第35話 筆跡の心理

 人にはそれぞれ文字を書いたときに癖が出る。同じ「あ」でも、構造は別として、形が異なってしまうことは皆知っている。これを筆跡と言うのだろう。

 僕は、筆跡というのは、手の動きの癖なのだと漠然と思ってきた。

 しかし、以前パソコン(お絵描きソフト)でマウスを使って文字を書いたとき、それだけではないのではないかと感じた。そのときには、漢字と平仮名を書いたのだが、いかにも僕の筆跡という風にモニター上の文字列は仕上がった。ペン型の入力機器を使って書いたのならば、普段の文字を書いたときの癖が出るのは、すーっと理解できる。しかし、マウスを使って書いていたのだ。卵を上から包むような手の格好で左指を押下しながら、それ全体を動かすというのは、ペンを持ったときとは感覚が異なる。

 どうも、人は(僕は)文字を書くときに頭に浮かぶ活字のような、理想の「あ」を参照しながら書いているというよりは、以前に自分が書いた「あ」を参照しているようだ。もっと言うと、「一」や「し」や「の」ような、「あ」を構成している一画いっかくを、そういう風に参照して書いているのではないか。

 僕は、「あ」の一画目、「一」のような形を書くとき、右上がりになる。一番最初に文字の練習をしたときには、練習帖のお手本を参照しながら書いたのであろう。それを見なくても書けるようになってからは、それより過去に書いた自分の「一」を念頭にしながら書いている、そんな気がする。

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