赤シート麻雀のススメ(KAC20247)

しぎ

紅き世界に、麻雀牌があった

「ロン。南ドラ3、8000」


 リーチを掛けていた俺がツモ切った南に、対面の木村が発声して自らの手を開く。


「あーくそ、俺もツモれば逆転トップだったのになあ」

 俺は名残惜しくなり、木村に点棒を渡しながら自分の手を開く。

 今まで中途半端なツモだった分、ツキが一気に来た感じの好配牌だったのだが。


「いいなーチャンスあって。こちとら連続4着だよ」

 俺の下家(右隣)の竹井がそう言って牌を崩した拍子に、缶ビールの空き缶が数本倒れる。あの様子だとかなり酔いが回ってきてるみたいだ。


「お前、飲みながら打つの向いてないだろ。さっきも明らかに筒子染めしてた俺のところに堂々一筒打って振り込んだじゃねえか」

 俺の上家(左隣)の星田がポテチを食べながらつぶやく。そう言うこいつも、木村も結構顔が赤い。最も見えてないだけで俺もかなり赤くなってるかもな、と安いウイスキーの瓶が空になってるのを見ながら思う。



 スマホを取り出して時間を確認すると、ちょうど0時を回った頃だった。もう何回半荘(麻雀における1ゲーム単位のこと)打ったんだと思ったのに、まだそんなものか。

 俺ら四人は大学で同じ文芸サークルに所属している同級生だ。学部は違うが、サークル内で麻雀打てる同学年がたまたまこの四人だけだったこともあり、試験や作品発表の機会が終わるとお疲れ様会と称して夜通し飲みながら麻雀を打つのが恒例になっている。


 場所はいつもここ、俺の下宿。俺が実家から持ち込んだ牌セットを使ってちゃぶ台の上で手積みする。別に牌セットを持ち込めば他のやつの家でもいいのだが、俺の家が一番最寄りのコンビニが近いというそれだけの理由でここだ。


「でもやっぱ木村が一番上手いな。酒にも強いし、トップ回数も一番だろ」

「まあ中学、じゃねえな小学生の時から父と兄に教え込まれてたし。麻雀は経験よ」

「そうだよなあ。星田、どうやら大学受験終わってから覚えた俺らでは歯が立たないらしいぞ」

「ハンデでも付けないと無理かねえ……」

 そう言って星田が後ろに倒れ込んで伸びをする。


「……ん?」

 その星田が手を伸ばし何かを掴んだ。星田の座る後ろには本棚があり、俺が教科書やら漫画やらを適当にしまい込んでいるのだが……


「懐かしいな、これ」

 星田が本棚から出してきたのは、赤シートだった。参考書に乗せると赤い文字が消えて暗記に使えるあれである。


「なんでこんなの持ってるんだよ」

「授業で参考書に関する話があってさ。必要だっていうから、この前実家帰った時に持ってきたんだ」

 俺は教育学部なので、教科の教え方に関する講義が必修である。なんでも、学校指定の教科書ではなく、本屋で売られてるような参考書から学べる要素も多いらしい。


「おったくさんあるじゃん。昔はこうやって遊んだなあ」

 星田が自らの顔に赤シートを1枚当てる。

「おお、世界が赤いぜ。異世界転生でもしたか?」

「嫌だろ、真っ赤な異世界なんて」

 星田が牌の上に出した赤シートを木村が1枚つかんで、そう言いながら自分も顔の前に持ってくる。

「でもさ、これ使っても微妙にうっすら文字が見えることって無かった?」

「わかる。あと、隠れる文字が多すぎて結局暗記にならなかったりとか」

「あーそれも授業で言ってたわ。文章のどこを隠せば一番暗記効果が高いか、みたいな」

 俺も改めて赤シートをぼんやりと眺める。単純な仕掛けなのに、多くの参考書に取り入れられて暗記に使われてるんだから、これを最初に思いついたやつは今頃鼻高々だろうな。

 しかも後輩によると、最近はバリエーションが豊富になって緑シートとかもあるらしい。そのうち青とか黄色とか黒とか色々出てくるんだろうか。



「……なあ、これで麻雀やらねえ?」

 ふと、竹井の声が聞こえた。


「え?」

「だから、こうやって」

 竹井は、左手で赤シートを顔の前に持ってきながら、右手でツモる動作をする。


「なんじゃそりゃ」

「そんなことして何になるんだよ」

 俺と木村は苦笑しつつ受け流そうとする。竹井の顔は、赤シート越しでもわかるぐらいに酒酔いの赤さだ。


「いや、やってみようぜ」

 一方、星田は赤シートで牌を眺めてつぶやく。


「木村も、さすがにこれで打ったことはないだろ」

 星田がにやり。

「世紀末世界で麻雀やったら、きっとこんな感じだぜ」

「なんでだよ。普通にやろうぜ」

「嫌だ。俺はこれでないと打たねえ」

 竹井が声を荒げる。駄目だ、かなり酔ってる。


「紅き世界に、麻雀牌があった――」

 何で急に厨二になってんだよ星田。こいつも相当酒が回ってきたな。


「……まあいいや。やってみっか」

 木村までそう言い出しては、俺も付き合うしかない。

 みんな完全に深夜テンションだ。



 ずっと左手で赤シートを持つのは面倒なので、ビニール紐を頭に巻いて赤シートを顔の前に固定する。

 A4ノート大の赤シートは俺の顔をすっぽりと覆い、視界は一変する。

 本棚に並んだ表紙の色は様相を変えてしまった。白くなってるのは、もともと赤表紙だった教科書だろう。


 他の三人の前にも同様に赤シートが垂れ下がっている。……何かの儀式か?


「……ふふっ」

 俺と目が合った竹井が吹き出した。いや、お前が言い出したんだからなこれ。



 しかし裏返った牌をよく混ぜて山を積み、いざ配牌を取ってきたとき、俺はこの赤シート麻雀の怖さを知ることになる。


 配牌には七索が入っていた。……はずなのに。

 七索の牌には当然ながら竹の模様が7つ描き込まれているのに、そのうち一番上の竹が見えない。模様の位置から七索であることは間違いないのだが、赤シートによって赤く塗られた竹だけが見えなくなっている。


 ……なんてこった。偶然にも、麻雀牌の赤い部分が、赤シートによってちょうど見えなくなる赤さだったのだ。


「……気づいたか。これが赤シート麻雀の怖さであり、面白さだ」

 星田はなんでそんな得意そうなんだよ。というか、これに気付いたから竹井の提案に乗ったのか。


 しかしこれはまずい。俺はもう一度配牌を眺める。

 漢字が描き込まれた萬子の牌は、赤い「萬」の部分が全部見えない。黒い数字の部分が見えてるから問題はないが。

 それに五筒は真ん中の丸が見えてない。隣りにある四筒と見比べてなんとか分かるが、油断すると勘違いしそうだ。


 そして1巡目、俺がツモってきたのは……何かが描かれてるようには見えない、真っ白な牌。

 イカサマ防止のために白には赤や黒の点が打ってある牌もあるらしいが、この牌セットの白は普通に真っ白だ。


 いや、中かもしれない……中の赤い字は、赤シートで隠れるか否か。



 幸い、どちらにしろ俺の配牌には他に字牌が無いし、使い道もなさそうだ。

 俺は無造作にツモ切りする。



「ポン」

「ポン」


 河(捨て場所のこと)を見た星田と竹井から、同時に声がかかった。

 麻雀には1種類につき4枚の牌がある。そしてポンというのは同じ牌を2枚持ってて3枚目が他人から放たれたときに取れる行動だ。

 すなわち、二人から同時にポンの発声がされるというのは矛盾なのである。


 考えられるのは、どちらかが勘違いをしている場合のみだ。



「ふふっ、分からないかな竹井。今捨てられたのは中だ。赤シート越しでも、何かが描かれているのか、何も描かれていないかぐらいはわかるであろう?」

 さっきから口調が変だぞ星田。なんか設定を引きずるな。


「いーや、中だったらもう少し見えるはずだ。これは白だ間違いない」

 竹井の方はどんどんろれつが回らなくなっていっている。ツモの動作も変に大ぶりだし、限界が近いか。


「竹井、やっぱお前飲み過ぎだよ。そんなに酒強くねえだろ」

「え!? 間違えてんのは星田の方だろ」

 竹井が右手を伸ばした拍子にちゃぶ台にぶつかり、手牌が倒れそうになる。駄目だ、この半荘が終わったら寝かせよう。


「嫌、我の目は確かにこれを中だと見切ったな。そうであろう?」

 星田は謎の口調を維持したまま、俺と木村に同意を求めるかのように目配せをした。


「……まあ、そうなんじゃねえの」

 白でも中でもどっちでも良かった、なんて言ったら手牌情報がバレるので、俺は適当に乗り切ろうとする。

「え? わからずに切った? そんなのあり?」

 竹井がぐっと俺に向かって身を乗り出す。

「お前、そんな中途半端な、優柔不断なやつだったのか……」

 星田もよくわかんねえことを言うなよ。


「よし、じゃあこうしよう。河は赤シート無しで見て良いこととする。鳴いて晒した牌(すなわち、ポン・チー・カンした牌)も同じだ」

 俺らを諌めるように、木村の声が響いた。

「それじゃ意味ねえじゃん」

「だから、場を見るときはこうやって……」

 木村はぐっと身を乗り出す。

「手牌が見えない角度まで来てから赤シートをめくればいいだろ。それに違反して、手牌が見えるところで赤シートをめくったら、チョンボということで」

「えー」

「えーじゃないだろ。だってこのままじゃゲームが成り立たない」


「むっ……不本意ではあるが、賛同の意思を示す……」

「まあいいか」

 非常に真っ当な意見に、星田も竹井も同意するしかないようだ。


「じゃあ、早速今打たれた牌を確認するか」

 俺ら四人は一斉に身を乗り出し、頭がぶつかりそうな位置へ。

 近づくと、赤シートが垂れ下がる三人の顔が赤シート越しに目に入って……駄目だ、笑いをこらえろ俺。


「よし、せーので赤シートめくるぞ。せーの」

 木村の合図で俺は目の前の赤シートをぺらりとやる。たちまちのうちに正常な色合いの光景が戻ってきた。


 そして眼下に視線を移すと……



「なんでだよ!」


 俺の河には、(アガったとき持っているだけで点数が増える)真っ赤な五萬が打たれていた。それだったら普通に使える牌だったんだけど。絶対1巡目から捨てないんだけど。


「あ、それなら俺ポンして良い?」

 その赤五萬を掴み、自らの手牌から取り出した普通の五萬2枚と共に横に置く木村。

 こんなの完全に萬子の色に染めてるじゃねえか。



 結局この局は、親の木村に清一色ドラ2赤の8000オールをあっさりと決められてしまった。

「やっぱり萬子なら安心だな。絶対に間違える心配がない」


 ――赤シート麻雀、かくも恐ろしなりや。

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赤シート麻雀のススメ(KAC20247) しぎ @sayoino

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