第4話 論 

 「どうしたの?アル。口からよだれがでているわよ」


 

 俺の顔を見たメーヴェがクスクスと笑いながら声をかける。



 「アル、何をそんなにも驚いているのでしょうか?もしかして、日常生活の記憶もなくしたのかしら?」



 俺の慌てふためいた姿に冷静で落ち着いたトーンでクレーエは答える。



 「このサクサクとした物体に包まれた肉がレッカーフーンなのか?」



 俺はこの時冷静さを失っていた。魔王であることをバレないように言葉は慎重に選ばなければいけないのだが、あまりにもいびつな造形物に変形したレッカーフーンの肉を目のあたりにして心が動揺していた。



 「アルバトロス、これはレッカーフーンのモモ肉を味付けした後に片栗粉で衣を付けて揚げた料理だ。一回食べてみれば思い出すだろう」



 ミーランは簡単に説明をしてくれた。しかし、俺には理解不能な内容だった。魔界では生の肉をそのまま食べるしか方法はない。味付け?片栗粉?揚げる?どういう意味かはわからないが、ミーランがいう通り食べてみれば理解できるはずだ。俺は素手でレッカーフーンの唐揚げを掴み取りそのまま口の中に入れた。



 「・・・うまい。こんな美味しい肉は初めてだ」



 俺は思わず目から涙が溢れ出ていた。魔族にとって食事とは栄養を補強するための作業であり、美味しく食べるという概念はなかった。食べれる部位だけを切りそのまま食べていた。それが一番効率的で無駄がない栄養補給方法だと考えられていた。しかし、今俺が食べたレッカーフーンの唐揚げは生肉ではなかった。サクサクとした衣にレッカーフーンのジューシーな旨味をとじこめて、口の中で衣を破壊した時に一気に溢れ出る旨味は、舌を伝わり全身に駆け巡る。旨味で高揚した体からは歓喜の涙のように汗が至る所から流れ出る。

 ただ栄養を補給するだけなのに、全身に満足感を与える食べ方を考えるとは、人間とは本当に効率の悪い生き物だ。無駄なことに時間をかけているとしか考えられないと思っている俺だが・・・体は正直であった。気づけば俺は一心不乱にレッカーフーンの唐揚げを食べていた。



 「アル、そんなに急がなくてもたくさんあるわよ」



 俺が慌てて食べている姿をみたメーヴェが優しく声をかけるが、生まれて初めて食べる美味しい食事に俺は没頭して食べ続けた。


 

 「アル、レモンをたらすと油っぽさが緩和して口の中がスッキリしますよ」



 クレーエがレモンを差し出してくれた。



 「アルバトロス、俺はレモンではなく塩コショウをかけることをすすめるぜ!」

 「違うわよ!唐揚げにはマヨネーズをかけるのが一番よ!」

 「メーヴェ、違います。健康面も考慮するとレモンをかけるのが最適です」



 俺が無我夢中に食事をしている間に仲間の3人が口論を始めた。数分前の俺なら肉の食べ方で口論をするなど非効率で無駄なことだとバカにしていただろう。しかし、レッカーフーンの唐揚げを食べた俺にはそのような気持ちを抱くことは決してない。それどころか、これほどまでに美味しいレッカーフーンの唐揚げに、別の味を足すなど言語道断だと意見してしまうだろう。



 「ねぇ!アルはどう思う」

 「アルはどう思いますか」

 「アルバトロス、絶対に塩コショウだよな」



 3人はこれまでに見たことのない必死な眼差しで俺に意見を求める。じつにくだらない、本当に滑稽だ。こんな無駄なことに時間を費やすなら魔法を探求し、剣技を磨き、武を極め、強者の頂を目指せ!と数分前の俺なら思っていただろう。



 「こんな美味しい食べ物に他の味を付けるのは邪道だ!俺は絶対に何もかけないぞ」



 俺は考える間もなく自然とこの言葉を発していた。これが今の俺の嘘偽りのない本心である。常に効率的で無駄なことをせずに強者の頂に君臨した俺が、強さよりも大事なこともあるのだと口に出して認めてしまった。



 「アル!間違っているわ。絶対に絶対にマヨネーズよ」

 「アルは記憶を失って混乱していると思います。レッカーフーンの唐揚げにはレモンをかけるのが常識です」

 「アルバトロス騙されるな!唐揚げには塩コショウが一番だ。マヨネーズやレモンなどは邪道だ」

 「俺は本心で言っている。レッカーフーンの唐揚げには何も付けすに本来の味を楽しむのが正道だ」




 俺たちは食事をしながら1時間もレッカーフーンの唐揚げをどう食べるのか討論した。実に無駄で実にくだらない滑稽な時間だったが、俺の心はとても安らいでいた。その理由は人間になったばかりの俺には理解できなかった。

 無駄でくだらない効率の悪い時間は、とても気持ちが良く大切な時間であることに気付くのはもう少し時間が必要だった。

 

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