第28話 演奏会

 会場に着くと席順が決まっているらしく席まで案内された。


 皆それぞれに着飾っているが、ガクヤの派手なドレスと、見た目が十代前半の子供のような成りで爵位を持つ者はいないため注目を集める。

 事情を知る者もいるようで、回りの者たちは噂話で大いに盛り上がっていた。


 王の挨拶に始まり、大勢のムキムキの軍人が歌いながら足踏みして、勢い良く槍で地面を叩き軍を鼓舞する儀式が延々と続く。

 出征の儀式、行軍の儀式、戦闘の儀式、勝利の儀式、凱旋の儀式。はっきり言って暑苦しい。

 次は神々を称える神殿の儀式。教会のミサ数曲。


 最後に全員が総立ちで国を称える歌で終わる。


 その後、午後から精霊使いカグヤの演奏が開かれると告知されて解散となる。

 終わるとすぐにカグヤは大勢の暇な貴族達に取り囲まれた。


「そなたが武術大会で優勝し、数々の強敵をなぎ倒したという噂のカグヤ子爵殿か。」


「この服の光沢のある生地はシルクかしら、どこで手に入れられたのでしょう。」

「小兵とは聞いていたがこれほど華奢とは思わなかったぞ。」

「多くの精霊と契約しているそうだな。」

「不思議な魔法を使えるそうね。」

「強力な武器や防具を取引しているとか、ぜひお近づきになりたいものです。」


 答える間もなく次々と質問が浴びせられる。顔を引きつらせながら笑顔で取り繕っていると貴族達が道を開ける。その先にはバストル第二王子一行が近づいてくる。


「とくに準備はいらぬという話だったが大丈夫か? 必要なら何人か人を貸すぞ。」


「平気じゃ、30分も掛からぬが、この子(精霊)たちもやる気満々での、観客がいなくても勝手に始めるのじゃ。」


「食事ぐらいさせよ。」


「フフ、始まってしまえば3時間以上は軽く演奏し続けるので気にすることはないのじゃ。」


「ウムムムム、では軽く食事しながら聞かせてもらうぞ。」


「儀式ではないので気楽に聞くとよいのじゃ。」



 カグヤはそう言うと会場に飛び降りクモガタたちを出してステージの前で腕組みをする。


「箱型に演劇用の舞台を作って、バックにスクリーン投影できるようにするのじゃ。」


「ラジャァー」


 8体のクモガタたちは一斉に準備を始める。黒のカーテンで舞台を台形に作り奥に白スクリーンを張り、半月場の観客席から見えるように設置する。


「ま、はっきり見えなくても、なんか映ってる程度で十分じゃ。」


 テーブルを10個ほど出してフルーツケーキを大量に並べ始める。


「報酬先払いじゃ。」


 どこからともなく光が飛んできて、光が集まるとそれが人の形となり、小人サイズの妖精が次々と出現する。

 ワッーとカグヤの回りに集まるとテーブルの上のフルーツケーキに殺到する。


「なに!?」


 それを見ていたバストル王子たちは驚いて目を見張る。


「鉄の魔物型ゴーレムが何か作ってる」

「これは精霊なのか」

「いや妖精じゃないか、たぶん」

「どっから涌いてきたのだ」


 バストル王子はカグヤに近づいて問う。

「これはなんなのだ?」


「ン、ワシ自慢のムーン帝国歌劇団じゃ。戦闘でも補助的な役割だが役に立つぞ。」


「意味がわからん。」


「まぁ、いま目の前で起こってることがすべてなのじゃ。」


 報酬のフルーツケーキを食べ終えた妖精たちは、カグヤのストレージから好き勝手に楽器を取り出していく。トロンボーン、トランペット、ホルン、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、フルート、クラリネット、ピッコロ、ティンパニ、バスドラム、シンバル。楽器を持った妖精たちは試しに音を鳴らし始める。


「見たことの無い楽器ばかりだな。」

 バストル王子が口を開く。


「すごいですね。妖精たちが50体はいます。大演奏会となりますね。」


 いつの間にか事務員たちと一緒にきていたテレサがカグヤの後ろから声を上げる。


「何かお手伝いできることはありますか。」


「いや、もうすぐ終わるのじゃ。こやつらもやる気満々でのう。3時間ほど演奏することになりそうなのでそろそろ始めるが良いかのう。」


 カグヤは観客席にバラバラと人がいるのを見ながら話す。


「えっ、あっはい。後からくる者たちには、すでに始まっていると伝えておきます。」


 カグヤはクモガタたちが作った舞台セットをチェックしてから、裏方に配置させ、妖精たちを扇状に並べた椅子に座らせ指揮棒を掲げる。


 あたりは静寂に包まれ、シーンと静まり返ったところから、小さなドラムのリズム音が刻まれる中、フルートによって妖精たちの演奏会が始まる。


 楽譜は、カグヤの音楽イメージを魔力によって各妖精の意識に飛ばすので不要だ。

 バックのスクリーンには、カグヤが経験した過去の風景や戦争シーンなどが映し出されていく。


 演奏の音はシルフたちによって音響を拡散させていたため、劇場の外まで届く大音響となった。

 最初に気持ちよく演奏でき、続いての演奏はノリのよいマーチや行進曲などで繋げていく。曲が載ってくると精霊たちがいたるところに姿を現し、空中で行進したり踊ったりしながら動き回っていた。


 最後の一時間は、精霊ヴァルキリーたちの歌声とともに大合唱だ。

 スクリーンには、魔物や、ドラゴンたちとの戦いが映し出されていた。

 いつの間にか、観客席は立ち見が出るほどの満席となっていた。


 最後は大太鼓を連打させながら、よく通るカグヤの歌声で終わりを迎える。


 演奏は約3時間。カグヤたちは気持ちよく演奏した後、楽器を持って立ち上がった妖精たちとともに、観客席に向かって頭を下げる。と、大きな拍手が沸き上がった。


「フム、大成功のようじゃな。」


 何時までも鳴りやまない歓声と拍手を断ち切るように撤収作業に入る。


 まずは妖精たちへの報酬だ。ストレージからテーブルを出すと、チーズケーキを並べていく。妖精や精霊たちは先を争うように飛びついて食べ始める。

 妖精たちは報酬に満足すると次々と消えていった。その頃には観客も消え、クモガタたちと解体作業に入る。


 片付けていると、バストル王子が近づいてきて楽譜を要求し出した。


「おい、今の演奏は見事だった。こんな演奏会は初めてだ。専属の楽団として雇ってやってもいいぞ。」


「それは断るのじゃ。」


 カグヤは露骨に迷惑そうな顔をして答える。


「よし側近として、さらに将来的には望みの役職も与えることを約束しよう。」


「いらんのじゃ。」


「どうすればお前を俺の物にできるのだ?」


「人の身でワシをどうこうできるわけなかろう。味方にいるだけありがたいと思うのじゃ。」


「人の身・・・お前を鑑定して出る精霊種とは偽装ではないのか?」


「どうでも良い話じゃな、そんなことより、名作の楽譜が欲しかったら味方として、同盟相手としてしっかりワシ等に協力することじゃ。」


「力でねじ伏せるという手もあるのだぞ。」


「フフフ、しかしワシは平和主義者なので穏便に頼むのじゃ。お主も数々の名曲を知らずに死にたくはなかろう・・・。そうじゃ、芸術大臣なんて職はどうじゃ。それだけ芸術に造詣が深ければ適任であろう。」


「フム、悪くはないな・・・って貴様、誰に向かって口を利いているのだ。」


「人には向き不向きというものがあるのじゃ。お互いが良い方向に治まるならそれが一番良いのではないか? 王になることだけがお主の道ではなかろう、考える時間はたっぷりある。」


「・・・。」


「報酬の楽譜はいつでも用意しておく、成果の報告を待っておるぞ。」


 片付け終わったのを確認してから軽く手を振ってその場を去る。




 その後事務員たちに呼び止められ、ブルード・カースチン公爵を紹介される。バストル第二王子の支援者だ。


「すばらしい演奏でしたよ。まさか妖精たちに見たことのない楽器を持たせるとは思いもよりませんでした。背後に映し出された風景もお見事。しかも今まで聞いたことのない名曲の数々が、町中に響き渡りましたぞ。今宵の我が家の晩餐会にぜひ招待させていただきたい。」


「それはありがたい申し出じゃの。後ほど喜んで伺わせて貰おう。」


 カグヤは好意的に誘われた晩餐会に行くことになった。場所はテレサが知っているらしい。


 港に向かいながらテレサと話す。


「バストルの後援だけ合って音楽好きなのかのう?」


「はい、バストル殿下の下には芸術に造詣の深い方々が多く集まってます。」


「土産は何が良いかのう。」


「特に必要は無いと思いますが・・・。」


「どうせ行くならさらに好感度をあげておこうと思ってのう。」


「それはいい考えですね。でも、私なら食べ物が一番ですが、あの方達は何がいいのでしょうねぇ。」


 ひょっとしたらと思ってテレサに聞いてみたが無駄だった。


「そういえば、化石を集めてると聞きました。お屋敷には珍しい化石が並んでいると聞いてます。」


「ホホウ、それはそれは、では恐竜の化石入りの大理石が喜ばれそうじゃのう。」


「そんなのがあるのですね。」


「ワシが持っていてもフロの壁にしか使わんからのう。」




 港に着くと最後の収穫とばかりに所狭しと並べられていた。


「今日はすべて金貨でいただけると助かります。」


 漁師たちは申し訳なさそうな顔で話す。


「フム、良いぞ。臨時収入も入ったしの。」




「それにしても毎日こんなに魚や貝を買って何に使うのですか?」


 テレサが尋ねてくる。


「加工して別の食べ物を作ったり飢えている者たちに売ったり施したり、趣味で食べたりといろいろじゃな。二日に一回はサシミか塩魚かテンプラでもいいぐらいじゃ。タイなんかは煮込むのがワシの好みじゃな。ゲソ焼きもうまいし、牡蠣のフライも絶品なのじゃ。」


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