混ざらない白と赤

どっちも美味しいから混ざらない

「みーちゃん!みーちゃんは絶対白だよね!?」


「絶対キムチ」


 仕事を終えて家に帰り、リビングの扉を開けた途端これだ。中央のこたつテーブルにはガスコンロ、その上には土鍋。で、野菜と肉。鍋つゆは鍋に入っておらず、いくつかの種類がテーブルの上に散乱している。これだけで大体予想はつくけど、まずただいまの後はお帰りだろ。


「赤なんてかわいくないもん絶対豆乳鍋!」


「色で鍋の素決めんなぶりっ子」


 鞄を下ろして、とりあえずリビングで鳴るギャンギャンを無視して洗面所へ。電気を点けていなくてもわかる、鏡に映る疲れた顔。今週キツかったからなあ……。タオルで手を拭いて来た道を戻る。あーあーうるさいなあもう。


「なにでケンカしてんの」


 見りゃわかるといえばそれまでだけど、一応経緯を聞いてみる。わざと作ったような涙目のマコと、不機嫌顔がデフォルトのサチが同じタイミングでバッとこちらを向いた。


「今日鍋にしようってなってさ、さっちゃんに、豆乳で良いよねって聞いたの。そしたらさっちゃんがさ、キムチ鍋がいいって言うの」


「当然のように豆乳にしようとすんじゃねーよバカ。しかもコイツ、なんで豆乳選んだかって色が白でかわいいから、だよ?キモくない?」


「キモいは言いすぎだよ!」


「わかったわかった。わかったから手は出さない」


 マコが泣きべそのままサチを叩こうとした手を止めて、応戦しようと構えたサチをまてまてと制する。なんだこれは幼稚園か。いつものことながら本当にもう。なんでこんなのとシェアハウスなんてしているんだか。くそマコのやつ力強いなぶりっ子のくせに。


「鍋ごときでケンカするんじゃないよ」


 マコの手を離し、2人の間に割って入る。だってえ、とぐずぐず言い出すマコと対照的に、ツーンと明後日の方向を見て拗ねるサチ。こいつらホントなんで付き合ってるんだろ。全然理解できない。


 マコとサチは恋人同士だ。フリフリした服が好きで、特技は手芸。かわいいものが大好きなマコと、かっこいい服が好きで、特技はスポーツ全般。サッカーが大好きなサチ。そして特になんの特徴もない、2人と幼稚園からの幼馴染の私、ミサト。この2人、小さい頃から私を間に挟んでケンカばかりしていると思ったら、大学の時突然付き合い始めた。人の性的指向をどうこう言う気はないけど、あの時は驚いて食べてた焼きそば吹いたっけ。


 そして社会人になった今、女3人でのルームシェアをしている。みーちゃんがいないと、と半ば無理やり始まったこの生活だけど、私の役目ってこれか、と最近気が付き始めている。遅すぎた。それにしても私の恋愛対象が男だからって恋人同士の愛の巣に引きずり込んで、しかもこの扱いってちょっと酷くないか?


「みーちゃんはどっちが良いの?」


「は?」


 考え事をしてしまい、一瞬意識を違うところに飛ばしていたら、マコがずいっと目の前に顔を近づけて、ねえどっち?と聞いてきていた。ああ鍋の話だったなそういえば。


「えー……なんでも良いよもう」


「なんでもはなしだろ」


「もー!決まらないよ!」


「お前のせいなんだよバカ女」


 私を間に挟んだまま、またギャンギャンとケンカを始めた2人の声を聞き流す。こんなの全部聞いていたらキリがない。2人と違って今日は休みじゃない、仕事に疲れた現代社会人である私は正直もう鍋の味なんてなんでも良い。豆乳でもキムチでも好きにしてくれ。早くご飯食べて風呂入って寝たいんだよもう。だんだん面倒になってきた。スーツのポケットにあったスマホでパパっと検索。お、あった。


「混ぜちゃいなよもう」


「え?みーちゃん何?」


「豆乳とキムチ混ぜて豆乳キムチ鍋にすれば良いじゃん」


ほら、と検索画面をマコに見せると、サチも控えめに画面を覗きに来た。私も初めて見たけど、ベースは豆乳鍋で、キムチをトッピングとして入れる、みたいなもののようだ。これなら色も白いままだしキムチも食べられるし良いだろう。もう良いって言ってくれ。


「これで手を打ってくれないか……」


 頼む、頭をガクンと下げて白旗。もうこれで決まってくれ。お腹が空いて限界だ……。


 何故かしんとしている部屋に違和感を覚えて頭を上げると、マコとサチが困ったようにこちらを見ていた。2人共まるで母親に怒られた子供のようで、しゅんとしている。なんだなんだどうした。私そんなに変なこと言ったかな。確かにやったことない鍋ではあるけども。


「あのね」


 マコが申し訳なさそうに口を開いた。


「今週みーちゃんお仕事辛そうだったから、みーちゃんが好きなお鍋にしようって話になって、それで……」


「みーの好きな味はなんだってことになったんだよ」


「はあ?じゃあ私の好みでケンカしてたってこと?」


「まあそうなるな」


 サチが悪びれずに真っすぐこちらを見る。この2人、私の好きな鍋を作ろうとしてケンカしてたのか……。なんだか力が抜けて、笑ってしまった。2人が不思議そうに目を合わせる。


「じゃあさっさと作ろうか。豆乳キムチ鍋」


 真っ白な豆乳の鍋つゆと、冷蔵庫に鎮座する赤いキムチ。混ぜても色が混ざり合ってピンクにならないところがなんともこの2人らしい。どっちの味も好きだから、これからも仲良くしてくれよ頼むから。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

混ざらない白と赤 @kura_18

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ