第6話 地下牢にて

 レグルス大公は帝国城内の地下牢にて、全身に太い鎖を巻きつけられ、厳重に拘束されていた。


「いやぁ、おっちゃん捕まっちゃったなぁ」

「当たり前のように地下牢に来るんじゃない」


 牢屋の前で胡坐をかいて呑気にお茶をすすりながら、鎧に身を包んだソルドが拘束されているレグルス大公へと話しかける。


「よく面会が許されたものだ」

「まあ、俺がおっちゃんと仲良いのは近衛騎士全員知ってることだし」

「日頃の行いだけは良かったようだな」


 レグルス大公は皮肉げに言うと、大きくため息をつく。


「しかし、弁解の余地もなく投獄とはな……改めて獣人の立場の弱さを思い知らされた」


 今回の事件、レグルス大公が獣人だからという理由で、彼には弁解の余地は与えられず有罪となってしまった。容疑を掛けられただけで、弁解の余地もなく投獄されたのだ。


「おっちゃん、皇族の血筋なのにな」

「皇族の血筋だからこそ、だな」


 レグルス大公は苦笑いを浮かべる。彼は元を辿れば皇族である。

 かつて獣人の王国が戦争で負けた際、当時国を治めていたの女王は人間の皇族の元に嫁ぐことになった。レグルス大公は獣人王族と人間の皇族、両方の血を引く獣人なのである。


「皇族の血筋だから無下にはできない。しかし、獣人に権力をあまり持たせたくはない。ワシの扱いだけで当時は相当揉めたものだ」

「獣人の中でも伝説の存在って言われる雄獅子の獣人だもんな。そりゃ下手に追放でもしてクーデター起こされたらかなわないもんな」


 皇族に嫁いだ獣人の女王は言わば戦利品。その血筋の者の役目は獣人への見せしめ。

 人間と交わったことで獣人の血は薄れ、獣の耳や牙がかすかに残る程度。

 獣人の王が獣人でなくなっていく様を見せつけることで、獣人の心を折る。レグルス大公の一族が官僚として人間の皇帝に仕えられるのもそのためである。


 しかし、レグルス大公は奇跡的に先祖返りを起こし、かつて獣人の王国を収めた伝説の雄獅子の獣人として生まれた。

 色濃く獣人の遺伝子が刻まれた彼は、獣人達にとって希望の象徴ともされた。

 もしも、彼が〝獣人の血が濃い者として生まれた〟ことが理由で帝国城から追放されたとなれば、それは獣人達にとって反旗を翻す合図となってしまうだろう。


「その結果がこれだ。殺人罪で処刑されたとあれば仕方ないと誰もが納得するというものだ」


 レグルス大公は自嘲気味に笑う。


「クーデターなんぞ起こす気もないのだがな」

「んなことみんな知ってるよ」


 軽い調子で当たり前のように告げるソルドを見て、レグルス大公は心が軽くなるのを感じていた。

 普段はふざけた態度で接してくるソルドがいつもと変わらぬ調子で、自身を信じてくれている。それは獣人として蔑まれつつ、必死に生きてきたレグルス大公にとって一つの救いだった。


「クレアはどうしてる?」

「必死にいろいろ調べてるよ。一応、俺も近衛騎士だし協力はしてる」


 幸いなことにソルドは近衛騎士として城内をある程度自由に動ける。それを利用して調査を行うこともできた。


「さすがだな。ワシのことはともかくアルデバラン殿の無念は晴らしてほしいものだ」

「アルデバラン侯爵も良い人だったからなぁ」


 今回の被害者であるアルデバラン侯爵は帝国の中でも最も獣人差別問題に真剣に取り組んでいた人間だった。種族、身分関係なく誰にでも分け隔てなく接する柔軟さを持ちつつも、強い正義感を持った人物でもある。


 特に、レグルス大公にとっては旧知の間柄であり、良き友でもあった。

 だからこそ、レグルス大公は自分がこんな状況にも関わらず、アルデバラン侯爵の死を嘆いているのだ。


「幸い、侯爵の仕事はエリダヌス補佐官が引き継ぐことになるらしいよ」

「彼も師を亡くして辛かろうに、頑張っているのだな」


 アルデバラン侯爵が行っていた仕事はエリダヌス補佐官が引き継ぐことになった。レグルス大公はまだ若くこれから様々なことを学ぼうとしていた矢先に導き手を失った官僚に同情した。


「事件の調査はどうなっている?」

「いろいろ聞き込みしたけど、あんまり成果はないってのが現状かねぇ」


 ソルドはまず、城の人間たちから話を聞いて回った。

 城で働く人間は大半が獣人に偏見を持っている人間達であり、協力が得られる可能性は低い。低いはずだった。


『誰もレグルス大公が殺したなんて思っちゃいないさ。正直、今回の件は獣人嫌いな宰相の陰謀だって噂も立ってるくらいだ』

『レグルス大公が殺しなんてするわけないわ。あの人、顔は猛獣みたいで怖いけど、とてもお優しい方だもの』

『そもそも殺されたのは獣人支持派の官僚だろう? レグルス大公が殺す意味なんてないだろ』


 しかし、想像以上にレグルス大公は慕われていた。官僚も侍女も、口々にレグルス大公の無実を確信していたのだ。

 彼らとて獣人への偏見はある。それはそれとして、レグルス大公という人物の人柄は彼らにも伝わっていた。


「おっちゃん、あんたやっぱすげぇよ」


 一通り事件の概要を掴めたソルドは、改めてレグルス大公の凄さを実感していた。

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