同窓会

@ku-ro-usagi

読み切り

小学校の頃の同窓会のお知らせが来た。

実家に葉書が来ていると弟から連絡が来て、迷ったけれど当時の担任だった馬糠先生も出席するらしい。

あの当時50前後だったろうか、いや、もう少し若かったのかもしれない。

子供の時は大人の年齢なんて全然分からないから。

外見は顔も身体もタヌキにそっくりで、中身も穏やかでいつもニコニコしていた。

でも騒がしい男子にはあの時代でもギリギリだったけれど、容赦なくゲンコツしていた。

私は当時から性格がきつい親と反りが合わなかったこともあり、穏やかな先生を純粋に慕っていたし、夏には先生がクラスで参加者を募り川へBBQをしに連れて行ってくれたこともあった。

親が見栄を張り肉や野菜を大量に持たせてきて、私は恥ずかしかったけど、先生が

「これはありがたい」

と笑ってくれたことを思い出した。

また実家を通して、当時仲の良かった幼馴染みのkからも久々に連絡があり、私は同窓会に出席することにした。


当日は、4年の3クラス合同で参加率もなかなかに高かった。

馴染みのある顔もあれば、成長ですっかり顔も身長も変わり、名前を言われて初めて一致する子もいた。

馬糠先生は当然ながら年を重ねられていて、あの時から一回り小さくなっていた。

しかし穏やかさは変わらず、最近までは少し離れた市の小学校で教頭の立場にいたけれど、

「今はもう年金生活だよ」

と、私のことも意外にも覚えてくれていて、やはりBBQでの差し入れが助かったと握手をしてくれた。

二次会は、先生が私はもう体力がないよと断っているのを見て、それならばと私も断った。

代わりに、久しぶりに会った幼馴染みのkと、駅から少し離れたバーに腰を落ち着けた。

幼馴染みのkは5年生の時に父親の転勤で引っ越してしまい本当に久しぶりだった。

しかし仕事を退職した両親がまた地元に戻ってきており、たまたま実家に帰った時に他の同級生を通じて同窓会の話を聞いたと言う。

kと、それぞれ他の皆から仕入れてきた話を披露しつつ小さく笑ったり驚いたりしていると、

「ね、覚えてる?」

友達がふと声を潜めてじっと私のことを見つめてきた。

「学校の敷地で飼っていた鶏とモルモットがハサミの様なものと、ビニール紐で絞められて殺されていた事件があったじゃない」

(あぁ……)

あれか。

在校中に二度。

一度目は鶏とモルモット。

二度目はウサギと、勝手に学校の敷地に住み着いていた野良猫。

二度目はkは引っ越ししてしまい知らず仕舞いだ。

頷くと、

「犯人は捕まらずに終わったけど、不登校気味で、

『たまに保健室に来てる男子がやった』

って噂になってたよね」

そうだった。

それでその子はとうとう保健室にも来なくなってしまった。

「私、あの事件で初めて、人間の悪意とか、子供ながらにもきっと話し合っても解り合えない事もあるんだろうなって教えられたよ」

「転校先では?」

「そもそも飼ってなかった」

そうか。

我が母校も、またよくすぐ後に飼育しようとしたものだ。

三度目はさすがになかった気がする。

私達の卒業の時に馬糠先生も他の学校に赴任になり、先生が居ないならと小学校へ顔を見せることはなく、当時からも割りと仲のよかった弟からも、学校でなにかを飼育していると聞くこともなかった。

kとは、また近いうちに会おうと連絡先を交換してその日は別れた。


それから1ヶ月くらい経った頃、名前は知っているものの、あまり馴染みのない土地に仕事に来ていた。

朝からずっとバタバタしており、仕事が終わりふと昼を食べていないことに気づいたのは、解放されて1人になった時はそれでもまだ午後の4時過ぎ。

職場に戻る前に空腹を満たしたい。

しかしなんとも中途半端な時間だし、そもそも周りに店がない。

とりあえず駅に向かおうと徒歩で住宅街を抜けていると、スマホが震動し、立ち止まって確認すると幼馴染みのkからメッセージが来ていた。

旦那の仕事の異動でまた遠くに行くからその前に飲もうと。

返事をしてから、職場へ連絡し、こちらへ急ぎの用件などは来ていないか確認してから、今日はこのまま直帰することを伝えた。

小さな街の小さな駅は、中途半端な時間を抜きにしても人は疎ら。

私は駅近の小さな中華飯店の看板を見付けて足を止めた。

暖簾が掛かってるし、ここでいいかと中へ入ると、

「はい、いらっしゃい」

カウンターの内側から人のよさそうな女将さんが気安く歓迎してくれる。

そう広くない店内はテーブル席が4つ、カウンターにはお客が一人。

小柄なおじさん、いや、おじいさん?

ずんぐりむっくりなシルエットで、手前にはビールと餃子が置かれている。

(ビール、いいな)

直帰だしいいかなと喉を鳴らしながらも、

「……あれ?」

つい最近、このずんぐりむっくりな、小さくなったなと感じたシルエットを、私は見覚えがあることに気付いた。

しかもわりと最近。

「先生?」

記憶が結び付くより先に声が出ていた。

「ん?」

顔を上げた初老の男性はやっぱり馬糠先生で、

「おや?」

「私です、鹿床です」

「お?……あぁ……あぁ、うんうん」

そうだそうだとずれた眼鏡を直している。

私はその、私の顔を思い出しながらも、珍しく笑っていない顔が少し怖いと思ってしまった。

いつもニコニコとした笑みを浮かべた顔しか見ていなかったから。

同窓会でもそうだ。

先生は変わらず、ずっとニコニコしていたから。

「あらお知り合い?」

「昔の教え子だよ」

先生はこの辺に住んでいるらしく、

「いや今日はちょっとね……」

と昼酒を嗜んでいることを恥ずかしそうにしながら手洗いへ消えていく。

けれど、

「ちょっとね、なんて言ってるけど毎日よ」

女将さんが仕方なさそうに眉をちらと上げる。

「えっそうなんですか?」

「独り身だから楽しみは酒しかないって」

独り身?

「結婚してお子さんもいたはずじゃ……」

当時は私たちより4つ程年上の長女と2歳差の次男がいたはず。

「いたみたいね。ここに来た時はもうお一人様だったわよ」

「……」

子供は独立していてもおかしくないし、奥様とは死別か、離婚したのだろうか。

こう、なんと言うからしくない。

自分の記憶の中の先生と噛み合わないと言うか。

ビールとレバニラを頼むと、戻ってきた先生は、

「いや懐かしいね、あぁ、先月会ったばかりか」

と笑いながらもやっぱりニコニコしている。

そんな先生は、以前の記憶にある先生のままでホッとする。

思い出話をしながらも、やはり他の生徒の記憶と混じっていたり、別の学校の話が混じっている。

たった2年ぽっちを共にした、特に印象の薄い生徒のことは記憶に残りにくいし、何より年齢的なことも大いにあるのだろう。

ビール2杯ですでに酔いの回ったらしい先生は、

「ちょっと失礼」

とまたトイレへ消えて行き、

「あんなに笑うのね」

女将さんの驚いたような顔に、私はまた、ちらと、あまり良くない違和感を覚えた。

「いつもは、ああじゃないんですか?」

訊ねてみると、

「全然よ、ずっとブツブツ別れたお嫁さんとか昔の同僚の方の愚痴とかね、凄く多くて、酔うと特にね」

女将さんも少し困っている様だった。

死別ではなく離婚しているらしい。

私はただ困惑していると、

「でも常連さんだから」

空のビール瓶をカウンターから手を伸ばして回収する。

いつもは夕方から混雑する前に、女将さんの旦那さんが来て、先生が一人で住んでいるアパートまで送るんだそう。

随分面倒見がいいと思ったら、

「一度店の前でバスに轢かれかけてから仕方なくよ」

「ええ?」

「酔って飛び出しちゃって」

にわかには信じられない。

先生は酔うと人が変わるタイプだったのか。

違う、それ以前に、何か、自分の記憶の根本が覆されるような。

ちぐはぐなパーツが組み合わされては、崩れていく様な。

「ただねぇ、今日は夫が体調崩してて来られないのよ」

カウンターの内側では女将さんが困ったように頬に手を当て、私はトイレから先生が出てくる気配に、

「なら、私が送ります」

と反射的に答えていた。

「あら、あら?そう?いいのかしら」

女将さんは躊躇しつつも、私が頷くと、

「助かるわ、待ってね、場所教えるから」

簡単な地図を描いて貰い、トイレから出てすでにふらふら左右に揺れている先生の分も会計し、

「先生、帰りましょうか」

と声を掛けると、先生はおとなしく頷いていたけれど、もう、あの人のよさそうな笑みは浮かんでおらず。

ただ、

「うー……」

と低い不機嫌そうな唸り声を漏らしながら店を出た。

地図は貰ったけれど先生は勝手にまたふらふらと歩いていく。

駅からすぐではないけれどほどほどに近い。

先生が足を止めたのは、古びたアパートの1階の真ん中の部屋だった。

もたもた鍵を空けているし、大丈夫そうだなと思い、

「私はここで」

と頭を下げると、

「あぁ、いやいや、お茶くらい出しますよ」

と振り返った先生は、不意にまたニコニコと笑う、私の覚えている先生に戻っていた。

「じゃあ……少しだけ」

部屋は思ったよりは荒れてはいないけれど、そもそも物がなかった。

空き瓶は多少あるけれど。

引っ越してきた時のままの段ボールが部屋の隅に何箱も鎮座している。

先生はしかし、狭い部屋に入るなり、

「ふー……」

と奥のちゃぶ台の前に座り込んでしまったため、私は手前の台所で、封の空いてないお茶の葉を見付け、これもまた買ったはいいが全く使っていなさそうな急須を洗い、こちらは何かの景品であろう湯呑みにお茶を淹れた。

「おぉ、これはこれは、すまないね」

こっくりこっくり船を漕いでいた先生が目を覚ます。

「いえ……」

この間の同窓会で来ていたスーツが、まだカーテンレールに掛かっている。

私は色々聞きたいことはあったけれど、まだ、この目の前の教師を昔の思い出のままで見ていた。

昔のままだと思い込みたかったのかもしれない。

もう欠片もニコリともしない、ただ眠たげな顔をした老人を。

俯いてしまいよく見える未だ豊かな白髪は、しかしよく見れば、薄暗い部屋でもフケが浮いているのが分かる。

「……」

そうだ、灯りを点けないと、と思った時。

「そう言えば、君たちの時だったか」

「……?」

「鶏とモルモットが無惨にも殺された年だよ」

(あぁ……)

友人もショッキングなニュースとして覚えていたあの事件。

「そうですね」

やはり先生も覚えていたらしい。

友人が言っていた通り、やはりあれはあの保健室の


「実はね、あれは、私の仕業だったんだ」


不意に思考を遮ったのは、嗄れた声。

(え?)

「……は?」

何を。

この人は。

今。

何を言った?

私は言葉は理解できても、内容が処理しきれずに文字通りその場で固まった

そんな私に構わず先生は続けた。

「鶏はね、家族に例えて、一羽ずつ」

「モルモットはあの時の問題児たち」

何を、言ってるのか。

「あの後に、私はまた必死に声を上げていたんだ。もう一度学校で動物を飼育しようとね、生徒のため、情操教育のためと粘ってね、あぁ、もちろん新しいストレス解消のためにだ」

「そうしたら、新しくウサギを飼育できたんだ。後は同時期に野良猫がやってきてね、餌を与えていたら、なんと子供まで孕んだ」

先生は身体を揺らして楽しそうに笑う。

「うちの子供はね、反抗期でどうしようもなかったんだ、教師の子は荒れると聞くけれどまさか我が子もだとは思わなかった」

「嫁は隠す気もなく他の男の陰を匂わせてくるし、娘は補導されたんだ、理由が『援助交際』今でいうパパ活か、もうね、あぁ、息子は不登校で済んでまだ良かったのかどうなのか」

「ウサギはまた絞めたよ、猫の、親猫はナイフにしたんだ、餌を与えていたからあっさりだった。猫の子供はもう少し育つのを待ちたかったけどね、小さいからもう手の平だけで……」


私は、気づいたら、ただもう転がるように先生の住むアパートから飛び出して駅まで走っていた。

実際は走ってるつもりでもきっと大した速度ではなかったのだろう。

それでも、とにかく逃げた。

先生が追い掛けてくる気配は微塵もなく、あの中華料理屋の前を通りすぎ、駅前でただ1人ゼーゼー息を吐き、周りの相変わらず疎らな数の通行人に不審な顔をされながらも。

私は、一刻もここから早く立ち去りたくて、

「あのっ○○市の、○○までお願いします……っ」

肩で息をしながらロータリーで客待ちしているタクシーに乗り込んだ。

(あぁ……)

もう。

馬鹿な自分。

レバニラなんか頼むんじゃなかった。

とても。

とても。

(……気持ちが悪い)


幼馴染みのkには黙っていようと思ったのに、その日の夜に、

「会える日の予定を詰めよう」

と電話が来て、私の様子のおかしさに電話口で全て吐かされた。

しかし友人は絶えず冷静で、

「大丈夫?そっち行こうか?」

とまで言ってくれた。

気持ちだけありがたく頂き、夜は悪夢にうなされた。


あの同窓会の日。

私より遥かに大勢の同級生に声を掛け連絡先を交換したり話をしていたkが、

「頑張ったよ」

とテーブルに着いたのは9日後の夜。

kは私の話を聞いてから、みんなに少し話を聞いてみるよと色々声を掛けて話を聞いたりしてくれて、一度は会える日を延期したくらいだ。

「なんかごめん」

kだって引っ越し前で忙しいだろうに。

「平気、平気、頑張ったけど大した収穫はなかったし」

私は、ただ妄信的に先生を信じていたし尊敬もしていけたけれど、

どうやらそうでもない元生徒も少なからずいたらしい。

「あのニコニコ笑ってる顔が嘘臭い」

「作り笑いじゃない時の真顔見ちゃってから苦手だった」

「同窓会、先生が出席するって言うから行くのやめた」

などの声すらあった。

そうだったんだ。

私は何も知らなかった。

「どうやらね、学校でひたすらいい先生を演じてたから、家ではその反動で、今でいう酷いモラハラだったみたい」

この友人は、あの日に来ていた他のクラスの担任の教員ともコンタクトを取っていた。

あなた、お仕事なんでしたっけ?

「ただの主婦だよ。ただ、私も気になってたんだ。

あの事件としてはとても小さいものだけど、妙に気持ち悪くて忘れられなかったから」

先生は教頭になった後にお嫁さん名義の家を追い出されていた。

「あとね、保健室の例の君は16歳の時に自殺してた」

「……」

「だからさすがにあの間違った噂は直接は関係ないと思うよ」

それでも後味が悪い。

「後味の悪さついでにもう1つ」

もうなんでも来い。

「馬糠先生死んだ」

「えっ!?」

さすがに声をあげてしまうと、kは私の声に反応した店員についでのようにビールのおかわりを頼んでいる。

「……いつ?」

「発見されたのは5日前」

5日前。

「近くのお店の人が、先生が何日も顔を出してないって心配して見に行ったって」

きっと、あの中華料理屋の女将さんだろう。

「事件性は全くないって、ただの老人の孤独死」

老人。

確かにもう老人と言う年ではあったか。

「最近の老人にしては若いかもね、長年の飲酒が祟ったんじゃない?」

確かに部屋には酒瓶がいくつも転がっていた。

私はあえて目を逸らしていたけれど。

でも、もしかしたら、私が最後に生きてる先生を見たのかもしれない。

「こら、あんまり考えちゃダメだよ。『ついて』くるから」

友人が眉を寄せて私をじっと見つめてくる。

ついてくる?

「下手に同情なんかすると『憑いて』来ちゃうから」

やめな、とはっきり言われた。

先生のお葬式は。

「親族だけで済ませるっぽいよ」

そこまで調べてくれたのか。

「又聞きだけどね、もし葬式あっても、君は自分が薄情だなんて思わず行くのはやめときな」

でも。

「でもじゃない、怖くて逃げ帰って来たんでしょ?」

そうだけど。

友人は大きく息を吐いてから、

「あの人はね、君は思ってる様な先生ではなかったんだ」

はっきり言い切られて、しばし睨み合い、目を伏せるのは、私の方。

でも私はもう、目を伏せるだけでは済まず、項垂れるしかない。

たった2年間だけれど、理想の父親だと思っていた。

こんな父さんだったら、どんなにいいかと。

(うん……)

そうだよ。

そうなんだ。

先生は、先生でいた時にはそう取り繕えていたのだ。

一部の生徒たちには見破られていたらしいけれど。

家族を犠牲にして、私のような生徒の心の支えになって、掬い上げてくれていたのも、本当だった。


「ねぇ、引っ越し先に遊びに来てよ」

友人の言葉にテーブルに落ちていた視線を上げると、ニッと笑ってくれる友人。

その笑顔には昔の面影があり、

「どこだっけ?」

私も少し無理して笑う。

「四国だよ、魚もこっちより断然美味しいらしくて、この間行った時はとんぼ返りでまだ全然堪能できてないんだ」

それなら。

「有給でも取って遊びにいくよ」

必ず。


その後、しばらくして、私は長期休暇でkの所へ遊びに行き、そこで先生のお墓参りだけはしてきたと告げると、

kはただ、

「仕方ないな」

と肩を竦めて溜め息を吐き、でも笑って許してくれた。


kには言わなかったけれど、保健室の例の彼のお墓も、場所を聞いてからお花を添えに行った。

ただ自分が楽になりたいだけの、自己満足でしかないけれど。


海を眺めながら、kとは今度は現地で落ち合い旅行でも行こうと、思い出話ではなく、これからの話に花を咲かせる。


そうだ、もうすぐ、春も来る。






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