仲良し?兄妹漂流記Ⅸ

舞波風季 まいなみふうき

第1話 伊達めがね

 その日の昼前、この前漂着した箱の残り分を回収に行くと波打なみうち際に、


 キラリ……!


 と、輝く光が見えた。

「……?」

 別の漂着物ひょうちゃくぶつかと思い、近づいて拾い上げると、それはめがねだった。

 レンズは外れてしまっていてフレームだけになってしまっている。


(これじゃ、伊達だてめがねだな……)

 そう思った時、ふと日本にいた頃のことを思い出した。



 ある日のこと、

「ねえ、お兄ちゃん、どう?」

 いきなり俺の部屋に入ってきた璃々香りりかがなにやら自慢げに言った。

「いきなりなんだよ」 

 そう言って璃々香を見ると、普段はかけていないめがねをかけていた。

「どうしたんだよ、めがねなんてかけて」

 俺が言うと、

「これね、伊達めがねなんだぁ」

「伊達めがね?」

「そっ、今ね流行はやってるの」

 璃々香は指でめがねをクイッと上げながら言った。

「めがねをかけるとさ、頭が良くなりそうだよね」

「そんなわけないだろ」

「そんなわけある!もう、これからはお兄ちゃんに宿題とか手伝ってもらわなくても大丈夫だから!」

 と、璃々香は腰に手を当ててプンスカと宣言をした。


 にもかかわらず、その日の夜遅くに、

「お兄ちゃぁーーーーん!」

 と、璃々香が半べそをかいて俺の部屋に飛び込んできた。

「なんだよ、俺はもう寝るぞ」

「明日までの宿題忘れてたのぉおおーー手伝ってぇええーー!」

「手伝ってもらわなくても大丈夫なんだろ?」

「あぁああーーん、やっぱ手伝ってぇええーー!」

 と、昼間の勢いはどこへやら、璃々香は俺のジャージを涙と鼻水でグチョグチョにしながら懇願こんがんした。

「はぁ、しょうがねえなぁ……」


 というわけで、そろそろ夜中の十二時になろうかという時間から璃々香の宿題を始めた。


 始めのうちこそ璃々香もやる気有きありげだったが、一時間もしないうちにコックリコックリし始めた。

「おい、璃々香……」

「う〜ん……むにゃむにゃ……」

 まあ、こうなることは予想してはいたのだが。


「どうせなら、床に寝転がって寝ろ」

「うん……」

 俺は璃々香をその場で寝かせて毛布をかけてやった。

 宿題の問題集は思いのほかボリュームがあった。

 結局、終わったのは朝の五時近くだった。

「はあぁ……終わったぞぉーー……」

「……」

 璃々香は平和な顔で眠りの世界に没入中ぼつにゅうちゅうだ。


(まあ、こうなるとは思ってたが……)

 予想通りの展開に自然と笑いがれてしまう。

(さすがに俺も……)


 ……………………


 バタンッ!


「お兄ちゃん、朝だよぉおおーー!」

 ドアを開く音と共に璃々香が部屋に飛び込んできて、机に突っ伏して眠っていた俺は叩き起こされた。


「んん〜……」

「ほら、早く!」

 璃々香は俺の腕をつかんで、引っ張っていった。


 台所に引っ張られていくと、テーブルには朝食ができていた。

 両親は既に出勤した後だ。

「今日は、私が作ったんだよ!」

 璃々香が自信満々で言った。

 朝食はベーコンエッグとトマト、それにトーストだ。


(ベーコンエッグの目玉が一つつぶれてるが……)

 しかも、トマトは切らずに丸ごと一つが皿に載せてある。

 とはいえ、璃々香が始めて作ってくれた朝食だ。

 俺が椅子を引いて座ると、璃々香がコーヒーを置いてくれた。

「私、そろそろ行くね」

「璃々香は食べたのか?」

「うん、もう食べた」

「そうか」


 俺の高校まではチャリンコで10分、璃々香の高校は電車通学で30分以上かかる。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「宿題、ありがと!」

「ああ、気をつけて行けよ」

 俺が言うと、璃々香はニカッと大きく笑った。

 だがその日、俺はほぼ毎時間居眠りをして、教師にどつかれることとなった。



 そんなことを思い出しながら、俺は拾っためがねを手に、小屋に向かった。

「お兄ちゃん、おかえり……って、何持ってるの?」

 璃々香が俺の手を見て言った。

「ああ……浜に落ちてたんだよ」

 そう言いながら、俺はめがねを璃々香に渡した。


「めがね?」

「ああ」

「あれ?これ、レンズ無いね」

「ああ、伊達めがねだな」

「伊達めがねって言えば……」

 璃々香は何かを思い出そうとした。

 が、

「なんか、あった気もするけど、忘れた」

「おいおい……」

 俺のあの苦労を忘れたのかよ。


「それよりも、お昼だよ、お兄ちゃん」

 璃々香は何故かメガネをかけて言った。

「昼?」

「うん、私が作ったの」

「ほお」

「お芋の串焼きとココナツミルクだよ」

「またか……」

「しょうがないじゃん、それしか無いんだから!」

「そうだな、後で食材探しにでも行くか……カレーの」

「うん、行こう行こう!」

 璃々香がノリノリで答えると、そばで聞いていたルミるんさんとユリりんさんも、

「いいですね!」

「行きましょう!」

 と、大いに賛成のようだった。


(カレーには肉も必要……となると狩りか……)

 俺は璃々香が作ってくれた昼食を食べながら考えた。

(そろそろ、獣人として本格的に戦うことになるのかもだな……)


 そう思いながら、俺はグイッとココナツミルクで串焼き芋を胃袋に流し込んだ。

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