第20話 黒き蝶の羽

 翌日9時前、闘技場の受付。カグヤは早めに来て受付を済ませていた。


「今日は3試合じゃったな。」


「はい、午前に一回、午後に二回です。お昼は中で食されても構いません。」


 予選から勝ち抜いてきた64名と軍団や貴族から出るシード64名のあわせて128名から16名が選出されるそうだ。観客席は立ち見がでるほど満員だった。貴族が含まれているため、三日前に比べて良い装備をしているものが多い。さらに闘技場の周縁には数人の治癒術師が配置されている。


「貴族が入ると至れり尽くせりじゃな。」


 行政官が高台で挨拶し、最初に16組が呼ばれて試合が始まる。


 三日前と比べて違うのは、呼ばれる名前の前にあだ名が付けられていたことだ。

漆黒の・・・。駿足の・・・。怪力の・・・。黄金の騎士・・・。鉄面の・・・。

と何かしらの名前がついていた。


「あれ、これって申告制なのか? 何も聞かれなかったぞ。」


 と呟くと、予選から勝ち抜いてきたであろう近くの男が笑いながら教えてくれた。

「譲ちゃんは初めてで知らんだろうが、2日間の休みの間にあだ名がつけられ公表されるんだ。俺様は剣豪様だぜぇ、アッハハハハハッ。」


 男は片手を上げておどけている。うれしそうだ。


「譲ちゃんは、黒き蝶の羽だったぞ。王族から直々のお達しとのことだ。」


「ウーン、微妙じゃな。」


 カグヤは改めて自分の服を見る。今日の着物の柄は、黒地に唐草模様だ。


「ここまで勝ち抜いて来た者たちは貴族がほっとかないからな。みんなどこかしらに雇われることになる。みろ、今日は貴族席も満杯だぞ。譲ちゃんはどこか雇われる当てがあるのかい? 」


「いや、そんな気はないのう。ただ王に頼みごとをしたいだけだったのだが、こんなことになってしまったのじゃ。」


「ほーそうなのか。ま、譲ちゃんなら優勝まで行って話も聞いてもらえるさ。願いが叶うといいな。応援してるぜ。」


「・・・。」


 男はそう言うと試合の観戦に行く。カグヤはテーブルと椅子を出しのんびり待つことにした。お茶とブドウと煎餅を出して食べ始める。カグヤはたべながら考える。


「なんか物足りないと思ったら花が無いのう。」


カグヤはテーブルを片付けてから蝶型のヘアクリップを髪につける。


「お、譲ちゃんそれはどんな効果があるんだ?」


「ン、効果は『かわいい』じゃ。デメリットは似顔絵つきのプロフィールが殺到することじゃな。」


「俺も送っていいか?」


「送られたゴミは呪いを込めて全て燃すだけじゃが。」


「連れねぇなぁ。」


 しばらくするとカグヤが呼ばれる。


「黒き蝶の羽、カグヤ。」


 一段高くなっている石作りの広い土台の上にあがり対戦相手と対峙する。


「始め。」


 開始の合図とともに、槍を持った相手が穂先を突き出し連撃してきた。カグヤは鉄扇で一撃ずつ払いのける。ゲームみたいで楽しかったが、飛び上がって重力を反転させ空中に足場を作り、逆さまの状態になって槍の連撃を交わしつつ突進する。

 相手の頭上を越えた辺りで体を反転させ地面に着地。相手は振り向きざまに槍を繰り出してくるが鉄扇ではじき襟首を掴んで足払いをして投げ落とす。

 相手は地面に叩き付けられた衝撃で一瞬スキができる。カグヤはそれ見逃さず槍を奪い取りながらうつ伏せになった相手の腕を片手で絞り上げ、取り上げた槍の穂先を首筋に当てる。


「そこまで。」


 歓声が上がり、カグヤは片手を上げてそれに答えた。


「さて、昼じゃな。外で日陰を探すかの。」


 カグヤは外に出て木陰を見つけ、そこにテーブルと椅子を出して昼食にする。メニューはお茶とボタモチとソーセージだ。


一人で黙々と食べていると、両手に丸い盾と使い古された剣を携え、立派な口髭をした大男が近づいてくる。


「お主が黒き蝶の羽か。」

 声がでかい。


 カグヤが見上げると、勝手に自己紹介を始める。

「雷神のブランブルド。第一軍団の突撃隊長だ。」


「ふむ、カグヤじゃ。」


「貴女のことはトーマス団長から聞いている。強いとわかっているので手加減はしないぞ。」


「ふむ、悔いの無いようがんばると良いのじゃ。」


「まったく緊張感無しか。それだけの武技をいったいどこで身に付けたのだ。」


「数多くの死線を潜り抜けてきた成果じゃな。最初から強かったわけではないのじゃ。」


「経験ということか。長命のエルフ族にも歴戦の戦士のような戦い方をする見た目が若い者もいるが、人族でも長命種の部族がいるのか。」


「そういえば、それなりに魔法が使える部族の寿命は長かった気がするのう。」


「ドルイド以外にもそんな部族がいるのか。」


「そうじゃな。海の向こうにおったかのう。」


 グゥゥゥゥゥゥー。

 ブランブルドの腹の虫が鳴る。


「それにしても、うまそうな物を食べているな。」


「つまり、昼食を忘れたのでたかりたいと。」

 カグヤは意地悪く言う。


「実はその通りなんだ、供のものが見つからなくてな、余り物があったら分けてくれんか。」


「フフッ、まぁよいぞ。」


 カグヤは笑みを浮かべながら椅子を出して席を勧めてから、お茶とボタモチとソーセージを出してやる。


「ああ、フォークがいるか。人により好き嫌いが出るが、甘さは抑えておるので大丈夫だと思うが。」


「おお、うまいなこの黒いの、ソーセージもなかなかじゃないか。旅商人と言う噂だが、いつもこんなうまい物が食えるのか。」


「ウム、うまい物を食うために旅商人をやっておる。食べ物に手抜きはしたくないのじゃ。」


「それにしても、その体格で無敵のガラムスを倒したとは信じられんが、さきほどの試合も見事だった。あやつの連撃をあそこまで見事に捌く者がいるとは思わなかったぞ。」


「空中で逆さに立ってやったら固まっておったな。あやつ不測の事態に弱いのではないか。」


「ハッハッハッ、そこまで見破るか、噂は本物のようだな。軍に入らないか? 指揮官待遇で迎えてもよいぞ。貴女のような者がいれば負け知らずの軍になりそうだ。」


「もっと大事な用があるのじゃ。ただ、いずれくつわを並べるときがくるかもしれんがの。」


「そうか、味方でいてくれるのは心強いな。」


 ブランブルドは食べ終わると礼を言って去っていった。カグヤも片付けてから闘技場の中に入る。その後2試合したが、お腹がいっぱいになって満足していたためか、ちょっとやりすぎて2試合とも一撃で気絶させてしまっていた。


「ああ、力技で倒してしまうとは我ながら情けない。」


 試合が終わり、明日のための手続きをする。


「黒き蝶の羽さまですね。いよいよ残り16名となりました。明日が最終日で9時から連続4試合で優勝です。その後夕方から王宮で表彰され、晩餐会となります。」


「そういえば、ここの礼儀作法を知らんな・・・。」


「大丈夫です、最高の武こそ最大の礼儀。多少のことなら誰も気にしません。私たちも応援しています。頑張ってください。」


 鼻息の荒い受付譲に思い切り手を握られて激励された。


 闘技場を出て、祭りでにぎやかな街を4人で歩き回ってから港に寄って魚を買う。


「そういえば、オークションは今日だったかのう?」

 カグヤは尋ねてみる。


「いえ、明後日の9時からとなります。金貨の受け取りはその翌日になりそうですね。」

 テレサが答える。


「ようやくあと数日か・・・。ずいぶんと長かったのじゃ。」


「その後どうされます?」

 テレサは寂しそうな顔を向ける。


「街を作らねば成るまいな。」


「そういえば、写本の閲覧許可は条件付きで出そうですよ。」

 ミューシーが思い出したように話す。


「ホホウ、それは朗報じゃ。見せたくない本をムリヤリ見せろとは言わぬ。どうせ初級レベルのどうでもいい魔法の文献とかじゃろ。」


「ハハハ、ガトリングでしたっけ? あんなすごい魔法の知識はこの国にはありません。」


「まぁよいわ。そうなると、転移魔法陣でも作るかの・・・。」


「えっ! お伽噺では出てきますが、そのような魔法が存在するのですか?」


「膨大な魔力がいるのでワシしか使えんぞ。」


「魔石とかで補助してもダメですか?」


「そんな便利な物が簡単に使えるわけなかろう。諦めよ。」


「作ったらぜひ見せてください。」

 ミューシーは興味津々だ。


「そうなると拠点がいるのう。写本はどこにあるのじゃ?」


「王宮の隣の高等大学院の中に図書館があります。」


「その近くに家を探すかのう。」


「えー、あるかなぁ・・・。」


「よし、図書館の近くの住人を追い出すのじゃ。」


「何を言ってるんですか!」

 テレサが驚く。


「金貨をチラつかせれば喜んで出て行く者もおるじゃろ。きっと大丈夫じゃ。」


「欲望に正直すぎます・・・それにしても、資料を読むのってそんなに楽しいのですか?」


「ウム、面白いぞ。アホなことから、そんなことまでと驚きの連続じゃ。ワシは知識の旅人であり知の冒険者なのじゃ。」


 カグヤは胸を張った。

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