紫の誓い―アイドル美月りおなの軌跡―

藤之恵多

第1話

 卒業を決めたアイドルのインタビューには何回か臨んだことがある。

 やることは同じだ。

 相手の資料を頭に叩き込んで気持ちを聞き取る。

「時間です」の言葉とともに入ってきた今日の相手に私は目を向けた。


「まずはご卒業おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 小さくお辞儀をした後、明るい笑顔を見せてくれた。

 礼儀正しさを持ちながら元気さをを漂わせる。

 美月りおな。

 彼女が今日のインタビュー相手だった。


「美月りおなさんと言えば、三期生としてグループ加入後、不動のセンターへの道を駆け上ったことで知られてますが」

「いやいや、そんなこと無いですよ」


 目の前で両手を大きく振る。

 長い黒髪をポニーテールにして根元にはリボン。

 これが彼女のスタイルだった。


「りおなさん自身がアイドル人生を振り返ってみて、どうでしたか?」


 まずは簡単な質問から。

 美月りおなといえば、アイドルのサクセスストーリー そのままと言っていい。

 イメージとしてはトントン拍子の出世。


「応援してくれる皆さんのおかげ……っていうのは、もちろんあるんですけど」


 アイドルらしい笑顔を振りまく。

 それから少し困ったように頬をかいて答えた。


「あーしとしては、ひたすらセナさんの背中を追いかけてきたアイドル人生でした」

「セナさんというと、榛名セナさんですね?」

「ええ、元々セナさんに憧れてオーディションを受けたんです」


 キラキラと目を輝かせて美月りおなは語った。

 榛名セナ。りおなと同じグループにいたアイドルで、先輩にあたる。


「へぇ、それまでアイドルに興味は?」


 私の質問に彼女は苦笑して首を横に振った。


「なかったですね。ぼうっとした地味な人間で」

「今の可愛いキャラからは考えられないですね!」


 美月りおなは小柄ながら全力でパフォーマンスを行い、ステージ上では大きく見えるともっぱらの評判だ。

 そんな彼女が自分のことを、ぼうっとした地味な人間と言うことに驚いた。

 りおなは当時のことを思い出すように、視線を上に向けて動かした。


「一目惚れみたいな、とにかくセナさんの姿が衝撃で」

「そこからアイドルを目指したんですね?」


 今の彼女の姿からその衝撃の大きさが推測できる。

 ただのアイドルではない。

 美月りおなは不動のセンターと言われる人気と実力を誇っていた。


「体力つけて、ダンスして、カラオケで練習して……やれるだけやってみました」

「それで合格しちゃうんですから、凄いですね」


 えへへと照れたように笑う姿は可愛らしい。

 が、それでできてしまうのだから、才能か。

 私は少しだけ話の中に切り込んだ。


「セナさんとりおなさんだと、タイプは大分違いますよね?」

「そうですね。無い物ねだりというか、セナさんってほんっと美人じゃないですか」


 目をパチパチと瞬かせた後、彼女は顔を綻ばせた。

 どうやら、よほど榛名セナのことが好きらしい。

 憧れているのが丸わかりの表情だ。


「今もモデルとして活躍してらっしゃいますしね」

「そうなんですよ! ボーイッシュなコーデもカッコよくて」


 榛名セナは美月りおなとは正反対のクールなキャラだった。

 身長も高く、アイドル卒業後はモデルやデザインで仕事をしている。

 笑顔は少ないが、それでも目を引く綺麗な子だ。

 と、りおなが頬を膨らませた。


「入ってからも、やっと追いつけると思ったらセナさん辞めちゃうし」

「一緒に活動できた期間は、一年くらいですか?」

「そう、ですね。大体、それくらいです」


 榛名セナのインタビューも短時間だがした覚えがあった。

 美月りおなのデビュー年と比較すると重なる部分はそう長くない。

 その期間で憧れを維持できるとしたら。


「何か印象的なことはありましたか?」

「もちろん!」


 私の一言に、彼女は喜びを爆発させた。

 どうやら言いたかったことは、ここの部分らしい。

 りおなの頬に朱色がのった。


「あーしの色はセナさんから貰ったんですよ」

「色、というと?」


 彼女の言葉に首を傾げる。

 色を貰う。

 この言葉だけだといろんな意味が出てきてしまう。


「メンバーカラーです」

「りおなさんは紫ですよね?」


 今の衣装も紫をベースに作られている。

 ライブの映像などで見るTシャツも紫で統一されていた。

 私の言葉に彼女は満面の笑みで頷いた。


「ええ、そうです。元はピンクだったんですけど」

「セナさんは青……ですか?」


 顎の下に手を当てて、榛名セナの姿を思い出す。

 彼女の場合、ピンクとは正反対の色のイメージだ。

 寒色系を身に着けていた。


「そうです。セナさんの瞳は青いじゃないですか」


 榛名セナはハーフであり、色素が全体的に薄かった。

 まるで自分のことのように指を立て自慢する姿に、よほど好きなのだなと感じる。

 ピンクと青。色を貰った。

 2つの言葉が繋がった。


「ああ、だから、合わせて紫なんですね」


 私の答えに美月りおなは満足そうに頷いた。


「はい! この色に支えて貰いました!」


 衣装に手を当て、はっきり答える。

 そこには自分のアイドル人生を駆け抜けた清々しい笑顔があった。


「貴重なお話ありがとうございました。美月りおなさんでした」

「ありがとうございました」


 ※


 部屋で寝転んでいたら、軽く頭を小突かれた。

 顔を上げると眉間にシワを寄せたセナさんがいた。


「りお、何あのインタビュー」

「あれ、読んでくれたんですか?」

「マネージャーから渡された」


 むすっとした表情のまま、ソファに座られる。

 彼女の手元には数枚の紙。おそらく雑誌の切り抜きだろう。

 セナさんのマネージャーもマメな人だ。

 あーしはすぐに起きて、セナさんににじり寄った。


「読んでくださいよー。恋人の卒業記事ですよ?」

「わざわざ色の話までして……秘密って言ったじゃない」

「だってアイドルも卒業ですから」


 自分の色をあげるなんて、何よりの口説き文句じゃないか。

 少なくともあーしはセナさんの色を他のメンバーが使うことは許せなかったし。

 ファンがセナさんの卒業後にあーしの色が紫になったのを見てざわめいてたら、優越感を覚えた。

 頭が痛いのか額を抑えているセナさんの腕を取る。


「これからはセナさんはあーしのって大声で言えます」

「ほんと、物好き」


 呆れたようなため息に、にっこり笑顔を返す。

 なんと言われようと構わない。

 セナさんを追いかけて、駆け抜けた。

 それだけのアイドル人生なのだ。


「あーしの人生に目標をくれたのはセナさんですから」

「はいはい」


 釣れない反応だけど、その頬が少し赤いことにあーしは気づいていた。

 その色を知るのも、あーしだけにして欲しい。

 そっと頬に手を伸ばす。それから顔を寄せた。

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