第48話 容疑者への事情聴取

 執務室を飛び出した二人の前に、早速障害が立ち塞がることになる。


「何故、面会が禁じられているのでか!」

「当然ですぞ、皇女殿下。奴らは官僚を呪殺した下手人。この国の皇族であるあなた様の顔を覚えさせるわけにはいきません」


 この一見の黒幕ともいえる当のヴァルゴ大公から投獄された獣人との面会を禁止されてしまったのだ。


「わかりました、顔と身分を隠して会えばいいのでしょう」

「なりませぬ。もしものことがあっては誰が責任を取るというのでしょうか」


 ヴァルゴ大公は頑なに危険だからという理由で面会の申し出を断り続けていた。その様子がどこか意固地になっているように感じたルミナは、ヴァルゴ大公の真意を探ろうとする。


「では、ソルドならいいということですか?」

「……そういう問題ではありませぬ。ソルドとて、この国の貴重な戦力であり、あなた様を守護する剣にございます」


 平民出身の騎士であるソルドでもダメ。つまり、ヴァルゴ大公はルミナが皇女という立場だから投獄された獣人と面会することを断っているわけではないということだ。


「万が一呪いをかけられたとして、ソルドが死ぬとお思いですか?」

「強さの問題ではない!」


 そこで初めてヴァルゴ大公は感情を剥き出しにして大声で叫んだ。


「失礼した……ともかく、獣人街のことは諦めてくだされ」


 感情的になってしまったことを恥じるように告げると、ヴァルゴ大公はそれ以上取り合おうとしなかった。

 仕方なくヴァルゴ大公の執務室を後にしたルミナは途方にくれる。


「一体どうすれば……」

「仕方ない。裏技を使うか」

「裏技?」

「どこかの誰かさんのせいで手に入った力を使うんだよ」


 そう言ってほくそ笑むとソルドは牢番の元へと向かった。


「前からおかしいとは思ってたけど、いつの間に人間やめてたんだ?」

『つい最近だ。悪いな、こんなこと頼んで』

「本当だよ。同期じゃなかったら絶対断ってたわ。そもそも剣に変身できるとか意味わかんねぇし」


 ソルドは牢番をしている元一般兵団時代の同期に頼んで帯剣されていた。

 ルミナがうっかりソルドに蝕みの宝珠を渡したことによって手に入った剣になる魔法。

 それを利用してソルドは剣として牢に忍び込むことにしたのだ。


「ちゃんと良い店紹介してくれるんだろうな?」

『もちろんだ。城下町で一番美人の子がいる店を紹介してやるよ』

「よし、絶対約束は守れよ」


 牢番はソルドの言葉に鼻息を荒くした。単純な奴で良かったとソルドは内心安堵する。


『俺の声はお前にしか聞こえていない。投獄された獣人達には、俺が言った言葉を繰り返して伝えてくれ』

「わかった」


 こうしてソルドは剣として牢に忍び込むことに成功した。牢獄の中は空気が淀んでおり、レグルス大公のときとは違い、投獄された獣人達が劣悪な環境にいることが窺えた。


 ふと、牢の中を見てみれば投獄されていた獣人は全て狐の獣人だった。

 なるほど、確かにこれは呪殺を疑われる要素になる。ソルドはそんな感想を抱いた。

 狐の獣人は呪術に長けているという文献もあるくらい、狐と呪術は結びつきが強い。


『「お前達に聞きたいことがある」』


 牢番は脳内に聞こえてきたソルドの言葉を繰り返して牢の中にいる獣人達へと問いかける。


『「狐の獣人は呪術が得意だとは聞くが、お前達が官僚を呪殺したとは思えない」』


 牢の中の獣人達は皆一様に困惑していた。今まで何のアクションも起こしてこなかった牢番からこんなことを言われれば当然の反応である。


『「無実を証明するためにも、お前達がいた娼館の環境が知りたい」』


 牢番はあくまでソルドの言葉をそのまま伝えているだけ。そのせいか、獣人達への配慮や優しさなどは感じられない。

 それでも僅かな希望に縋りたかった一人の獣人が口を開いた。


「……環境でいえば、今とそう変わらないかもしれませんね」

『「この牢獄くらいか?」』

「ええ、この牢と同じくらいの広さです」


 獣人達が収容されている牢獄は石造りの建物で、広さは十畳程度。その一部屋で十人以上の獣人が暮らしていたと考えれば環境は良くなかったといえるだろう。


「食事も碌に出してもらえず、娼館に出没する鼠を食べてなんとか食いつないでいました」

『「給料はでなかったのか」』

「城下町の物価を考えれば到底生活できるレベルではありませんでした」


 聞けば聞くほど、出てくるのは腐りきった娼館の運営。既に死罪となったエリダヌスの残した爪痕はあまりにも大きかった。


「……私達は元々地方の村で農業を営んでいたのですが、村と畑を水害で失いました。そこをアルデバラン侯爵に救っていただいたのです。それなのに、あのエリダヌスという男が……!」

『「そうだったのか……」』


 住む場所も仕事も失った彼女達が生きていくには、劣悪な環境を受け入れることだけだったのだ。


「お願いします、牢番さん。どうか私達をお救いください!」

「わかった。任せろ」


 ソルドが言葉を伝える前に、牢番は投獄された獣人達に力強く言い切った。

 それから牢を出て剣化を解いたソルドと並んで牢番は項垂れていた。


「……最悪の気分だ」

「協力してもらって悪かったな」


 元々獣人にあまり理解がある方ではなかった牢番も、腐りきった帝国の闇の部分を見てしまい、複雑な気持ちになっていたのだ。


「なあ、ソルド。彼女達を救えるのか?」

「そのために動いてるんだ」


 ソルドはそれだけ告げると、成果報告を待つ主の元へと急ぐのであった。


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