心の色、見える色

松平真

第1話

「できたぞ弟よーッ!」

 そういいながら兄の平賀現代が、俺、平賀未来の部屋に走り込んできた。

「ノックぐらいはしろ!」

 俺は年齢的にはまだ読んではいけない本をこそこそしまう。

 例え同性の兄弟でも見られたくはないものだ。

 現代は、そんな俺の様子に構うことなく抱えていたもの──眼鏡を俺に見せてきた。


「なんだよその眼鏡」

「よくぞッ聞いてくれたッ!」

 俺の当然の疑問に現代は妙にハイテンションで応えた。

「それは色眼鏡!相手の性質が色でわかる!」

「性質ゥ?」

 現代は発明部(非認可)に所属しており、なんだかよくわからないものを日夜発明しては、他に見せる相手もいないのか俺に見せてくる。

「そうだ。例えば心優しい人ならハートの桃色、お前のような春画を好む脳味噌ピンクはピンク、母性溢れる母親はピンクだ」

「全部ピンクじゃねーか!」

 はっはっはと笑う現代。

「それは冗談だが、今のところの問題が人の内面を色で示すのは間違いないんだが、どの色がどんな性質を示すのかがわからんのだ」

「致命的な欠陥ですよね?」

 欠陥ではない、と現代は首を振る。

「要はデータが足りんからいかんのだ。そこでお前にこの眼鏡のモニターになってもらいたい」

「モニター?」

「明日これをかけて学校に行け。そしてその結果を報告しろ」

「誰がやるか」

 俺は即答した。なぜそんな面倒なことをしなければならない。

「三千円」

「だが俺はやる」

 札を受け取りながら俺は即答した。


 翌日、俺は色眼鏡をかけて登校した。

 通学路で見た人たちは色んな色をしていた。

 話している男女カップルはピンクだったり、やんちゃそうな男の子は赤色だったり、とぼとぼ歩いているやつは青色だったり。

 もしかしなくても性質ではなく感情が見えているんじゃないかこれ。

 教室につくと自分の席に座る。

 クラスメイトを見回すとだべっている連中は黄色なんかの暖色が多く、寝ている奴は色が薄かった。

 ふぅむと唸りながらメモしていると、隣の席の椅子が引かれる音がする。


「未来君おはよう」

 隣の席のロングヘアの女子生徒、矢部奈々さんが挨拶をしてきた。

 好意的に接してくれる女子で俺も、矢部さんと話すのを毎日の楽しみにしている。

 俺は挨拶を返しながら矢部さんのほうを見「ああ、おはよ……ッ!」

 黒い!どす黒い!矢部さんが黒い!

 それも漆黒のような純粋さの黒ではなく、なにか色んな絵の具を混ぜた結果できたような黒だった。

 思わず距離を取りそうになる。

 俺のその様子に小首を傾げた矢部さんは、俺の顔を見ると

「えーどしたのその眼鏡!」

 と驚きの声をあげた。

「目悪くなったの?昨日はかけてなかったよね」

 俺は黒の衝撃から立ち直れていなかったので、ああ、としか返せなかった。

「んーでもカワイイよ!」

 矢部さんは笑ってそう言いながら俺の頭をわしゃわしゃやる。

 黒が明滅する。黒なのに。どういう感情なんだ。わからない。こわい。

 俺は、ひきつった愛想笑いをしながらそれを耐えた。

 普段ならドキドキして楽しい気分になるはずだったが、今日はまるでクマに撫でられているような気分だった。


 その後もずっと隣で黒いまま明滅する矢部さんをできるだけ視界に入れないように過ごした。

 なんとか昼休みまで耐え抜くと、開発部の部室に駆けこんだ。

 現代は昼休みをいつもそこで過ごすからだ。

「おい兄貴!怖いんだけどこれ!?」

 怖いのは眼鏡ではなく、矢部さんだけど。

「なんだ弟よ」

 現代はのんびり弁当を食べながら言った。

 その色は、リラックスしているのか薄い黄色だった。

 俺は、性質ではなく感情を示しているのではないかということと隣の女性とが黒色でこわいことを訴えた。

「感情なぁ。まぁ性質みたいなもんだろ」

 そうかなぁ!?

「で、その矢部さんが黒すぎてコワイと」

 うんうんおれは頷く。

「そう言われても確かなことはわからん。そもそも色との関係性を確かめるためのモニターだろう」

「開発者!」

 うむむと唸ったのち、仮説だがと前置きして

「純粋な黒ではないなら、混ざっているんじゃないか?」

「混ざる?」

「お前が表現しただろう。色んな絵の具を混ぜたような黒だと」

 俺は頷く。たしかにそう見えた。

「ならそのままかもしれん。赤と黄色と青、三原色を混ぜたら黒になる。いや正確にはシアン・マゼンタ・イエローだが」

 減法混色ということだから発光しているのではないのだな、などと頷いている。

「つまり?」そんな蘊蓄はどうでもいい。

「つまり、複雑な感情を抱いているということだ、弟よ」

 疑問符を浮かべる俺に現代は尋ねる。

「今の俺はどう見える?」

 現代の感情は紫に見えた。

 それを伝えると、紫は赤と青が混ざるとできる、と現代は語る。

「おそらく、お前のもたらした情報での知的興奮が赤で、それに対して冷静であろうという心の動きが青として出ているんだ」

「それが混ざって紫?」

「うむ。あとは黄色だが、喜びとかかもしれんな。わからんが」

 つまり、なんかごちゃごちゃした感情を俺に持っているらしい。どういうこと?

 だがこれ以上、現代からも役に立つ情報は得られなかった。


 教室に戻ると、矢部さんと目が合う。

 一瞬、青に見えた色はすぐに黒く染まり明滅した。

「未来君、どこ行ってたの?」

 俺は、いやちょっとと誤魔化すようにもごもご言った。




 今日のお昼休みは憂鬱だった。

 お昼を食べながら未来君と話そうと思っていたのに。

 その未来君は昼休みの終わり際に駆け込むようにして戻ってきた。

 目が合う。相変わらずかけている眼鏡越しだけど。

 嫌われていないかの不安、目が合った喜び、そして胸のときめき。

 それらが混然と襲ってくる。

 そう。

 私にとって恋心とは、複雑なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心の色、見える色 松平真 @mappei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ