色変えろ!

黒猫夜

紫陽花と死体と

 放置された工事現場で男は穴を掘っていた。


 ザクザク ザクザク


 時刻は深夜の3時を過ぎたころ。

 月は新月、街の明かりは遠く、男のヘッドライトだけが明かりであった。

 穴の深さは1.0mほど。かがんだ男の姿は外からは頭ぐらいしか見えない。


 ザクザク ザクザク


 男は汗をぬぐって、穴の脇を見やる。そこには死体の入った大きな袋がある。

 男は遠い目をした。人を殺した悔悟と怒りがこみ上げる。しかし、”アイツ”を殺して犯罪者になるのは嫌だった。


 ザクザク ザクザク


 男は死体が入るのに十分な穴を掘ると満足し、それを埋めると立ち去った。



 1か月たち、そこはまだ空き地だった。

 男が死体を埋めた穴は誰にも見とがめられることはなく、そこに在った。

 男は安堵し、去った。



 2か月たち、そこはまだ空き地だった。

 男が死体を埋めた穴は雑草に埋もれた。

 帰りに数人のグループとすれ違った。顔を見られた。

 しばらくはここには来るまい。男はそう決めた。



 3か月、4か月たったが、あの死体はまだ見つかっていないようだ。

 そろそろ見に行ってもいいだろうか。男は思ったが、また人と出くわしたらと思うと、近づけなかった。忘れよう。男はそう思った。




 1年が過ぎたころ、そこには家が建っていた。

 男はそれを知って狼狽した。死体は、埋めた死体はどうなったのだろう。

 男は矢も楯もたまらず、その家に、死体を埋めた穴に、足を運んだ。


 そこは花壇の一角になっていた。

 知らない女が紫陽花に水をやっていた。

 男は掘り返されていないことに胸をなでおろすと、女に見つからないようにその場を去った。


 穴を去った男だが、心に引っ掛かるものを感じた。

 紫陽花と死体、何か関係があった気がする。

 ああそうだ、と男は膝をうった。

 昔、男は”アイツ”から聞いたことがあった。


 紫陽花の花の色は植えた土のpHで色が変わるんだ。

 死体が埋まってたら土は酸性になるから、そこだけ色が紫に変わるのですぐにわかっちゃうんだってさ。


 推理小説の受け売りだけどと、笑いながら”アイツ”は言った。

 皮肉なことだ。男は失笑した。


 ”アイツ”が紫陽花の下に埋まる死体になっている。

 また、男を追い詰めようとしている。

 だが、そのひけらかした知識から、男はまた”アイツ”を消すことができる。


 男は推理小説を読まなかった。そもそも、本を読むなんて性に合わなかった。

 だから、”アイツ”に出会わなければ、紫陽花と死体のことなんて知らなかったろう。そも、”アイツ”がいなければ、男は人を殺すことも、死体を隠す必要もなかったのだが。


 男は次の日、ホームセンターに行って、石灰を買った。

 土をアルカリ性にして、色を変えてやれば、死体がばれることもないだろう。

 男はほくそ笑んだ。



 6月になり、女の家の紫陽花が咲いた。

 の中で一角だけ、血を吸い上げたようなが咲いていた。


 きれいな紫の花が咲くようにを使ったのに……。

 女は首を傾げる。何かいたずらでもされたのだろうか。


 女の頭には、なぜかある男の顔が思い浮かんでいた。

 紫陽花に水をやっていた時にふと見かけた男の顔だった。

 そして、それは、1年ほど前、この人気のない土地を下見に来た時に不自然にすれ違った男の顔でもあった。

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