三月の、夕日が彩る君の前髪。

源なゆた

三月の、夕日が彩る君の前髪。

 三月の、夕日が彩る君の前髪。

 その下では、いくらか透き通った赤いリムが、あわい光の額縁がくぶちのように、大きなひとみ際立きわだたせている。

「どうかしたの?」

 私より頭一個分は低いところから、おさげの天使があどけない声をひびかせた。

 窓から校庭をながめるのに忙しかったはずだが、気付かれてしまったらしい。

「いや、今日も君は天使だな、と」

「なっ、もう、ここ教室だよ!」

 そう。ここは教室。女子高らしく、華々しいはかまそろった晴れの卒業式から、五時間が経った、教室。

 邪魔者達クラスメイトとの打ち上げの後、二人だけで、わざわざ戻ってきたのだ。


「大丈夫だよ、誰も居ないから」

「そういう問題じゃなくて。ダメだよ! 学校じゃ」

 わざとらしくふくれっつらをして見せる君。見つめるのは私だけ。

「ダメだって、こーら!」

 抱き寄せようとしたが、本気で拒絶きょぜつされてしまった。いつものことながら、悲しい。

「今日が最後なのに?」

 旅立った卒業生は、もう教室へは来ない。何か用事があっても、せいぜいが事務室までだ。あるいは教育実習という場合もあるだろうが……私達にはそういう予定は無い。

「最後だからこそ、しっかりしよ、ね?」

 私の天使はあまりにも清廉せいれんで、その笑顔に照らされるだけで、自分の中のドロドロとした欲望が浄化されてしまう。

 浄化された先からまた湧き上がるのだが。

「一度だけ、ダメかい?」

「ダメだってば。……もう、『思い出作り』ってそういうことなの?」

 二人きりでの思い出作り。戻ってきた理由。口実とも言う。

「そんなわけないさ。第一、学校中を散々回っただろう?」

 既に数時間、特別とうの一番はじ・音楽室から、教室棟の一番端・校長室まで、探検した後なのだ。

 この三年間、先生方には二人揃って可愛がって頂いた。そのお礼参りでもあった。……本当だよ?

「それは……そうだけど」

 台詞せりふ裏腹うらはらに納得行かないのか、まだむくれている。あまりにも愛おしい。


「あっ、ちょっと、ダメだってば!」

 隙を突いて強引に抱きすくめた。

「あんまりさわぐと、人が来ちゃうよ」

「ダメだって……もーぉ」

 耳元で軽くおどし文句をささやいて、腕に力を込めたら、さしもの天使も諦めた。

 ごめんね、私は悪魔だから、狡猾こうかつで、執拗しつようなんだ。


「……しないの?」

 天使のつややかな髪に顔を埋めていたら、水琴すいきんのような声が聞こえた。

「……したいの?」

 意地悪してみたくなった。

「……知らないっ!」

 耳まで真っ赤にした天使が、私にきつく抱きついてきている。

 赤ずきんちゃん、おおかみさんに抱きついていていいのかい? なんて、流石に言わないけれども。眼鏡は大丈夫かな? うん、流石に大丈夫そうだ。……いや、これは私も混乱しているね?

「ごめん、ごめんって。あまりにも可愛すぎて、からかいたくなっちゃったんだ」

「……」

「ごめん。ごめんよ。……ごめんね、ゆい

「……! ……!」

 再び囁いたところ、猫パンチでももう少し威力があるだろう、可愛らしい拳が私の胸を叩いた。

 少しだけその幸せな感触をたのしんでから、たずねる。

「キスして、いいかな? 唯」

「……さおちゃんの、馬鹿」

 そよ風のような罵倒ばとうの後、天使がこちらを見上げてくる。

「大好きだよ、唯」

「私も、大好き」

 眼鏡越しのキスは、我ながら上手くなったと思う。

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三月の、夕日が彩る君の前髪。 源なゆた @minamotonayuta

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