笑って楽を見つめる。

「ねえ、奢ってくれるよね?」

 黎が廻利の紅色を宿した蜻蛉玉のような瞳をジッと見て質問した。

 すると、「勿論」と言ってホールスタッフを呼び、コース料理を注文する。最初はためらっていた黎も結局廻俐と同じものを注文した。


「……まあ、確かに奇妙な話だ」

 そう呟いて廻俐はシャンパンを飲み干した。

「あーやっぱり?でもね、俺は話もそうなんだけど、依頼者自身も歪に感じたんだ」

「黎、それはつまりどういう意味だい?」

 廻俐は眉をビクっと動かし、黎に問う。黎は今回持ち込まれた依頼内容を粗方説明する。やはり黎だけでなく廻俐も何かを感じたらしい。

「……とりあえず俺が言えることはそれくらいかな。まだ違和感はあるけど、それは君が確かめたほうが早い。彼女は明日も来る。だからね廻利、明日は来てね」

 黎はもう一度側の目をジッと見る。廻側は「りょーかい」緩くと返し、会計を終え、梁と共に店を後にする。

「そういえば黎のやつ、僕の質問に答えていないじゃないか!それにしれっと僕に奢らせて、挙句の果てに事務所にまで行く羽目になるなんて……。やっぱり黎とは簡単に約束なんてしないほうがいいのかもな」

 そのとき廻俐は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

 翌日、黎の言う通り琳子は昨日と同じ時間帯に事務所を訪れた。

「あら、今日はお二人なのですね」

 琳子は首を傾げる。

「あー本来ならいつも二人でやってるんです。でもこいつ、なかなか来ようとしなくて」

 ほんといい迷惑ですよね、こんなやつ。と言って黎は廻俐を睨む。

 そのころ廻俐はすっかり鬼面となった黎を気にせず寝息を立てていた。

「えっと、昨日以降で何か思い出したこととかありますかね?」

 確認のため黎は琳子に尋ねる。

「あ、その、……申し訳ありません。まだ何も思い出せなくて」

 眉尻を下げ、消え入りそうな声で答える。

「あっ、全然大丈夫ですよ!俺もあの後いろいろ調べてみたんですけどね、参考になりそうな文献があまりなくて。せっかく来てくださったのにこちらこそ申し訳ないです。でも、よかったら一緒に考えませんか?」

 そう言って黎は軽く埃の被った数冊の本を、一部塗装の剥がれた棚から引っ張り出す。その本のタイトルは『実践!夢占い』と付けられていた。

「確か琳子さんはかなり昔の夢の内容とおっしゃってましたよね?だから、その内容の意味を調べてみませんか?」

 「夢、占い……ですか。んーちょっと怪しくないですか?」

 琳子の深紅に染まった唇が躊躇いがちに開く。最初にそんな反応をされるのはもちろん黎も分かっていた。しかし黎は諦めず

「ま、そう感じるのは無理もないです。ですが『占い』と呼ばれるコンテンツの全部が根拠のないものというわけではないんですよ。例えば……」

 意気揚々と本の最初のページを開いて琳子に見せる。

「ここに書いてある通り、夢占いは多くの人が見た夢とそのときの健康状態や心理的な状態が大きく関わっています。だから、結構当たるんですよ」

 そう言って微笑み、むせ返りながら該当するページを探す。こればかりは向かいにいた琳子だけでなく廻俐も咳込んでいた。

「っ、げほっ!……すいません!この本、お蔵入りだったので!えっと、特に特徴的なものは……「赤ちゃん』『砂時計』『扉』ですかね……?」

「あ、あとは、『浮彫』『ローテーブル』『テーブルクロス』「『蝋燭』もかなり不気味でした!」

 喰いつくように琳子が言い出す。

「それなら、その四つも調べてみましょうか。」

 思い当たるキーワードを放置されて黄ばんだコピー用紙に片っ端から書き出し、それぞれの意味を本から書き写す。

 数時間後--。

「んー……、結局何が言いたいんだよ……」

黎はコピー用紙をテーブルにポンと投げ、数か所灯りが寿命を迎え点かなくなった天井に顔を向ける。

ふわっとテーブルに乗っかったメモには次のように記録されていた。

『赤ちゃん』:「新しい物事の始まり」「誕生」「未熟」「無力」

『扉』   :「新しい物事の始まり」「変化の意志」

『砂時計』 :「時の象徴」「効率」「期限」「焦り」「不安」※時計で索引


『浮彫』  :「乗り越えるべき試練」※彫刻で案引

『ローテーブル』:「家庭や人間関係の象徴。テーブルの上に乗っているものや状態、周囲の状況によってさまざまな意味を持つ」※テーブルで索引

『テーブルクロス』:該当なし※『テーブル』を参照

「蝋燭』   :「成功への期待」「活気」


「いくつか明確じゃないものもありますが、とりあえずこんな感じになりますかね」

これ以上埃が飛び散らないようにゆっくりと本を閉じる。一応窓を限界まで開けて換気はしているが、一向に埃が収まらない。

「ああ、そうだ琳子さん、依頼しているからと言って無理して来ていただかなくて構いませんよ。他にやることもあるだろうし、なんせこんな廃墟みたいなところに居ても居心地悪いだけだと思うので。それにいつ解決するか目途が立ってなくて……」

 黎の視線はだんだん下がっていく。

「……そう、ですか。でも私もできれば早く知りたいのでご迷惑でなければできるだけご一緒してもよろしいですか?」

 琳子という女性は黎が思うほどか弱くない--寧ろ頑固だ。そう思わせるほど彼女の妖艶な藤色の瞳は力強かった。

結局彼女の強かさに根負けした黎は了承せざるを得なかった。


 しかし、それ以降彼女は姿を見せなかった。

それどころか解釈を進める度に矛盾が生じ、徐々に思考回路が混線しつつあった。


 数週間後の夜--黎と廻俐は気休めのつもりで事務所に残って作業をしていた。今回は珍しく廻俐が提案してきた。

「ふふ、廻俐が自主的に動くなんて隕石に当たるより珍しいね。明日は世界滅亡かも」

 冗談交じりなのか、本気なのか判らないが黎が廻俐に話かける。

「はは、僕だってちゃあんと仕事するさ。うおっ!……やれやれ、やっぱり家政婦でも雇おうか」

 事務所の奥にある部屋で廻俐がらしくないことを言う。

「ったく……、ウチはそんな金一銭もないからね!ただでさえこんなに資料ばっか置いていくクセに碌に金も払わない奴らがいるんだから」

 深くため息を吐いて廻俐と一緒に廻俐がバラ撒いた資料を片付ける。

「ホントウに困ったことだ、これじゃあ引っ越しもできないじゃないか」

 しばらく二人の間には鉛のように重く、錆びついた空気が漂っていた。

 突然、事務所の出入り口からチャイムが鳴った。

「ん?こんな時間に誰だろう。廻俐、ちょっと見てくるからそれ片付けといて」

 黎が部屋を出ていく。

「……やっぱり来たか。どうやら、黎の言う通り『サガシモノ』なのかもな」

 無論、その言葉は誰に届くこともなく取り残された部屋の中で湿っぽく響くだけだった。


 黎がドアを開けるとそこには落ち着いた雰囲気が漂う、浅めの皺が顔にある柔らかい顔立ちの男性が立っていた。

「こんな時間にどうされました、護衛も何も連れて来ないで。ここは一国を率いる貴い御方が無防備で来るようなところではありませんよ?総理」

 黎に『総理』と呼ばれた男はよく駅のホームで見かけるような男性でハイネックシャツにセットアップのスーツを着ていた。

「『総理』なんて呼ばないで『霧弥きりや』って呼んでくれないか?その節はごめんね。政府にも話せないような機密事項だからね。それは当事者である君たちも分かってるはず。それと『サガシモノ』が見つかりそうだと個側から聞いたのだけど、それって本当かい?」

 『霧弥』と名乗る男は穏やかに問う。黎は静かに頷き、廻俐のいる資料保管部屋に案内する。

「廻俐、霧弥さまがいらっしゃった。資料探し手伝ってくださるみたい」

 黎がそう告げる。すると廻俐は今まで見たことがないほど姿勢を正し、霧弥を出迎える。

「黎、廻俐。作業が捗ってないようだね」

 どうやら霧弥のヘーゼルの瞳を前に隠しごとは無効みたいだ。二人は乾いた笑みを浮かべている。

「……その前に、ここを片付けようか」

 こうして霧弥の協力を得て調査を再開した。とその前に、霧弥が若干青筋を立てていたのは気のせいだろうか……。


夜もすっかり更け、月が西に傾き始めたころ、黎がとある資料を腕に抱えて他の二人のもとに向かう。

「霧弥さま!廻俐!これ見て!」

 抱えていたファイルを、口をだらしなく開けている二人の前にドサッと置く。そこには琳子が語った内容と全く同じ内容が記載されていた。

「これで確定しましたね、霧弥さま」

 芯の通った黎の瞳ははっきりと霧弥を捉える。黎の差し日のような声が余計なほど未明の部屋中に広がっていった。


 はち切れんばかりに大量の書類が挟まれたファイルには『〈花言葉の能力者〉関連資料』と丁寧にラベリングされていた。


 それからしばらくして。街路間の葉は深みが増し、徐々に陽炎が目立つようになっていた。

 日が傾き、橙色の空が映える時間、ずっと待ってた彼女が姿を現した。

「ええ、随分久しいですね。手伝うと口だけで何もせず、不甲斐ないです」

 そう言って目の前のアイスコーヒーを手に取る。

「実は今貴女に会っていただきたい方がいます。会ってくださいますよね?」

 彼女の藤色の瞳を的確に捉えて問う。

「ええ勿論。その方は……どなたでしょうか?」

 なんの疑いもなく琳子は問い返す。

「そうですね……、賢い貴女なら会えばきっとわかるはずですよ。ちょっと呼んできますね」

 琳子にそう告げて黎は一旦その場を離れる。その後琳子は黎が連れてきた人物をしっかりと認識した。

「随分久しいですね、『白藤しらふじ』。良かった、やっと再会できた」

 よく見ると、霧弥の瞳は潤んでいた。それを確認した琳子もだんだん顔が赤くなっていった。

「ええっと……その……、久しぶり、『菊花きっか』。随分と元気そうで何よりだわ。」

 『白藤』『菊花』。そう時び合った二人の間にはぎこちなさを含んだほんのり甘い空気が流れていた。

 〈花言葉の能力者〉とはこの世界にある超人的な能力の一つでその名の通り〈花言葉に準ずる能力〉を持った人たちのことだ。能力はそれぞれだが歴史は古い。その中でも最も古い能力が『白藤』『菊花』『山桜』の三つだ。


「廻俐、黎。二人ともありがとう。それとこれからもよろしく頼むよ」

霧弥は涙ぐみながら余韻に浸るようにお辞儀をする。

「そういえばお二人とも『能力者』でしたね」

琳子はおもむろに口を開き二人に問う。

「はい。俺は『白藜しろあかざ』の能力者です。花言葉の"結ばれた約束"より『一定の条件で相手に約束を結ばせる』、これが俺の能力です」

黎は初日よりもっと丁寧に自己紹介をする。

「僕は『紫苑しおん』の能力者で"追跡”という花言葉に基づいた『相手の記憶や夢を追跡できる』能力を授かっている。ようやくお目にかかれました、白藤」

廻俐は深く笑みを浮かべて琳子に一礼する。

「勿論存じ上げております。『不死身』の能力を持ってます。"不死”の花言葉を持つ『白藤』の能力者です」

改めて互いに自己紹介をした。もう知っていたことが多いが畏まった形の挨拶は不思議なぐらい新鮮だった。

「みんなが自己紹介してるなか私だけしないのは失礼だからね。私は『菊花』の能力者こと霧弥だ。この国の首相も務めている。能力は白菊の"真実"になぞらえた『真実を見抜く』能力」

さっきまで橙に染まっていたはずの空が若干濁る。

「勿論、存じ上げております」

ちょっとした間があったが、三人が一斉にそう告げる。

「そういえば二人とも、どうして私が能力者だと気づいたのです?」

琳子は首を傾げる。

「それは最初に持ち込まれた夢の話です」

黎がきっぱりと答える。

「まあ、僕は気づいてたけどね」

「……ああ、琳子さんが二回目に来たときか。もしかして能力でも使ってた?」

黎が問う。

「”夢の話”と聞いたからねえ、ちょっとお邪魔したんだ」

廻俐がケタケタと笑い出す。

「なんかごめん……。いつもみたいに居眠りしてるのかと、てっきり……」

黎が顔を背ける。そっぽ向いた黎の耳は赤くなっていた。


これは資料で分かったことだが、どうやら白藤の能力者は共通の夢を見るらしい。それが今回の依頼の内容であり、能力発現の合図となる。 ただ、"不死身”であっても”不老”ではない。だから定期的に体を作り変える必要がある。その際共通の夢の記憶は消えてしまうらしい。しかし、身体の造りかたは未だに不明だ。


霧弥日く、琳子は突然姿を消したらしい。当時の琳子は老体で、学生時代に霧弥の能力に錯乱して自殺した両親に代わって世話を焼いてくれたと語っていた。

***

ん?その後、みんながどうなったか知りたい?

なら、今から見に行くか。


「突然失礼!頼まれてないけどピザとオードブルの配達だよ!」

「はあ、なんだい藪から棒に。来るならアポを取ってからもう一度きたまえ、佑月うづき

相変わらず廻俐はソファに寝転がっている。しかも佑月――俺に対して風当たりが強い。

その呆気ない態度の廻俐と裏腹に、

「えっ!そんなに買って来てくれたの?よかったあ、買いに行く時間なかったから焦ってたんだ」

無邪気な笑顔で俺に寄って来るのは幼馴染の黎だ。

「あら、どちら様かしら?」

入ってきたのは黒髪と藤色の瞳が似合っている美女と霧弥さまだった。

「琳子さん、この子が今日紹介したかった子です」

霧弥さまは俺に近づいてポンポンと肩を叩く。いきなり触られてついピョンと跳ねてしまった。

「ええっと、霧弥さまから大まかな話は聞いています。『マリーゴールド』の能力を天より授かりました、佑月と申します。花言葉は"予言”、つまり『ものごとの予言』ができます。あなたが琳子さんですね?」

美人を前に自己紹介はやっぱり緊張してしまう。しかし、琳子さんは優しく微笑んで頷き、軽く自己紹介をしてくれた。

「そうだ佑月、仕事は順調かい?」

唐突に廻俐が訊いてくる。分かっているのにわざわざ質問してくるのが余計にうざい。

廻俐ってほんとにクズ。事務所の掃除を誰がやってると思ってんだ?しばらく見ないうちに無法地帯じゃねえか。飛び回ってる埃の中でよく生活できるよな。

「そうか。で、彼女をここに行くよう伝えたのは君だろう?悪かったねぇ、占い師としてそこの路地裏に立ってもらって」

廻俐はこんなことを言っているが、絶対悪いと思っていない。ケタケタと笑っているのが証拠だ。もういっそゴミと一緒にこいつも燃やそうかな?

「ごめんね、佑月。廻俐の分から差し引いて給料弾んであげるからさ、詳して?」

「なんだなんだ、酷いじゃないか黎!僕だって真面目にやってるのに…...」

そう言いつつ笑いを堪えている廻俐に対して、ざまあみろ、と思った俺は悪くないと思う。いくら一般人が近づけないようにと言っても、白黒の公用車から制服を着た屈強な男が二人出てきたときは流石に焦った。事前に名刺貰っててどんなに安心したことか。

でも、それももう終わった。安心した。安心した、けど……。

「で、なんで今日みんなで集まってんの?俺だけ情報の交通網絶たれた?」

「まあまあ、そんな般若みたいな顔をしないでくれるかい?ほら君、パーティーとか嫌いかと思ってさあ」

廻俐は相変わらず幼稚な言い訳をする。しまいには「君なら予言で来てくれると思ったから」とかもはや聞いて呆れるようなことを言っている。

「佑月、本当は廻俐が呼びに行こうとしてたんだよ、サブライズで」

黎が耳元でそう呟いた。今思うと、「アポ取ってから来い」とか何の連絡もなしにいきなりパーティーなんてしない奴だ。

「はあ、悪かった」

俺はつい、ため息を吐いた。

「黎といい、佑月といい、そんなに僕って信用ないのかい?まあいい、改めて……」

廻俐がボソボソと呟く。

「「琳子さん、佑月。入所おめでとう!」」

「……は?」

一瞬何が起きたのか解らなかった。しかし、これから俺は"正式に”ここで働くことになった。 いや、そもそもあんなにこき使って非正規だったのか……。やっぱりあいつは一回絞めるべきだった。と廻俐を睨む。


ーこうして、ちょっと変わった探偵事務所は再始動した。


そして、能力者の情報が関わっている任務の道中、勘違い(廻俐のせい)でもう一度俺がかの有名な青い制服を着た公務員のお世話になるのはまた別の話。

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花言葉 皇 神樂 @Sumeragi_kagura

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