海鳥のジョナ

香山 悠

本編

 空は暗く、朝から冷たい雨が降っている。


 海鳥のジョナは、波止場でひとり佇んでいた。近くの軒下に入らず、傘をさしながら、鼻歌を口ずさんでいる。


 ジョナは生まれたときから、濡れるのが何より嫌いだった。海で魚を取るときも、できるだけ、海に自分の身体が浸からないように動く。奇妙な魚の取り方は周囲に笑われたが、ジョナは気にしなかった。


 雨の日は海に出ず、軒下で休んだが、しばしば群れに追い出された。そこで、人間の真似をして、傘をさし始めた。その様子を見た海鳥たちにはまた馬鹿にされたが、ジョナは無視した。


 雨の日は一日中何もしないし、腹も減る。気を紛らすように、ジョナは雨音に合わせて、鼻歌を口ずさむようになっていた。




「ハッハッハ。何やってんだお前」


 ある日、いつものようにジョナが傘をさして歌っていると、一人の漁師が話しかけてきた。ジョナの様子をおもしろがっているようだ。景気よく笑いながら、漁師は一匹の魚をジョナに差し出した。


 ジョナは迷った。海鳥が、人間から魚をもらうのはタブーなのだ。しかし魚を見てしまい、歌って紛らしていた空腹を思い出してしまう。


 結局ジョナは空腹に負けて、漁師から魚を受け取った。魚は脂がのっていて、おいしかった。


 それからジョナは、漁師から定期的に魚をもらうようになった。雨の日はもちろん、晴れの日でも。自分から海水に濡れることなく、魚が食べられるのだ。ジョナにとっては、願ったり叶ったりだった。




 ある朝、普段は近寄ってこない群れの海鳥たちに、ジョナは取り囲まれた。


 びっくりしていると、群れの長老が代表して、ジョナに詰問する。


「お前が、タブーを破って漁師から魚をもらっていると聞いたが、本当か?」


 ジョナが黙っていると、長老はさらに続けた。


「否定せんのだな……。お前がへんてこ飛びをしようと、傘をさそうと、わしらはお前をここから追い出しはしなかった……。じゃが、タブーを破ったのなら話は別じゃ」


 ジョナは、追放処分となった。


 漁師から魚をもらったことを後悔したが、もうどうしようもない。ジョナは悔しさに歯噛みしながらも、抵抗はせず、すぐに飛び立った。


 しばらく海上を飛んでいると、雨が降ってきたことに気づいた。けれども、傘は手元にない。ジョナはあきらめて、濡れるがままに飛び続けた。




 ようやく、別の波止場が見えてきた。すでに、あたりは薄暗くなっている。


 近場の屋根に止まって休憩していると、一羽の海鳥が近づいてきた。


「やあやあ。見慣れないやつだね。どこからきたんだい?」


 ジョナは無視したが、海鳥は気にする様子もなく、話し続けた。


「話す気分じゃないかい?……もしかして、群れを追放されたのか?」


 ジョナは驚いて、海鳥の方を見た。


「やっぱりそうか。かくいう私も、つい先日、別の場所からここにやって来たのさ。詩、つまりポエムばかり書いてたのが、群れの秩序を乱したらしくてね、追放だと。くだらないね。そんなことで乱れる秩序なら、なくったって一緒だろうに。君もそう思わないかい?」


 ジョナはなんとなく、詩を書いていただけで追い出されたわけではなさそうな気がした。


「そうだ。よかったら、私の詩を読んでみてくれまいか。このあたりの鳥たちはまったく興味がないらしくてね、話も聞いちゃくれない。どうだい、ここは一つ、はみ出し者同士の友情ってことで」


 はみ出し者、というフレーズにジョナはカチンと来た。だいたい、友情なんぞ一切育んでいない。


「僕だって、興味はないね」


 ジョナは、屋根から飛び立った。


 本当は、興味がないわけではなかった。今までは適当にメロディーを口ずさんでいたが、それは、自分では歌詞がまったく思いつかなかったからだ。同じはみ出し者かどうかはともかく、ほかの海鳥が考えた詩なら読んでみたい。だが、今はそんな気分ではなかった。


 その日は、すぐ下の倉庫で休むことにした。


 雨に濡れた身体が冷えて、うまく寝付けない。それでも、なんとかまどろんでいると、気配を感じて目が覚めた。


 夜明け前だった。すぐ近くに、重石の乗った紙が置かれている。手に取ってみると、どうやらあのおしゃべり鳥からの手紙だった。


「昨夜はすまなかった。自分と同じく群れから追放されたやつだとわかって、つい興奮してしまった。お詫びといってはなんだが、私が書いた詩を君に贈る。もしよかったら、今度会ったときに感想を聞かせてほしい。 ストーンより」


 どうやら、彼はストーンという名前らしい。


 お詫びの手紙の下に、詩の書かれた紙も挟まれていた。どうせ寒くてまともに眠れないならと、差し込み始めた陽の光にかざして、詩を読み始めた。


 気づけば、ジョナは自然と声に出して読んでいた。美しい言葉の旋律に、そうせずにはいられなかったのだ。


 温かい陽の光が、ジョナの湿った身体を乾かしていった。

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海鳥のジョナ 香山 悠 @kayama_yu

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