第二章
第9話 所詮、同情でしかない(side ユキネ)
「創路ユキネさんはいますか?」
公開実技試験から数日後────クラスでぼうっとしていたあたしを呼ぶ人が現れた。どこかで見覚えがあった。たしか……リツちゃんのオケにいた人な気がする。特に一人はコンミスの……。
「ね、ねぇ。カノンちゃん。急に言われても困るだけじゃないかな、大丈夫かな……」
コンミスの子がポニテの子の袖を引っ張っている。
「じゃあアイリはあのままでいいの? 女帝と喋ってたのは創路さんだけなんだから、これしか手がかりないじゃん」
「そうだけどさぁ……」
「もしもし?」
二人で話しているところにあたしが声をかけた。二人は自分であたしを呼んだくせに、びくっ、と肩を揺らした。
「えっと、誰だっけ。どっかで会ったかな?」
「あたし、西島カノン。こっちは宮本アイリ。第三オケの」
「あー、やっぱり。リツちゃんのとこの人だったかぁ。どっかで見たことあると思ったんだよね。クラとコンミスの人でしょ」
西島さんは頷いた。
「その……大丈夫? リツちゃんも、キミたちも」
そう尋ねると、西島さんはポニテを弄りながら苦笑した。
「うーん、ちょっと問題が勃発中。分裂しちゃって。女帝も来ないし。何やってんだろ、あいつ。迷惑かけてさ……」
忌々しそうにカノンは言った。あたしは気にかかることがあった。
「リツちゃん、来てないの?」
「うん。指揮科のクラス覗いたけどいなくて、オケにも来ない。おかげでどんどん辞めちゃって……だからあんたに会いにきたの」
「あたしに?」
「うん。女帝の居場所知らない?」
質問に答える前に────わざわざリツちゃんを探しに来ているあたり、きっと根はいい子なのだろう。リツちゃんのことを『女帝』と何の気兼ねなく呼ぶ彼女に、あたしは良い印象を持てなかった。
「女帝ってリツちゃんのこと? 知らないな」
「本当に? 仲良いんじゃないの」
「仲良くは……どうだろ、めっちゃ塩対応されてたし。少なくとも向こうはそう思ってないんじゃない」
西島さんは難しそうな顔をして腕を組んだ。
「マジか。くそー、手がかり無しじゃん」
「あのさ。余計なお世話だと思うけど、リツちゃんのこと女帝って呼ばない方がいいよ。嫌いみたいだから、その呼び名」
西島さんは怪訝そうな表情を浮かべる。
「え、あんたに関係あるの? それ」
「言われたことだからさ。あんま本人が嫌がるようなことしない方が良いと思うけど」
「はぁ? あいつこそ嫌な事ばっかしてきたんだから。悪口言われても仕方ないでしょ。女帝って呼ぶのが悪口なのかも怪しいけどね。みんな言ってるし」
「嫌な事されたからってし返すのも、みんながそうしてるからって同じことするのもすごいダサいよ。いじめじゃんそれ」
西島さんはあたしを刺々しく見上げた。
「何、喧嘩売ってる?」
「いや? あたしは自分が思ったこと言ってるだけだから」
「ね、ねぇ! なんで険悪になってるの!?」
火花を散らしはじめた二人の間に宮本さんが立った。心労がありありと顔に現れていた。
「ごめんね、創路さん! カノンちゃんも別に悪気があって言ってるわけじゃなくて、えっとね、だから私たちが知りたいのはね……」
「リツちゃんがどこにいるかは知らない。そもそもここ何日か会ってもいないし。どうりで、学校に来てないなら当たり前だよ」
「連絡先とかは……?」
「それも分からない。リツちゃんに何かあった?」
宮本さんは言い辛そうに視線を彷徨わせた。
「実は、ずっと学校に来てないみたいで……第三オケが無くなってもいいのかなって。抜けた人もいるけど残ってる人もいるの。このままじゃオープンキャンパスに向けて練習もできないし。だから一度話をしたくて」
「うちは別に無くなってもいいんだけどね。でも一度はあの女にちゃんと説明してもらわなきゃ気が済まない」
西島さんはふん、としかめっ面で零した。あたしはため息を吐いた。
「……じゃあダメ元だけど、リツちゃんの家に行ってみる?」
「家知ってるの!?」
西島さんは目を見開いた。
「や、途中までの道を知ってるだけで。帰り道一緒だったことがあるからさ」
「よし、行く! アイリもいいよね!」
「う、うん……」
無事目的を果たしたらしい西島さんは「じゃ放課後!」と、宮本さんの腕を掴んでさっさと自分のクラスに帰ってしまった。先ほどまで険悪な雰囲気だったのにすぐさま空気が変わった。無邪気な人なんだな、とあたしは拍子抜けした。
「必死過ぎるよな、あたし……」
独り言ちる。身体がむずむずした。リツちゃんのことを女帝と呼ぶな、なんて、わざわざ言わなくてもいいことだったはずだ。それでも言わずにいられなかった。彼女の思い詰めたような表情が脳裏にこびり付いていたから。
「はぁ……らしくないな、ほんと」
やれやれ、と肩を落としながら自分の席に着き、机に突っ伏す。ピアスが机に当たってカチカチと音がした。
リツちゃんのことを知って、自分と重ねて、それ以来冷静でいられない。札付きの自分がリツちゃんと関わっても碌なことにならないはずなのに……それでも放っておけない。
あの小さな身体を、さらに小さくさせて帰る後ろ姿を見てしまったから。
「所詮、同情でしかないよなぁ……」
これ以上考えても仕方ないと、あたしは机の上で目を閉じた。
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