月の部屋~しとねのうた・番外編~

月乃 冬香

第1話 

 その邸宅は、邸宅と呼ぶには少し狭かった。しかし、陰間から身を引いた時羽が、一人で暮らすには、丁度良い広さだと思った。時々、雪安が泊まる事を考えても、使い勝手が良い広さだった。それに、家事に不慣れな時羽を気遣って、雪安の目下の凛太郎が、時々様子を見に訪ねてくれていたので、それ程不便も感じていなかった。

(こんなに恵まれて…良いだろうか……)

 不安に苛まれる程、時羽は幸せを感じていた。今宵、雪安が泊まる部屋の掃除をしながら、溜息を吐いてしまう。

(こんな贅沢な悩み…バチが当たりそう……)

 時羽は首を横に振り、箒を持つ手を動かした。

(雪様……)

 部屋の掃除を手早く終わらせ、時羽は炊事場へ向かった。慣れない手つきで苦手な料理をしていると、辺りはすぐに暗くなってしまう。

 血のように赤い夕陽は、あっという間に沈み、鈴虫の声と共に、夜の闇が擦り寄って来ていた。







 行灯の灯りを消してしまうと、障子を透けて入り込む月明かりだけになる。青白く、畳の上を滑る光で、部屋中が薄青く染まる。そんな幻想的な空間で、時羽は恍惚としていた。

「どうした…?黙り込んで……」

 褥の上で座っている時羽を、雪安は背後から抱き締めた。

「月明かりが、とても綺麗で……」

「そうだな…今宵は、満月だからな…」

 雪安も時羽の視線を辿り、青白い光を愛でた。

「時羽は、月が好きか?」

「はい…子供の頃から…」

 時羽は白い手を月光に翳し、掌で光を掬った。

「私は…月から来たんです…」

「…それは本当か?だとしたら、まるで竹取の姫だな…」

 雪安は軽く笑いながら、時羽の長い黒髪に顔を埋めた。

「姫ではありませんが…」

 時羽も、小さく笑っていた。

「俺にとっては、姫も同然……中々会いに来れず、すまなかった……」

「いいえ…今宵、こうして会えましたから……」

 懐に隠すように、時羽を深く抱き締める。

「…ゆ、雪様っ…苦し…!」

「す、すまない…つい……」

 布団の上に足を投げ出し、時羽は無邪気に笑う。

(身請けをして本当に良かった…こんな笑顔、茶屋では見られなかった…)

 雪安は、時羽の髪を手櫛で梳きながら、悦に浸った。

「此処での暮らしはどうだ?不便はないか?」

「はい…凛太郎さんが、時々訪ねてくれますから…」

「うーん…それが心配の種だ…」

「はい?」

「凛太郎に言いつけておいて何だが……時羽と歳が近い故、心変わりされるのではないか、とな……」

 少し照れながら、雪安は笑う。

「そんな心配は無用です…」

「ん?」

 時羽は振り返り、雪安の脚の間で立ち膝になると、雪安の頭を胸に抱いた。

「私は、雪様だけです…」

 母親が子供にするように、腕の中で雪安の頭を撫でた。

「時羽…」

 雪安も、両腕で時羽の身体を抱き締める。青白く染まる部屋の中で、このまま時を止めてしまいたい。

「時羽…」

 耳元で名を呼びながら、夜着の帯に指を差し入れ、結び目を解いた。色事を察した瞬間から、肌の下が疼き始める。耳にかかる熱い吐息で、身が滅んでいくように脱力する。

「雪、様……」

 湖面のような黒目に、欲が滲む。

「…欲しいか?」

 親指で、半開きの下唇をなぞると、震えるように答えた。

「ずっと…待ってた…」

「いい子だ…」

 青く白い光、差し込む褥に跪く。

 鷹のような目で時羽を見下ろし、少し荒っぽく、はだけた夜着を剥いだ。

「…ッ…」

 息を呑む白い肌が、青く染まる。裾を割り、雪安が身体を割り込ませると、潤んだ瞳を向けてくるから、堪らずその唇を塞いだ。

「…ん……」

(雪様の…匂い…味が、する……)

 貪るように舌を絡め、舐り合う。もう、客と陰間ではない。今の二人の間に、嘘や絵空事は必要ない。

「…ぁ…ッ…」

 肌をなぞる掌が、汗で湿気を帯びる。高まる体温と共に、昂ぶる情愛。自ずと秘所が疼き、よがりたい欲求が、喉元に這い上がって来る。

「すっかり…前回の痕が、消えてしまったな…」

 時羽の白い肌を吸い上げながら、雪安が再び痕跡を刻む。

「…んっ…あ…」

 優しく愛撫される度、先を急ぐ欲が理性を潰していく。

「…欲しい…早、く……」

「何を…?」

 敢えて、少し意地悪く聞いてみる。

「…雪様の…ッ…」

 潤む瞳が、さらに水を湛え波紋を作る。

「こ…此れ、が……」

 手を伸ばして、雪安の帯の下を探り、熱を持つ己が望みに触れた。

「煽っているのか…?」

「…はい…」

「悪い子だ…されど、可愛い子だ……」

 着崩れた夜着の合わせに手を入れ、時羽の内腿の間をなぞり、欲の受入口に触れる。

「…自分で…準備して、おきました…」

 雪安は、僅かに目を見開く。

「すぐに…挿れて貰えるように…前戯の時間さえ、惜しくて……」

 途切れ途切れに、伝える唇は小刻みに震え、懇願する瞳は潤んで、今にも感情が溢れてしまいそうだった。

「…此処を?…自分で?」

 秘所に指を立てながら、耳元で尋ねる。

「…ッ…は、い……」

 時羽は縋るように、雪安の肩に顔を埋めた。突き立てられた指が、既に柔らかくなった粘膜に埋もれていく。

「そうか…ならば……」

 時羽の夜着を捲り上げ、膝を掴んで、外側に大きく脚を開かせた。

「…ッ…!」

 反応を示す腰をしっかりと固定し、発熱して充血する雪安自身を、時羽の中へとゆっくり捻じ込んだ。

「あぁ…あ…」

 すぐに啼き出す身体に、抑えていた欲を解放する。自分だけのものになった肢体を掻き抱き、誰にも見せないように、腕の中へ抱き隠した。

「時羽…」

 細い腰の中をいっぱいに満たして、その下腹を破らんとばかりに穿つ。

「…あ、あ、あ、あ……」

 声にならない声で喘ぎ、開いた脚を雪安の腰に絡ませる。

「あぁッ…だ、め……そ、んな…張り詰め、ない…で……」

「すまない…間が空いてしまった分、堪えていたから…」

 時羽が言った通り、中はよく解されていて、柔らかく濡れて、腰を打つ度に、粘膜が吸い付くようだった。その様に、昏い欲が芽生え虐めたくなる。雪安は動きを止め、時羽を見下ろし、耳元で尋問を始めた。

「どうやって…自分で解した?」

「…え?…通和散を、使って……」

 戸惑いつつ、時羽はおずおずと答える。

「指を、此処に?」

 言いながら、粘膜の壁をつつくように腰で叩いた。

「あッ…」

「中を掻き回して?」

 肉を抉るように動くと、時羽の背が弓なりにしなった。

「や、あぁッ…」

「想像していたのか?こうされる事を…」 

 くの字に曲げた膝で雪安の腰を挟み、長い髪を広げて喘ぐ時羽に、まだ、陰間の名残りを感じた。

「…雪さ、まっ……」

 涙目で訴える白い肌に惑わされ、雪安は理性を手放し、腰を打った。

「…っ…あっ……あっ……はっ…」

 月の光が青白く彩る裸体に、深く深く己を刻む。雪安が時羽の胸に項垂れると、白い腕がその頭を抱いた。上下する胸、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「ずっと…こうして、ほしくて…ッ…も…っと…触れ、たくて……」

「時羽…」

 抱き締める腰の中で、歓喜に震える己が欲の芯。雪安は恍惚として、時羽の乳首に吸い付いた。中が、一層狭くなる。

(壊してしまいたい…もっと、深く…時羽が欲しい……)

 月の姫は、男を誘い、抱かせては惑わす。布の波間で絡まりながら、月光を浴びて溶けていく。身体を激しく揺さぶられる度に、見え隠れする絶頂。このまま離れたくない愛しさと、早く到達したい焦燥が寄せては返す。

「も…あっ…だ、め……」

 雪安の背に両脚を絡ませて、時羽は果てた。その後を追うように雪安は、穿った時羽の胎内深くに、収まり切れない程の精を放った。

「…雪、様……雪様…?」

 ただ、荒い息遣いだけが室内に響く。時羽の上に突っ伏したまま、雪安は言葉を失くしていた。

「大丈夫、ですか…?」

「…………ああ…」

 間の抜けた返事に、時羽は小さく声を立てて笑った。脱力した上半身を起こし見下ろすと、頬を上気させ、微笑む月の姫がいた。

「時羽……」

 姫の指が、頬に触れる。

「雪様…」

 絶え間なく愛しさが込み上げ、未だ繋がったままの身体を離したくない。

「もう…離さない……」

 障子の格子状の枠が、月明かりで影になり、檻のように二人を囲う。

「ねぇ、雪様…私は…貴方がいれば、何もいらないんです……」


 月に帰れなくなった姫は愛する人と、月夜に現れる牢獄で契りを交わす。

 この命、尽きるまで………。

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