第6話 浴

 人間とはとても非効率な生き物である。人間が絶対に魔族に勝てない理由はその非効率が原因である。人間の非効率な点をさらにあげるとすれば、思考回路が一つしかないことである。人間には脳が一つしかないので、一つのことしか考えることができない。それゆえ一つの行動しかできない。いや、人間は同時にいろんなことを考えて、あらゆる事態に備えて行動できると思うかもしれない。しかし、それは、一つのことを重ね合わせたうえで成り立つ思考であり、思考回路は一本の木のように枝分かれしているにすぎない。

 俺が言いたいのは魔族は同時に複数のことを考えることができる。それは同時に複数のことをすることができるという意味である。木の話しで例えるならば、一本の木ではなくたくさんの木があると考えてもらえば良いだろう。もちろん魔族も人間と同様に体は一つしかないので行動は一つになるが、直前までに無限の選択肢が用意されていることになる。

 一つの思考回路しか持たない人間は全ての攻撃が単調であると言わざる得ない。例えば剣技、人間の戦士は剣と盾を持つだろう。両方の手で剣を持たないのは、二本の剣を同時に使いこなすのが下手だからである。だから、攻守を切り替えて使う剣と盾を持つのである。しかし、魔族は二つの手で二つの剣を同時に使いこなすことができる。魔族によっては二本以上の手を有する者もいるが、その者は複数の武器を同時に使いこなすことができる。次に魔法、人間は一つの簡単な魔法しか発動できない。それは思考が一つしかないので、魔法術式を一つしか描くことができず簡素になるからである。それゆえに、魔法で空を飛ぶことができないのである。同時に複数で高度な魔法術式を構築できる魔族には遠く及ばない。

 本当に人間は非効率な生き物である・・・




 俺たちが幻影魔城【夢想トロイメライ】の跡地から旅立って二日が経過した。馬車はコトコトと音をたてながら長閑な草原地帯を走る。



 「一旦この辺りで休憩をとりましょう」



 クレーエの単調な声がキャリッジ内に静かに浸透する。何度聞いても心が安らぐ声である。



 「昼飯には少し早くないか!」

 「この辺りの近くには川があります。少し水浴びをさせて欲しいのです」

 「え!川があるの。私も水浴びしたい」



 いつ聞いてもメーヴェの元気な声は気持ちが良い。



 「そういうことか!それなら休憩をとるぞ。アルバトロスもいいよな」

 「あぁ」



 人間は魔獣と同じように川で水浴びをして体を清潔にするらしい。メーヴェの話しでは、町などではお風呂というお湯を貯めた箱で体を洗うのが習慣であるが、外ではお風呂がないため川などで体を洗うらしい。ここでもまた人間の非効率なことが浮き彫りになった。魔界にはお風呂という施設はないが、魔獣のように川で水浴びをして体を洗うという非効率なことはしない。魔族には治癒魔法と同系統である洗浄魔法というものがある。洗浄魔法を使えば自分の体だけでなく、あらゆる物や場所を洗浄することができる。魔族はとても清潔な種族なので戦闘だけでなく清掃にも優れている。



 馬車は平原の平坦な道を外れて鬱蒼と木々が生い茂る森の近くに移動して停車した。



 「メーヴェ、結界魔法を設置しました。魔獣の感知はありませんので、ゆっくりと水浴びができると思います」

 「ありがと、クレーエ。さっそく水浴びをしましょ。ついでに服も洗わないとね」



 2人は森の奥に入って行った。俺は水浴びをすると聞いた時からある疑問を感じていた。



 「ミーラン、どうしてアイツらはわざわざ森の奥の川に向かったのだ?草原の近くの川の方が近かっただろ?」

 


 馬車が走る草原の近くに綺麗な川が流れていたにもかかわらずに、クレーエは馬車を止めるどころか道をそれて森の方に進んで行った。その意味不明な行動に少し苛立ちを感じていた。



 「ガハハハハハ。そうだな。たしかにそうだ!あの見晴らしの良い場所で水浴びをした方が俺も良いと感じていたぞ。しかし、その言葉をクレーエ達に言わなかったのは正解だ!」



 ミーランは腹を抱えて笑い出した。



 「何がそんなにおかしいのだ。俺は真面目に話しているんだぞ」



 なぜミーランが笑っているのか俺には理解できない。



 「悪い、悪い。俺は決してお前をバカにして笑ったわけではない。あの真面目で女に全く興味がなかったお前が、水浴びを覗きたかっただなんて俺は嬉しいぞ」



 ミーランは太くてごつい腕で俺の背中を叩く。その大きな手は、俺の背中にダメージを負わせるのではなく、優しく包み込むように感じたのはなぜだろうか?



 「覗く?何を言っているんだ」

 「ガハハハハ、あんな見晴らしの良い場所で水浴びをしたら俺たちに丸見えじゃないか?だから森の方へ移動したんだ。まさか本気で言っているのか」


 「あぁ。ただ水を浴びるだけだろ?」

 「ガハハハハハ。そうだ。確かにそうだ。ガハハハハ」



 ミーランはさらに笑いが止まらずに腹を抱えてうずくまる。



 「何がそんなおかしいのだ!きちんと説明しろ」

 「悪い、悪い、本当に悪い。そうだな。お前はもう正統勇者ではないし俺も正統勇者一行ではない。少しくらい悪さをしても何も問題はないだろう」



 俺にはミーランが何を言いたいのか全く理解できない。



 「アルバトロス、アイツらがなぜ森の奥の川に行ったのか教えてやる。俺に付いて来い。だが、クレーエが結界魔法を張っているから魔力を最小限にとどめろ」

 「なぜだ?なぜ最小限にとどめるのだ?」


 「いいから俺の言ったとおりにしろ」

 「わかった」


 

 俺はミーランに言われたとおりにした。





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