第3話 食

 人間界に魔獣が姿を見せたのは300年前である。アインツェルゲンガーが発案した人間界征服の余興として送り込まれた多くの魔獣は、瞬く間に人間界の食物連鎖の上位に君臨し、みるみるうちに個体数が増えてしまった。今では魔界よりも人間界の方が多くなってしまった。人間界には魔獣のエサとなる人間、動物、植物など多くのエサが存在することが原因である。現在、魔獣の生息範囲は人間界の5分の1であり、魔王軍よりも大きな成果をあげているのは皮肉な話だ。

 人間達は魔獣たちを魔王軍の配下だと解釈をしているが、魔族にとって魔獣は食物もしくは害獣であって仲間でも配下でもない。そもそも意思の疎通ができない。


 

 「ここで一旦休憩をとるぜ」

 「そうね。お馬さんを休ませてあげないとね」



 メーヴェがキュートな笑みを浮かべる。動物に愛情を注ぐメーヴェの気持ちに俺は理解できない。魔界では魔獣は人間界の動物と同じ定義に当てはまるといえる。俺たち魔族は魔獣を道具のように扱うことがあっても愛情を注ぐことはない。もし、魔獣を移動手段で使うとすれば、死ぬまで働かせて動かくなれば新しい魔獣を用意するだろう。魔獣に休息を与える概念は存在しない。


 

 「この辺りはもう魔獣はいないはずです。でも万が一に備えて1㎞圏内の結界を張りましょう。この結界内に魔獣が侵入すればすぐにわかりますので安心して休んで下さい」



 馬に休息を与えることを目的として、見晴らしの良い場所で休息をとることになった。

 俺は人間とは効率が悪い生き物だと感じていた。人間の移動手段は歩く走る馬に乗る、この三つしか方法がない。人間の歩行・走るスピードは移動手段には適しているとはいえない。せいぜい移動距離は20㎞圏内が限界でスピードも遅く、体力の消耗も激しい。そして、馬などの動物に乗って移動する手段も効率的とはいえない。人間自身の体力は消耗はしないが、動物の体力は消耗してしまう。それに、馬が目的地を理解してひとりでに移動するのではなく、人間が操縦をしないといけないのも効率が悪い。その点、魔族なら背中の翼で自由に空を飛び高速で移動することができる。もちろん翼のない魔族もいるが、魔法で空を自由に移動することができる。人間には翼はないし飛行魔法も習得していない。だから、効率が悪い歩く走るという最悪の選択肢を選ぶのだろう。こんな効率の悪い人間がこの世界の頂点に立っていたことは、人間界がレベルの低い世界だったと言わざる得ない。魔獣が人間界の上位に君臨したのは当然だった。



 「ミーラン、食事の準備をするから手伝ってよ」

 「わかった」



 馬を休息させている間に食事をとることにした。



 「俺も何か手伝おうか?」

 「アルは休んでいて」

 「そうです。まだ顔色が悪いと思いますのでゆっくりしてください」

 「アルバトロス、食事の準備は俺たちに任せておけ」

 


 仲間たちは俺に気をつかいキャリッジ(馬車の中)で休息をとるように促す。俺は体調が悪いわけではない。人間の体・習慣・感情・感覚に馴染むことができずに戸惑っているだけであった。

 

 人間は一日に三回の食事をするのが常識らしい。俺からすればこれも非効率である。魔族は一度の食事で数か月過ごせる省エネ体質であり、空腹で力が出ないというくだらない事情が発生することもない。食事を毎日取るという性質は知性がない魔獣に近いといえるのかもしれない。


 

 『グゥゥ~~~』



 俺の腹部から空腹の知らせを告げる大きな音がなった。



  「アル、もう少し待ってね!」 



 メーヴェの可愛い声が聞こえた。

 

 本当に人間とはなんて効率が悪い生き物だ。いや、今回は効率ではなく無駄な機能といっても良いだろう。お腹が空いたことは本人が自覚しているにもかかわらず、さらにお腹を鳴らして食事を催促するなんて滑稽だ。人間にはなんのために口があり言語があるのだろう。お腹を鳴らすよりも言語で伝える方が効率的である。それに、なんだか心を覗き見されたような恥ずかしさを感じてしまう。



 「わかった」



 俺は顔を少し赤くして小声で返答した。


 しかし、食事を作るだけなのにどれだけの時間をかけているのだろう。食事など魔獣の食べられる部位を食べやすい形に切れば済むことである。皮を剥いだり内臓を取り出したりする手間はあるが10分もあれば十分である。なのに食事の準備をすると言ってから30分以上が経過した。人間はどれだけ効率の悪い作業をしているのかと俺は少しイライラしてきた。そもそもこのイライラの原因の一つは、空腹も関係しているはずだ。すぐにお腹が減る人間の体質は欠陥品であることを再認識した。そして、そのイライラを増長させる出来事が訪れた。それは、馬車の外から入ってきた食欲をそそる説明不能な匂いだ。その匂いは空腹の俺を魅惑するとても刺激的で、気が付くと口のまわりにはよだれが溢れ出ていた。



 「アル、レッカーフーンのから揚げができたわよ」



 俺はよだれまみれの口を裾で拭いてすぐに馬車から飛び降りて三人の元に駆け寄った。ちなみにレッカーフーンとは体長3mの赤いとさかの飛べない鳥である。簡単に説明すると人間界のニワトリに似た魔獣だ。魔界でも食用として捕獲される。



 「なんだこれは!これが本当にレッカーフーンの肉なのか」



 俺は正統勇者一行の仲間たちが作ったレッカーフーンのから揚げを見て興奮を抑えることができなかった。





 

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