悪の組織の生体兵器は人間になりたい

やまだひろ

第0話 愛は世界を救う

 世界の破壊を目論む悪の組織、ニュークリア。

 その幹部である女は拠点の地下にある研究施設に足を運んでいた。


「13番ですか、マキナ様?」


「ああ」


 通りかかった研究員に首肯し、マキナと呼ばれた幹部の女は数多のセキュリティを突破して目的地へと辿り着いた。


 マキナの視線の先には巨大な培養槽。

 緑とも青とも付かない淡い色の培養液で満たされた槽の中心には、胎児のような人型の生き物が浮かんでいた。


「ニュークリア……ね。穢れた今の世界を破壊し、穢れ無き新たな世界を創る……。本当にそんなことができると思ってるのかしら」


 馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりの笑いを零したマキナは身に纏っている白衣のポケットから小銭サイズのチップを取り出し、培養槽の胎児と見比べる。


「……これで……ようやく……」


 マキナは手にしたチップを胸に抱く。


「……私の、愛しい子……」


 恍惚とした表情で呟いたマキナは次の瞬間にはスンと真顔に戻り、近くにあった制御盤へ向かい、慣れた手付きで操作する。


 ……カタカタカタ──ッターン!!


 力強く大袈裟にキメたマキナ。

 すると制御盤の側面が開き、挿入口があらわれた。


 マキナはチップを一瞥し、挿入口に差し込んだ。

 制御盤に備え付けられたモニターには何かの進行度合いを示すゲージとパーセンテージ。


「うふふ……いい子に育つのよ……?」


 培養槽を撫で、マキナは微笑む。


 倫理、道徳、常識──人間社会で生きるのに必要不可欠な情報をインプットしたチップ。

 悪の組織の幹部ともあろう者が、なぜそんなものを世界を滅ぼすために造った生体兵器にインストールしたのか。


 理由は至極簡単。


 ──ずばり、愛だ。


 胎児が人型をしていることから分かるように、素材には人間の遺伝子が使用されており、その遺伝子というのが、他ならぬマキナの卵子とエクスという男の精子。その他にも生物、非生物を問わず数多くの因子が用いられているが、培養液内の胎児を構成している主な素材は上記のものだ。


 つまるところ、マキナは我が子とも呼ぶべき存在が培養槽の中ですくすく育っていく様子を目の当たりにして母性に目覚めてしまったのである。


 悪の組織の幹部である以前に母親となったマキナは、培養液の中で現在進行形ですくすくと成長を遂げている胎児を一頻り愛でると、名残惜しそうにその場をあとにした。









 ──数日後。


 生体兵器は物凄く成長していた。


「……高校生ぐらい、かしらね」


 培養液で眠る生体兵器を凝視し、マキナが呟く。


「まずは気が済むまで抱き締めて身体測定をして、それで──って、それより先に名前を付けてあげなくちゃね」


 そう言ってマキナは頭を捻る。


「……うーん、そうね……製造番号13……生体兵器……生命の創造……神の御業……禁忌……存在してはいけない、望まれぬ者──招かれざる者……13人目の……」


 頭に浮かんだ言葉から連想し羅列していく。

 すると、ズガーンと脳天に雷が落ちたような強烈な感覚と共に閃いた。


「──ロキ」


「──……」


 名前に反応してか、生体兵器が目を覚ます。


 培養液の中であるがためにぼこぼこぶくぶくと泡が吐き出されるだけだが、その口の動きを見るに、どうやらマキナの言葉を反復しているようだった。


「あっ……!?」


 生体兵器のらしからぬ無垢な瞳に見つめられ、言葉を失うマキナだったが、すぐにハッとして制御盤に向かって培養槽から培養液を抜いた。

 

 浮力を失った生体兵器はその場に倒れ込む。


 這う方法、座る方法、立つ方法、歩く方法──それらが知識にあったとしても筋肉を使ったことがないのだから、動こうとするだけで生まれたての小鹿のようにぷるぷると震えてしまう。


 そんな生体兵器を「頑張れ頑張れ」と手に汗握りながら見守るマキナの眼差しは、どこからどう見ても母親のものだった。


 それからほどなくして立ち上がった生体兵器。

 足の震えが収まり、よたよたとではあるが歩けるようになったところでマキナは培養槽を開放し、飛び付くように生体兵器を抱き締めた。


 そして名も無き生体兵器に告げた。


「あなたの名前は『ロキ』よ」


「……ロキ」


「そう。そして私はマキナ。あなたの母親よ」

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