ep27. 人間が犯した過ち

 ゆっくりと目を開く。

 目の前に、セスティの顔があった。

 戸惑いとも驚きとも取れる顔が、カナデを見詰めている。


「王城の、祝部のキジムが読ませてくれた歴史書に、王室が始まる前の記述は無かった。あれは、それより古い、神話なのか?」

「瑞穂国は、俺が飛ばされてた日本の昔の国名だ。まだ日本に、神様しかいなかった頃の。最初に生まれた神様は不肖の子で、葦舟で流された、蛭子神」


 音無家が氏子として守り続けていた神様は、蛭子神だ。


「……イサキ?」

「シアン……?」


 互いの顔に触れる。

 神話の中の祖先の魂が、自分たちの中に流れて息づいているのだと、強く感じる。セスティも同じことを感じているのだと、わかる。


「日本とムーサ王国は遠い遠い昔、一人の神様で繋がれた国。エミス様は異界のゲートより現れ、この国に幸福と繁栄をもたらした客人の神。この国の創世の神であり、今ではゲートを護る塞神さえがみです」


 大精霊ハンナがカナデとセスティの前に立った。

 ハンナがシアンに神紋を与えた大精霊であると、すぐに分かった。


「本来の『儀式』は、人が感謝を神楽で表すもの。神力が高まった礼に、神が祝福を与えていました。いつしか本当の意味合いは忘れ去られてしまいました」


 ハンナの目が悲し気に伏す。


「それでも『儀式』そのものを続けてくれる人族の想いを、神様は嬉しく感じておられたのです。けれど、あの時の『儀式』は、それではいけなかった。カナデがオメガで、セスティが魂の番だったから」


 ハンナがジンジルとキルリスを振り返る。


「キルリスは知恵の守護者ガーディアンであり、ジンジルは武の守護者ガーディアンだった。神に仕える者が、揃ってしまっていた。だから、だったのです」


 ジンジルが驚いた顔でハンナを見詰めた。


「俺も? 守護者ガーディアン?」

「そうだよ。だからあの時、殺さなかった。ジルだって、思い当たること、あるんじゃない?」


 キルリスを見詰めて、ジンジルは考えるように俯いた。


「違和感は、ない。俺はカナデを守るために生まれてきたんだと思っていたから」

「でしょ?」


 キルリスがジンジルに腕を伸ばす。

 何のためらいもなく、ジンジルがキルリスを抱き上げた。

 その二人の姿は、学院で良く見た風景だ。体が小さいキルリスが体躯の大きいジンジルにせがんで、よく抱っこしてもらっていた。


「僕らは神子の一番近くで神子を守る守護者ガーディアンだ。大好きなカナとずっと一緒にいられるなんて、役得だよね」


 カナデはハンナを見上げた。


「二年前の『儀式』は、人選を間違ったってこと?」


 ハンナが頷いた。


「貴方たちは、『儀式』を受けとる側の神子です。カナデとセスティは、もっと早くに神の元に来るべきでした。カナデが『儀式』に参加したこと自体が、間違い。いいえ、カナデを参加させた人間族が、間違ったのです」

「参加させた……」


 二年前の『儀式』に、カナデは当初、参加する予定ではなかった。

 無理を通して参加を促したのは。


「……リアナ?」


『儀式』に参加した家は箔が付く、とマイラは話していた。しかし、よく考えてみれば、巫の家系としてリーダー格のティスティーナ家に、今更そんな栄誉は必要ない。


(違う。あの時、リアは俺に、怖いって言ったんだ。あの気丈でプライドが高いリアが、怖いから一緒に来てって)


本当に怖かったのだろうか。

 他にカナデを『儀式』に参加させたい理由が、あったのではないのか。

 良くない想像が脳裏を掠める。

 ハンナがカナデの頭に手を置いた。


「カナデがベータになっていたのは、貴方に掛けられた呪いのためです。その呪いを解くために、今回の試練が必要だったのですよ。呪いこそが人が犯した過ちであり、罪です」

「呪い……?」


 ハンナを見上げる。

 強い瞳が、カナデを見詰めていた。


「貴方に掛けられた呪いが、ユアは許せなかったのでしょう。あの子は神を愛する神の代弁者アドボカシー。貴方方に試練を与えた精霊です。試練はまだ、終わっていません」


 玉座に座した少年が頭に浮かぶ。

 カナデを見下す下卑た目は、呪いを見る目だったのかもしれない。


「確かめてきなさい。真実が何なのかを、自分の目で耳で知るのです。想像で決め付けては、大切なものを失ってしまいますよ」


 カナデは表情を改めて、頷いた。


「戻ろう。俺たちまだ、あっちでやらなきゃならないことがある」


 セスティが頷いて立ち上がる。

 カナデはハンナを振り返った。


「キルを連れて行ってもいい? 助けてもらいたいと思ってるんだけど」


 ハンナが小首を傾げて、笑った。


「キルリスは、そのつもりのようですよ。ハルには私から、話しておきましょうね」


 ふと、ハンナの足元に隠れているハルの姿を見付けた。

 セスティが歩み寄り、目線の高さに屈んだ。


「さっきは、ごめん。ハルの大切な仲間をつれていくことを許してほしい。キルは俺たちにとっても大切な仲間なんだ」


 ハルがハンナの足にしがみ付いて、セスティを睨みつけている。その目には涙が溜まっている。

 ハルなりに、送り出さねばならないのだと、理解しているのだろう。


「もう、キルリスを、傷つけない? また、戻ってくる?」

「戻ってくるよ。神様の元に上がれば、里には自由に遊びに来られるだろ?」


 この場所が神様の社と繋がっているのは、感覚的にカナデにもわかった。

 カナデとセスティが共に神元に上がれば守護者であるキルリスも一緒に行くことになる。


 「人間は、嫌い。でも、神子になるなら、お前のことは、嫌わないであげる」


 ギリギリの譲歩を受け取って、セスティは眉を下げた。


「ありがとう。俺はハルと、もっと仲良くなりたいと思っているよ」


 そっと伸ばした手が、ハルの頭を撫でる。

 体をびくりと震わせながらも、ハルはその手を拒まなかった。


「さぁ、戻りなさい。この場所と人の世は時の流れが違います。早く戻らないと、友人がいなくなってしまいますよ」

「え? そんなに違うの?」


 驚くカナデの顔を見て、ハンナが笑う。


「そこまで違わないよ。ハンナ、あんまりカナを揶揄わないで」


 呆れるカイリに向かい、ハンナが手を伸ばした。

 色とりどりの花が空を舞う。

 その中の一輪が、カイリの胸ポケットに収まった。


「この先、わからないことはカイリに聞きなさい。彼は精霊の里の守護者ガーディアンです。カイリは私の代弁者、彼の言葉は私の言葉です」


 ポケットに収まった水色の花を手に取って、口付ける。

 カイリがハンナに笑いかけた。


「大役を仰せつかっちゃったなぁ。僕はそういうの、向いていないのに」

「貴方ほどの適任はいませんよ。カナデとセスティを守ってくださいね。守護者たち」

 

 カイリがハンナに向き直る。

 仰々しく礼をして、その指先にキスをした。


「大精霊様の仰せのままに」


 にっこりと見上げる顔に、ハンナは困り顔で笑った。

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