第9話 マホ族の篭絡
お昼を食べ終わったカグヤたちは、馬車に乗り替えてゆっくり走りだす。
目的は旅人や商人を襲うという遊牧民の退治だ。
「風精霊シルフたちの話では、敵の合図が確認されたようじゃな。坂を下って平らになり、さらに上ったあたりに100人ほどが配置されてるそうじゃ。」
「ええっと、逃げて援軍を呼んだ方がいいのではないですか。」
ミューシーが提案する。
「それではガチの戦いになってしまうではないか。今回の目的はあくまでも話し合いじゃ。」
「襲ってきたらどうします。」
「当然、
「朝戦った地べた君レベルが二人、弓が十人、残りは雑魚じゃ、予定通り弓の弦はシルフに切らせ、雑魚はドライアド(木精霊)たちに縛り上げさせる。逃げた者はフェンリル率いるソウルウルフ部隊に引き摺ってこさせる。最後はグリフォンに周囲の警戒と、脅して次の段階に移るのじゃ。」
「トーマス団長が地べた君か・・・。」
ミューシーが呟く。
「はい、心得ております。」
テレサが返事をすると、2人は剣の柄を握りしめた。
そのまま進むと坂の手前で30人ほどあらわれ馬車の行く手を遮る。それに呼応するように後ろにも30人ほどがあらわれた。カグヤは馬車を止める。
「馬車から降りろ。」
盗賊らしき者が叫ぶ。
叫んだ盗賊は緊張しているようで、声がやや上ずっている。
「よーし、お前達は殺さずに奴隷として扱ってやるから感謝するがいい。」
カグヤはニコリと微笑むと同時に大声を張り上げる。
「フン、お前達の負けだ! シルフ弓を切れ、ドライアド(木精霊)は拘束、フェンリル(精獣)囲め、グリフォン(精獣)は辺りの警戒じゃ。一人残らず拘束するのじゃ。」
カグヤは叫ぶと同時に走り出し、盗賊たちとの間合いを一気に詰める。
一瞬で盗賊のリーダーらしき2人の剣を叩き落としてから、みぞおちに強烈な蹴りを入れると、二人は吹き飛ばされその場で腹を抱えてうずくまる。
ミューシーとテレサは馬の手綱を取ろうと飛び出してきた者を叩き伏せていた。残りの盗賊たちはなすすべもなくドライアドの伸ばした蔓に巻かれて次々と動けなくなっていく。逃げようとした者はソウルウルフ(精霊)に噛まれ投げ飛ばされて無力化された。
戦闘はすぐに終った。グリフォンが空から降りてきてカグヤに報告する。
「これで全員です。南に人族のテント村のようなものがあります。」
カグヤは蹴り飛ばした二人の襟首を掴んで馬車の近くに引っ張ってくる。
馬車の前には、蔓に縛られた盗賊たちが次々と投げ出され、フェンリルとソウルウルフたちがその回りを取り囲む。
盗賊たちは騒ぐことなく大人しくなった。
ミューシーが尋問する。
「いままでに何人襲った?」
「覚えておりません。」
「そいつらはどうした?」
「抵抗した者は殺し、逃げる者は放っておきます。」
「何人殺した?」
「3人。」
「殺したのか、次はお前たち一族全員が殺される番になったな。」
ミューシーは脅しも含めて強圧的にでたが、盗賊にしてはずいぶんと大人しいことに違和感を持った。
「・・・。」
盗賊たちは反論もせず黙っていたのでカグヤが話を引き継ぐ。
「盗賊行為はその場で処刑と相場は決まっておる。皆殺しになる前に言うことがあるなら聞いておこう。」
盗賊たちの中でも年上のリーダーらしき者が語りだした。
「このたびは精霊の御使い様とは知らず、とんだご無礼を働きました。」
「なぜワシが御使いだと思うのじゃ。」
「太古の昔、我等一族は精霊の御使い様のお導きで救われたと伝承で言い伝えられております。御使い様が旅立たれるとき、『何時の日にか立ち寄ることもある』とのお言葉を残していったようでございます。
そのときより我等一族は御使い様と精霊様を信仰し、いつか合えるそのときを夢みて生きてきました。御使い様が命をご所望というのならば喜んで差し出しましょう。
ただ、せっかくですので、一族の者にも御使い様のお姿を拝見させてあげてもらいたい。皆、喜んで御使い様のために命を捧げましょう。」
「御使い様、いかがいたしましょう。」
ミューシーは話をカグヤに振る。カグヤはため息を吐きながらこれまでの経緯を問う。
元は遊牧民国家として繁栄していたが、増えていく魔獣との激しい戦いで疲弊し、さらに回りの国々に侵略され滅亡寸前にまで追い込まれた部族だった。
ある日現れた精霊の御使いのお陰で救われ、その後繁栄を極め広大な領土を支配した。
その後人口も増え、10の支族に分かれて暮らしていたが、新興国のラーマ帝国との戦に破れ土地を奪われ、新天地を求めて生き残った他の四部族と共にこの地に逃げてきたらしい。
人数が少なく、食料に余裕のあった三部族は平和裏に牧畜をして暮らしていける土地を求めてさらに南下していった。
人口が多く、食料が不足していたマホ族だけはここに残り、ロート市を襲って略奪をするつもりだったようだ。スモールアントの存在に気づいて退治しようとしたが、怪我人が多く出たので諦めたとのことだった。
「まずは一族のところへ案内するのじゃ。ワシからの啓示はそのときにおこなう。」
「おお、皆も喜びましょう。残っている食料すべてを使って歓待させていただきます。われ等一族への処罰はその後にお願い申し上げます。」
「あいわかった、ドライアド放してやってくれ。」
「先ほどのカグヤ様への暴言は許されません。息の根を止めてから放しましょう。」
「あー、何かしようとしたら遠慮なくやってよいが、今は放してやってくれ。」
「・・・仕方ありません。」
ドライアドは残念そうにしていたが、キッと盗賊たちに向き直り
「お前たち延命できたことをカグヤ様に感謝しなさい。」
そう言いながら拘束していた蔓を外していった。
数人を先触れに出させ、盗賊たちを先頭にカグヤたちも付いていく。
「大丈夫でしょうか。」
ミューシーは襲撃を心配してカグヤを見る。
「おかしなことがあればシルフたちが知らせてくれる。」
カグヤは答える。
「よくみるとみんな痩せてますね。・・・やっぱり処刑するのですか?」
テレサはやや同情した面持ちでカグヤを見る。
「どちらにしても啓示はせねばなるまいな。」
カグヤは考え事をしながら答える。
「ああ天界の神々たちよ、この者たちに救いの手を・・・。」
テレサは手を合わせる。
「なんだか、自分達が悪人に思えてきました。」
ミューシーも居心地の悪さから思わず口にする。
カグヤは黙って聞き流す。
しばらくついていくとゲル(モンゴルテント)がいくつも見えてきた。
カグヤたちはゲル群の真ん中あたりに案内される。そこには祭壇のようなテーブルが用意されていた。
精獣フェンリル、精獣グリフォン、木精霊ドライアド、精霊ソウルウルフたちはカグヤの後ろに控え、風精霊シルフたちは追いかけっこをしながら空を飛びまわっている。
マホ族の人たちは料理の準備で忙しそうだったが、カグヤたちに気づくと跪いて整列する。
「皆、顔を上げよ。聞け! 我はカグヤ・ムーン・アイナリント、数千年ほど前にお前達の祖先を導いた者じゃ。」
シルフたちがカグヤの声を
「今貯蔵している食料をすべて調理し我に供物を捧げよ。まずは普段食べているお前達の食事を祭壇に捧げるのじゃ。」
「おおー、ありがたい。精霊さまたちもなんとご立派な姿をしておられることか。」
年寄り達は涙を流して喜んでいた。若い者達はうれしそうに食事を並べていく。
祭壇にはいろいろな料理が並べられたがどれも貧相なものばかりだ。
カグヤは新しく取り出した皿に少しずつ料理を取ってカグヤたちのテーブルに置く。
「残りの料理は下げ渡す。今日中にすべて平らげよ。」
子供達は久しぶりのごちそうに大喜びだ。大人たちも黙って食べ始める。
テレサはカグヤの隣で悲しそうな顔をしていた。しかし、カグヤはエールを入れた容器を手に取って考え込んでいた。
カグヤはしばらくしてから族長を呼ぶと
「この一族に病気の者はおるか?」
「はい、怪我をして動けない者が88人となにかの祟りで動けなくなったものが3人ほど。」
「なるほど、すぐに案内せよ。」
「は、ではこちらへ。」
族長はカグヤを案内する。テレサとミューシーも何事かと付いて来る。
少し離れたところにあるゲルに案内され中に入ると、そこには重症の患者で溢れていた。
「長い逃亡の間にずいぶんと減りましたが、それでも生き残った者達です。」
族長は淡々と説明する。
「アルテミス(精霊)、治せるか。」
カグヤは過去にイメージで作ったアルテミスと名づけたオリジナルの上位精霊を呼び出す。
「はい、お任せください。」
精霊アルテミスは両手を広げて光を放つ。放たれた光は煌きとなって周囲に散らばる。しばらくすると怪我人の怪我は治り、無くなった手足が復活する。
「おー、痛くない」
「足が生えたぁぁぁ」
「治ったぁぁぁ」
と喜びの声が聞こえてくる。族長はしばらく唖然として動かない。
「次の怪我人のところに案内せい。」
カグヤは族長を急かして次のゲルに移動する。同じことを繰り返し最後のゲルに入る。
「呪われた者たちにございます。」
見ると皮膚が斑に黒く変色し苦しそうにうめいている。
「アルテミス。」
カグヤはアルテミスに治療するよう促す。
「はい、それでは」
同じように光で治す。
「これは呪いではなく、悪い水を飲んだのが原因のようじゃな」。
新しい水場を作るので、今使っている水場の水は飲まないように指示し祭壇に戻る。
戻った頃には皆食事を終え食後の片付けをしていた。カグヤは祭壇に立ち大声で叫ぶ。
「皆そのまま聞け! 啓示の儀をおこなう。」
声はシルフを通して遠くまで拡散していく。マホ族のものは慌てて集まりだしてヒザを突く。テレサとミューシーは黙って行方を見守っていた。
「これより、お前達にはここに定住することを許す。他種族とは友好を結び冒険者や商人、旅人を快く迎え入れ、ときには助け交易を行え。
そして、これから来る新しい難民も受け入れよ。牧畜だけではなく農業にも本格的に取り組むように。また、これより盗賊、強盗行為に及ぶ者は処罰する。ワシの許可なく他者に危害を加える行為も禁止じゃ。
最後に、食料は新鮮なものを出すのでそれを使うように、大量においていくので安心せよ。」
少し間を置いてからさらに続ける。
「これは頼みでなく命令じゃ。異論のある者は前へ出よ。言葉ではなく武をもって示せ。」
同時にグリフォンが羽を広げて威嚇し、フェンリンとソウルウルフたちが遠吠えをする。
ほとんどの者が黙って平伏する中、三人だけ立ち上がってカグヤを睨みつける。
・・・フム、若いものほど伝承を疑う柔軟性があるようじゃ。
カグヤは立ち上がった三人に
「三人か、よかろう武器を持て。」
三人が武器を取りに行ってる間に祭壇前に広場を作らせる。
一人目、族長とは別派閥の長らしい。
「戦う前にきさまの口上を聞こう。」
カグヤは1人目の男に話しかけた。
「お前のような小娘の下に黙って付くことなどできるか。」
一人目の男はそう言うと同時にカグヤに切りかかる。カグヤは軽く横にかわし、みぞおちに鉄扇を打ち込む。
グォォォーと叫びながらもんどりうって悶える。カグヤはそれを蹴り飛ばして次の者を見る
「次は誰じゃ。」
2人目の男が仁王立ちになって大声で叫ぶ。
「多種族と友好なぞできるか。」
そう言いながら槍を向けて突進してくる。串刺しにする気だ。
カグヤは鉄扇で軽く払い受け、足を掛けて転がし、立ち上がろうとするところを狙って上から鉄扇で頭を叩いて気絶させる。
三人目はそれを見て叫ぶ。
「貴様を倒して俺がこの一族の支配者だ。」
大柄なその男は大きな銅製のハンマーを片手で振り上げ、ガクヤの頭を狙って打ち下ろす。
カグヤはゆっくり鉄扇を上げそれを真正面から受ける。
ガキーン。大きな音がした。
「もうちょっと力を出せ、非力にもほどがあるのじゃ。」
カグヤはハンマーを押し返しもう一度打つよう促す。
「くっそぉぉぉ」
今度は両手で思い切り振りかぶって打ち下ろす。ガキーン。
「ムダじゃったな。」
そう言うとカグヤは大柄な男の顔面に両足キックをぶちかます。大柄な男はおもちゃのように回転しながら飛ばされ気絶する。
「水をかけて叩き起こせ!」
カグヤが号令すると、他の男たちが三人をカグヤの前に連れてきて、頭から水をかける。
三人は起こされ、カグヤの前に乱暴に連れて来られた。
「恭順か死か、選ぶが良い。」
三人は頭を下げ黙ってひれ伏した。
「これからの事は族長シャチ・センバルに伝える。お前達三人も一緒に聞き、以後族長を助け一族を導け、以上じゃ。」
族長は横から口を入れる。
「精霊の御使い様と知りながらのこの行為。生かしておいてよろしいのでしょうか?」
カグヤは遠い目をしながら静かに語る。
「フフフ、お前達の先祖とはよくこうして体で話し合ったものだ。勇敢な一族の血は廃れてはいないようで安心したのじゃ。誇るが良い。」
・・・やれやれ、これで区切りがついたか。
カグヤは魔法で水場を作り、水魔石を簡単に抜けないようにセットして簡易水道を作る。
「シャチ、当分はこれを使うのじゃ。」
「は、かしこまりました。それにしても驚くことばかりです。・・・あの、私共はカグヤ様に付いていってほんとうによろしいのでしょうか。」
「うむ、しばらくはここを拠点にするつもりじゃ。その間の保護は約束しよう。その後はまた旅に出る。」
「いつまでもいて下さるとありがたいのですが。」
「ワシは神々のように暇ではない。・・・おっと、食料はどこに出せば良いのじゃ。」
「こちらにお願いします。」
案内されたゲルにポンポンと米、小麦や野菜、果物を出していく。
「二、三ケ月経ったらまたくる。肉は狩りで集め、武の筋錬にも励むのじゃ。強い魔獣が出て困るようなことがあればグリフォンに頼むが良い。農業のことはドライアドと相談せよ。」
「おお、こんなに・・・当分は飢えずに済みそうです。ありがたいことです。」
「では今後の打ち合わせをしたい。主だったものを集めよ。」
カグヤは集まった者たちの前で今後の予定を軽く話す。
近くにカグヤの住む建物を建てそこを中心に街を作ること。
特産品を作って交易をさかんにし街を大きくすること。
国家は作らず、他国の保護下に入ること。
西の大森林を開拓して治水もしながら農地を広げ、難民をそこに受け入れること等。
「あとのことはワシが帰ったあとじゃ。ま、なんとかなるじゃろ。」
「は、仰せのままに。」
マホ族の者たちはカグヤを中心に集まると、膝を突いて頭を下げた。
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