眼鏡は要らない

そうざ

I don't Need Glasses

「何よぉ、うろうろしてぇ」

 炬燵を住み処にした女房は俺には目もくれずテレビを観ている。何でも適当に放っておくから失くすんだ、と普段から女房をたしなめている手前、眼鏡を見掛けなかったか、とは尋ね難い。

 愛用の眼鏡はいつも枕元に置いている。それがどういう訳か行方不明になった。日常的な習慣は得てして無意識にやっているものだ。そう考えると、寝しなに眼鏡を外したかどうかすら自信がなくなって来る。

 例えば顔を洗う時に、と思ったが洗面台回りには見当たらない。例えば昨夜シャワーを浴びる時に、と脱衣場や浴室を確認したが見付からない。台所、トイレ、納戸、玄関まで捜し回ったが無駄骨だった。勿論、自分の額の上も確認済みだ。

 まさか炬燵の中にある訳が、と思いながら布団をまくっても猫が欠伸をするだけだった。

「何してんのぉ、寒いじゃないのぉ」

 女房の威勢に気圧けおされ、思わず廊下まで退散する。

 眼鏡との付き合いは長い。就学の時分にはもう近眼だった。四十代で老眼になり、遂には白内障と緑内障を併発した。大病には縁がないが、目が正常だった期間は至って短かい人生なのだ。

 窓に映るおのれの老醜を見ていると、遣る瀬ない気分にもなる。

 あっ――慌てて自分の口を塞いだ。

「何ぃ、変な声を出してぇ」

 何の事はない、眼鏡はずっと掛けっ放しだった――なんて落ちではない。

 長らく安価な眼球&眼鏡セットを愛用していたが、置き忘れやメンテナンスの煩雑さに嫌気が差し、遂に念願の〔オメガネ〕に買い替えた事をすっかり忘れていたのだ。その時に眼鏡はもう不要だからと店で処分して貰ったのだった。

 しかし、女房には話していない。永年連続装着可能、百年耐用バッテリー、体内電流充電及び自動保湿機能搭載の最新型となれば、目玉が飛び出るような高額商品だ。内緒で分割払いを続けなければならない。

 これで容姿補正機能でも付いていれば、完璧なアイテムなのだが――。

「何なのぉ、また何か失くしたのぉ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眼鏡は要らない そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説