第47話 焼却処分
住民を含む獣人街の焼却処分。
いくら獣人が帝国内で冷遇されているからといって、そんな非人道的行為が許されるわけがない。
「どういうことだよ、おっちゃん!」
いち早く放心状態から立ち直ったソルドはレグルス大公へと詰め寄る。
「皇女殿下とお前が遺跡の調査に行っている間に官僚が次々に亡くなる事件が起きたのだ」
「はぁ!?」
アルデバラン侯爵のときでさえ大きな事件だったというのに、立て続けに何名も官僚が亡くなるなど尋常ではない。
「亡くなった官僚は目や肌が黄色くなり、まるで呪いにでもかけられたような外見だったそうだ」
「黄疸の症状みたいだな……」
黄疸とは、皮膚や眼の白部などが黄色く変色する症状である。これは、血液中のビリルビンという黄色い色素が体内で過剰に蓄積することによって引き起こされる症状だ。
いくつか原因はあるが、黄疸は主に肝臓の病気にかかった者が発症するとされている。
「亡くなった官僚達は肝臓を悪くしてたりしたのか?」
「いや、肝臓を悪くするほどの酒好きはいなかった。ただ共通点はあったぞ」
そこで言葉を区切り、顔を顰めるとレグルス大公は告げる。
「……全員、エリダヌスが経営していた城下町の違法獣人娼館を利用していたのだ」
「なっ」
エリダヌスの件が関わっていたという事実にソルドは言葉を失う。
アルデバラン侯爵の事件の際に死罪となった男が今も尚帝国を引っ掻き回している事実に、ソルドもレグルス大公も苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「ヴァルゴ大公を始めとした反獣人派の官僚達はこぞって獣人による呪いだと主張しています」
「そんなバカな話が――」
「通るのです。実際に獣人と交わったことにより原因不明の死者が出てしまったのですから」
ソルドの言葉を遮り、クレアは唇を噛んで悔しげに俯く。
「……娼館で働いていた獣人達は?」
「全員、呪殺の罪で投獄されています。すぐに処刑されなかっただけマシでしょう」
クレアは沈痛な面持ちでソルドの問いに答えた。
この世界では、魔法はお伽噺にしか出てこない産物だと思われている。
しかし、呪いは違う。
明確に方法が確立されており、人間だけではなく獣人の間でも広まっている〝技術〟として扱われている。
もちろん、その実態は占いなどと同じ心理学や世間に認知されていない科学技術を利用したものだが、そんな事実は転生者であるソルドにしかわからないだろう。
「待ってくれ。百歩譲って投獄された獣人はまだわかるが、どうして獣人街が焼かれなきゃいけないんだよ」
「……それが妙なのだ」
レグルス大公は眉間のしわを押さえながら絞り出すように言った。
「ヴァルゴ大公は獣人街に潜む帝国を脅かす反乱分子を一掃すると言っていたのだ」
「ヴァルゴ大公が?」
「彼が獣人を嫌っていることは知っているが、まったく話のわからない人間というわけではない。今回の一件はあまりにも直情的だ」
レグルス大公の疑問はもっともだった。
獣人を毛嫌いしているからといって、ヴァルゴ大公は関係のない者にまで被害を及ぼしたりはしない。
レグルス大公に殺人容疑が掛かっていたときも、あくまでレグルス大公一人を投獄してそれ以上のことはしなかった。それが、いきなり獣人街を燃やすというのは短絡的にも程がある。
ソルドはしばし思案すると、一つの可能性を口に出した。
「まさか私怨か」
理不尽な法すらも超えた理不尽。いくら宰相であるヴァルゴ大公といえど、そんなことは許されることではない。
「断定はできぬが、可能性はあるだろうな。ヴァルゴ大公のワシを含めた獣人への視線には憎しみすらも感じる。ただの毛嫌いではないとは思うのだが……」
レグルス大公は渋い顔を浮かべたまま俯く。
「事実を調べましょう」
そこで先程まで呆けていたルミナが口を開く。
「今回の件はあまりにも理不尽です。きっと政治的な思惑が裏にあるに違いません」
「ですが、獣人街の焼き討ちはもう決定してしまいましたよ」
「獣人街もアルデバラン侯爵の収めていた領土――つまり、現在の邦主はわたくしです。わたくしが命じれば、しばらくは騎士団を止められます」
邦主の不在の間に収めている土地が焼き討ちに決定するなど許せることではない。
抗議するため、臣民を守るためという名目でルミナが命じれば一時的に騎士の動きを止めることはできるだろう。
「時間稼ぎをして、大勢の官僚が出した決定を覆す何かを掴めばいいってことだな」
「その通りです」
ソルドの言葉に頷くと、ルミナは覚悟を決めたように告げる。
「絶対に獣人街は焼き討ちにさせません!」
ルミナの脳裏には、肉串の熊店主やミルディ売りの牛少女、占いの館の者達の顔が浮かんでいた。
彼らを守ることこそが、皇女であり邦主である自分の責務だと感じていたのだ。
「だったら、まずは投獄された獣人達に話を聞かないとな」
「ええ、いきましょう!」
ルミナとソルドは勢いよく執務室を飛び出していく。
「不思議ですね。あの二人を見ていると、なんとかなってしまうように感じます」
「……ああ、そうだな」
そんな二人の様子をレグルス大公はどこか浮かない表情で眺めていたのだった。
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