恋愛視力

月井 忠

一話完結

 よく恋は盲目って言う。


 でも、私はそこまで恋愛にのめり込まない。

 手探りで相手を確かめるなんて愚かなことは絶対しない。


 だからといって距離感が狂わないなんてこともない。

 別れる時には、なんでこんな男と付き合ったのか、と思うことは何度もあった。


 だから、めがねで恋の視力を矯正するぐらいのことは必要かもしれない。

 そうしたら多少は相手のことを正しく見れるのかも。


 でも、それって恋愛って言える?


 そもそも恋心って、相手の欠点を見ないで、良いところだけを見るっていう、ちゃんとした役割があるって聞いたことがある。

 そうしないと、いつまで経っても伴侶を決めることができないから、子孫が増えないんだって。


 だから、私達は恋する祖先の末裔とも言える、らしい。


「ねえ、まだ?」

 夫はこうしていつも急かす。


「いいじゃん。化粧してなくても綺麗だよ?」

 そういうことじゃない。


 この頃は男も化粧をする時代らしい。

 夫がそれをするのは、ちょっと許せないというか微妙だけど、せめてその気持ちぐらいは理解してほしい。


 恋と愛は違う、というのもよく聞く。

 恋は燃え上がるように一瞬のもで、愛は時間をかけて育むものとか。


 それが正しいなら、私は夫を選ぶ時、恋のめがねをかけているべきだった。

 相手を間違えないように視力を矯正して、ちゃんと見るべきだった。


「おっ、バッチリじゃん」

 そういう下品な褒め言葉はいらない。


 もっとさりげないのが欲しい。


 でも、彼に言ってもわからない。

 何度か試したけど、夫が心から理解しようとしているのか怪しい。


 それに、こちらが懇切丁寧に説明するのもなんだか負けた気がして、嫌。

 だから、こういう気持ちは心の中に閉じ込めておくしかない。


 この溜め込まれた気持ちがぎゅうぎゅうになって、いつか爆発したら。

 そう考えると熟年離婚というのが、すごくしっくりくる。


「どうぞ」

 そう言って、夫はドアを開け、私の腰にそっと手を当て、先を譲る。


 いつものことで、つい忘れてしまいそうになるけど、こういうところは好き。


 別に夫がいつも悪いわけじゃない。

 私も彼に歩み寄る必要がある。


 嫌いなところは多いけど、好きなところを忘れちゃいけない。


 いつも曇りがちになる愛のめがねを綺麗に磨いて、彼の好きなところを見逃さない必要がある。

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