ぐるりと廻る

もち

第一廻 油揚げ、そして……

油揚げ・上

 うららかな日の下で、そよそよと心地よい風が吹いていた。

 木々と緑に囲まれたその場所に、祠はひっそり佇んでいる。その前には、二つの人影が留まっていた。


「おあげです。どうぞ」


 黒髪の女性はそう言うと、目の前の祠へ油揚げを供えた。その様子を後ろで眺めていた男は笠を被ると、「それでは行こうか」と娘を促した。


「はい」


 二人は祠に一礼するとその場を後にした。再び、静寂が訪れる。

すると、どこからともなく笑い声が聞こえる。


「ふふふ……」


 その笑い声は、祠の中からしているようだ。


「あの人間達……。良い奴だったな」


 声の主はそう言うと、供えられた油揚げに真っ白い前足を伸ばした。


「商売、頑張って欲しいねー」


 のんびりと、別の声が返事をする。

 そう――この祠の内側には、二匹の白狐びゃっこがいるのだ。

片方はきびきびしており、もう片方はのんびりしている。双方とも名はなかった。


 二匹はそれぞれ一枚ずつ、油揚げをほおばり始めた。油揚げはきつね色でじゅわり、とだしが滲み出ている。


「それにしても。油揚げうまい!最高だ!」

「おいしー!」


 あまりにもおいしかったので、二匹はあっという間に平らげてしまった。


「だけど……これだけじゃあ足りないな……」


 きびきびした方の狐は、そうぼやくと、お腹をさすった。まだ満腹ではないのだ。


「なあ、もっと欲しいと思わんか?お前も油揚げ、もっと食いたいだろ?」

「確かにー!」


 のんびりした方は大きく頷くと、残りの油揚げを飲み込んだ。


「よーし!それじゃあな……」


 さてさて。何やら狐たちは、悪だくみを思いついたようで、さっそく行動を起こすことにした。

 そんなこんなで、場面は森の祠から江戸の町へと移る。


 ここは江戸の町。木造建築が立ち並ぶ通りには、商人・町人・武士と、様々な人々が行き交い、各々が生活している。

 その一角に、とある万屋よろずやがあった。そこには大変暇そうな、3人の若者がいたのだが――。


「今日の昼、何にするんだ?」


 その中のにいた、虎のような髪色をした青年が、あとの二人に質問を投げかける。


「私はうどんが食べたいわ」

「僕はそばだなぁ」


 鼠色の頭をした女と柴犬のような髪色の男は、各々が食べたいものを言うが。


「うどん」

「そば」

「うどん」

「そば」


 女と男は、それぞれの好物を主張し始めた。ただ、うどんとそばを言い合っているだけなのだが、あまりにも真剣な二人を眺めていた青年は、ため息をついた。

 俺はどっちでもいい……と内心思う。だがしかし、この二人はそうではなさそうだ。

 

「うどん」

「そば」


 まだ続けている。この調子だと、昼餉どころか夕餉になってしまうのではないだろうか。


「どっちか譲らない限りキリがないぜ……」


 金髪の青年が水を差すと、二人は一旦静かになった。


「それじゃ、狐拳きつねけんで決めるとしましょう」


 そう言ったのはこの万屋の店主、折笠掬弥おりかさきくみ。鼠色の髪に青色の着物を着ている女性だ。


「よし!それなら、負けた方が奢るのはどう?」


 この青年は、最上怜乃介もがみれいのすけ。掬弥の相棒である。

赤味がかった茶色の髪で、着物の上には飴色の羽織を着ている。

 そして、そんな二人を横で眺めている青年は、琥太郎こたろう

黄土色よりの金髪に、赤橙色の着物を着ている、見た目がやや派手な青年だ。彼は用心棒として万屋に雇われていた。


「あら。後で文句、言わないでよ~?」


 掬弥は得意げにそう言うと、怜乃介と狐拳を始めた。琥太郎は腕を組みながら、成り行きを見守った。


「はいっ狐!」

「ほいっ猟師!」


 この勝負に負けたのは、怜乃介の方だった。


「何でさっき、奢るなんて言ったんだろう……」


 ひどく落ち込んでいる怜乃介に琥太郎は、苦笑いになった。怜乃介にはかっこ付けては失敗することが、しばしばあったからだ。


「その場の勢いってやつか……?」


 そんなこんなで三人は、うどんを食べようと屋台へ向かったのだが――。

何やら、町中がざわざわと騒がしい。周りには慌てふためいて走っている者もいた。一体何があったのか。


「騒がしいけれど何かあったの?」


 掬弥は、近くにいた町人の女性に尋ねた。


「ああ万屋さん。それが……」


 ため息交じりに女性が言いかけた時、中年の商人が掬弥たちの話に割り込んできた。


「あちこちで、油揚げが無くなっているんだよ!ああ、困った困った」


 万屋の三人は驚いた。自分たちが、うどんとそばを言い合っている間に、町ではそのようなことが起きていたとは……。


「そうなの!突然、目の前で消えたのよ?ほんと、びっくりしたわぁ……」

 

 町人の女性は頭を抱えると、商人と互いに顔を見合わせ、今度は二人してため息をついている。

何と江戸の町から、油揚げがすっかり、無くなってしまったようなのだ。


「へえ~。おかしなこともあるものね……」


 掬弥は怪訝そうに言うと、怜乃介も疑問符を浮かべて、


「一体、誰の仕業だろう?」

「う~ん……。まさか、幽霊……」


 ぼそりとと呟いた掬弥に、琥太郎は思わず身震いした。彼は、お化けや幽霊の類が大の苦手なのだ。


(じょ……冗談じゃないぜ!?)


 琥太郎は、話し込んでいる一同から離れると、「寒気してきた……」と震えながら路地裏の方へ歩いて行った。


「こんな真昼からお化けなんざ、出てたまるか!姐さんも冗談きついぜ……」


 独り言ちながら、地面に転がっている石ころを蹴る。それはコロコロと転がり、目の前に置いてあった木箱にぶつかった。

 琥太郎はしばらく、その辺をぐるぐる歩いていたが、視界に何か白っぽい物があることに気付く。


「何だあれ……」


 木箱から、何か白いふわふわした物が、飛び出だしているのだ。

 琥太郎は不審に思いながらそれに近付く。すると同時に、何やら嗅ぎ覚えのある匂いもする。


(……?)


 首をひねりながら、木箱の中を覗こうとしたその時。ふわり、と数枚の油揚げが浮かんできたのだ。それに続いて――。


「油揚げ油揚げ!やっほーい!」


 のんきな声と共に現れたのは、油揚げをおいしそうにほおばっている白狐だった。


「えへへ!おいしーな、おいしー!」


 はしゃいでいた狐は、そのまま琥太郎の頭に勢いよくぶつかると、「あいたっ」と言って、今度は「はっ!?」と驚いた。


「何だ、こいつ……」


 琥太郎は目の前の状況に驚いてしまって、しばらく動けなかった。

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ぐるりと廻る もち @mochi_kobako

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