メガネアデス計画 ~宇宙消滅の危機を、めがねはいかにして救ったのか~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

あるいはアフターエピソード

 めがねって、8を横にした形に見えないか?


「つまり8周年を祝って欲しいってこと? やかましいわ」


 8年前、ともに宇宙へ旅立ち。

 無事に地球へ帰還したぼくらは、今日、そんなくだらない会話をしていた。

 地上から、蒼穹ソラを見上げる。

 そこには〝メガネアデス計画〟が成功した証し、めがねをはめた太陽があって――


§§


 宇宙的危機である。

 ビッグクランチがついに発生したのだ。

 無限に膨張していた宇宙が、一気に収縮をはじめた。

 このままでは全人類どころか太陽系、銀河系までもが消滅してしまう。


 打つ手はあった。

 生来極端に視力が弱い代わりに、めがねを装着することで〝超能力〟を発揮出来る新人類……つまり、ぼくらが誕生していたからだ。

 親たちはぼくらを、メガネオ世代と呼んだ。


 そんなぼくらに課せられたのは過酷なミッション。

 この超能力で、宇宙の収縮を止めるというもの。

 無論、そこまで強いメガネオなどひとりもいない。全員で力を合わせても無理だ。

 はじめから大人たちは諦めていたし、ぼくらもそういうものかと受け容れていた。

 たったひとり、彼女を除いて。


「しゃーない。もうちょっと生きるか」


 じつに前向きに彼女はそう言って、空へ向けて超能力を放った。

 意味は無い。成功の可能性は皆無だ。

 けれど彼女は諦めず、やめなかった。

 来る日も来る日も、超能力を使い続けて失神、ぶっ倒れて医務室へ担ぎ込まれる。目を覚ますと無理矢理食事を胃の中へ流し込み、また世界を救おうとする。

 その繰り返し。

 正直ぼくらは呆れ果てて。

 いつの間にか、横に立つことを選んだ。


「なんで?」


 理由は、見ていられなかったとかでいいだろう別に。

 断じて君が頑張る姿にキュンときたとかではないのだから。


「ほーん」


 なんだよ。


「いや、がんばろうね、みんな!」


 それからぼくらは一致団結して頑張った。

 大人たちも、ぼくらを見て考えを改めた。

 世界を救う方法を科学者たちが研究し、ついに一つの手段へと辿り着く。


 もっと強大なメガネオを産み出すこと。


 これは、全宇宙の危機である。

 だから、星々ごと超能力に覚醒してもらうのだ。


 こうしてぼくらは、宇宙へと旅立つ。

 地球の全素材を費やして作った恒星サイズの〝めがね〟を携えて。

 銀河を、光の速さを超えて旅し、多くの星を説得し――最初の相手は太陽だった――めがねをかけさせて、覚醒させる。


 急激に進むビッグクランチ、めがねに抵抗感を示す星々、仲間内で勃発する寝るときは眼鏡をかけるか外すか問題。

 数多の苦難をやり遂げ、ぼくらはいくつもの星に協力を取り付け、ついに最終作戦を決行した。

 メガネアデス計画。

 めがねを選んだものすべてを、超能力で拡張した空間へ退避させる。

 いわば、めがねを拒絶した全てを犠牲に行われる残酷な作戦。


 説明はあらゆる星にした。

 それでも賛同を得られない星もあった。宇宙と命運を共にすべきだという彼らを説得など出来るはずもなかったんだ。


 作戦が始まり、800億を超える星々が超能力で宇宙を切り取り、隔絶領域を作ろうとする。

 けれど……結論から言えば、それは失敗だった。

 収縮する宇宙という空間だけでなく時間軸まで巻き込む奔流から、完全に抜け出すことが出来なかったからだ。


 絶体絶命の中、彼女は諦めなかった。

 けれどその力はとっくに限界で、命は燃え尽きそうで。

 だから。

 ぼくは。


 抱きしめたんだ、彼女を。

 もういいって。


 彼女の身体からがっくりと力が抜ける。

 目の前で宇宙が閉じていく。

 ぼくを見上げる彼女の瞳には涙。


「ごめんね」


 そんなことを言わないでくれ。これできっとよかったんだ。

 顔を寄せる。

 せめて、最後に思いを伝えたくて。

 唇より早くメガネが触れあって、カチリと音を立てた。


 その刹那だ。


 宇宙が、爆発した。


 正確には、急速に拡大していく。

 なんだ、なにが起きた?

 解析に努めていた仲間が、教えてくれる。

 宇宙の全ての場所から、メガネオを感じると。

 めがねの装着を拒否していた星々が協力してくれているのだと。


 なんで今になって。

 当然の疑問に、宇宙の暗闇を照らす星辰ほしぼしが答える。


 いまのはエモかった。

 めがねがぶつかる、カルチャーショックです。

 じっしつ交わり。

 ありがとう、ありがとう、いきてるあいだにこんなフェチィものがみれるやなんて……。

 メガネの可能性を感じた。

 純粋にえろっちぃ。


 ……マジで意味がわからない。

 意味がわからないが、宇宙が大きく形を変えていく。

 それまで点でバラバラだった非協力な星々が、いまはめがねの形に星座を描いていく。

 それはつまり、8を横に倒したような形。

 即ち、地球の記号で。


「インフィニティーーーーーーーーーーー!!!」


 彼女が叫んだ。

 ぼくらの奥底から輝かんばかりの力があふれだし、宇宙の中心でエネルギーを爆発させる。

 擬似的なビッグバンだ!


 それは収縮する宇宙を熱量的に一気に押し返し、元のサイズへ。

 いや、それさえ超えてより大きく拡張させる。

 そうだ。

 見たか、知ったか運命よ。

 めがねとは。


「無限の可能性なんだ!」


 こうして、メガネアデス計画は完遂された。

 たったひとりの犠牲者を出すこともなく。

 そしていま、ぼくらは地球へと帰還。

 8年の歳月が過ぎた。

 平和で、何も変わらない日々が過ぎた。

 別にぼくらが英雄視されてメガネが流行ったりはしなかった。


 ただ。


「ほら、バカ言ってないで、行くよ」


 彼女に急かされてぼくは歩き出す。

 手を繋いで。


 今日は式典があるのだ。

 宇宙が救われたことを祝う、ささやかな感謝の祈りが。


 それにしても。

 8年、あっと言う間だったね。


「……いいえ。無限のように長くて、素敵な日々だった」


 ぼくは同意した。

 そうして彼女へ追いつくと、そっと顔を近づかせる。

 受け容れてくれる彼女。

 また、かつりとめがね同士がぶつかって。

 今度は別にビッグバンなど起こらなかったけれど。

 それでも大きな感動が胸に広がって。

 だから感謝の言葉を贈るのだ。


 ありがとう。

 来年も、よろしくね? と。


 無限にある可能性を信じて。

 ぼくらは今日という日を言祝ことほぐのだ。

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