第7話 覗

 「アルバトロス、お前はどちらの果実が好きなんだ?」

 「え!どういうことだ」


 「とぼけるなよ。お前が見たいと言ったんだろ?」

 「ミーラン、何が言いたいのだ」


 

 俺はいきなりミーランが果実の話しをしてきて意味が理解できない。魔界にも人間界のように果実は存在する。どのような果実が好きか聞かれたら答えることもできるが、どちらの果実が好きか聞かれても、比べる対象がわからないと返答しようもない。



 「俺は大きく実った弾力のある果実も良いと思うが、小ぶりだが凛とした佇まいの小粒な果実も悪くないと思っている。あのマシュマロのように白くフワフワの大きな果実に顔をうずめて至福の時を過ごすのも良いが、小さくても暖かみのある果実にほおずりするのも悪くない」



 なにやらミーランがおかしなことを言いだした。



 「中身の問題だろ」



 俺はミーランが何を言いたいのかよくわからないが、大きい果実か小さい果実のどちらが好きか聞いているのだと判断した。俺たち魔族は効率的な生き物である。果実を摂取するときに大事なことは、どれくらいの栄養素が入っているかが重要である。いくら大きな果実でも栄養素がすくなければ意味はなく、小さくても栄養素がたくさん入っていれば問題はない。ようは大小は関係はなく果実を形成している栄養素の量が大事だと俺は伝えた。



 「正解だ!俺もそう思うぜ。あのいまにも服を破ってしまう破壊的な大きな果実はとても魅力的だが、それをさらに魅力的にさせるのは、元気はつらつで俺たちを鼓舞してくれる明るい笑顔と仲間思いの優しさだ。それが相まってあいつのたわわをより魅惑的に感じさせるのだろう。一方、質素で控えめだが落ち着いた佇まいの小さな果実も魅力的だ。いついかなる時も冷静で強弱の無い声のように凹凸は少ないが、俺たちの心に平穏と安心感と冷静な判断を与えてくれる。物事を大小で選ぶなど無意味で浅はかだと考えさせられるだろう。しかし、時には重大な選択を迫られる時がある。これは究極の選択だ。どちらかをえらばなければいけない時もくるはずだ。俺はその時は小さい果実を選ぶだろう」



 ミーランの頬が少し赤く染まっていた。俺にはその理由は今は理解できなかった。



 「何を言っているのか理解はできないが、どちらかを選べと言われたら俺は大きい果実を選ぶだろう」



 大は小を兼ねるという言葉があるように、大きい果実か小さい果実どちらかを選べと言われたら、大きい方を選ぶのが王道だ。



 「そうか!そうか!それは良かった」



 ミーランは嬉しそうに微笑んでいた。なぜ、俺の答えを聞いてミーランが喜ぶのか俺には理解できなかった。



 「アルバトロス、だいぶ川に近づいてきたぞ。ここからは一瞬の油断も命取りになるから気を付けろよ」

 「わかった」



 これより先はかなり危険な場所になるのだろう。しかし、そんな危険な場所にメーヴェたちを行かせたミーランは、仲間への配慮が欠けていると俺は感じた。



 「バレたか!」



 ミーランが小声で叫ぶと同時に小さな氷の塊がミーランを襲う。氷の塊はミーランの足元に直撃して足を凍らせてしまった。



 「アルバトロス、俺に構わずに先に進め。そこにお前が求めていた桃源郷があるはずだ」



 アルバトロスは足が凍り付いたので動くことができなくなった。



 「どうしてだ。なぜ、お前に攻撃をしてきたのだ」



 ミーランを襲ったのは魔獣でも魔族でもない。



 「焦るな、アルバトロス。お前はまだ気づかれていない。さっさと行け」



 ミーランの力強い眼光に俺はなにか熱い思いを感じ取ることができた。



 「わかった」



 なぜ、視界の悪い森の奥で水浴びをしているのかを突き止めるために、これほどの熱い思いを感じるのか理解できないが、その真相を知った時、俺はミーランの気持ちを理解することになるだろう・・・たぶん。

 俺はミーランのアドバイス通りに完全に魔力と気配を消しながら森の中を突き進んでいく。魔獣の気配は全く感じないし怪しい人物もいない至って平穏な森だ。しかし、この奥に何か重大な秘密が隠されていることは間違いないはずだ。俺は最大限の厳戒態勢をとりつつ先に進む。



 「クレーエ、ミーランにお仕置きをしておいたわ」

 「ありがとうございます。ミーランは正統勇者一行としての義務から解放されて堕落してしまいました。アルのように正統勇者としての資格を失っても誠実な心を持ち続けて欲しいです」


 「そうね。でも私はアルになら覗かれてもいいかも」



 メーヴェは頬をピンク色に染めて恥ずかしそうに答える。



 「何を不謹慎なことを言っているのですか」



 クレーエの強弱のない口調に少し乱れを感じる。



 「もう、私たちを束縛する足かせは取れたのよ。少しはクレーエも素直になっても良いと思うの」



 正統勇者一行、それは人間界を魔王から守る正義のヒーローである。その使命は重大であり、無駄なことに現を抜かしている余裕はない。常に高みを目指して研鑽し、その高めた力で多くの人間を救うことを義務付けられている。しかし、正統勇者一行は魔王に敗れたことによりその義務から解放された。



 「私たちは魔王に負けました。天地がひっくり返っても勝つことができない大きな実力差を知りました。しかし、私たちの正統勇者一行の旅は、まだ終わってはいません。私たちの旅の始まりの地であるビアラークテア王国に戻りプラネート国王陛下に敗戦の報告をするまでが正統勇者一行としての最後の役割です。それまでは気を抜くわけにはいかないのです」

 「相変わらず堅いわね。もう、聖女としての役割も脱ぎ捨てたらいいのよ。いつまでも神の束縛に振り回される人生は終わりにしましょ」



 僧侶クレーエは神の信託を賜ったミルキーウェイ神国のゾンネ神王より聖女と任命されていた。

 


 

















 

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