2.「"狂乾"のハインライン」

 魔術師が掌を向け、撃ち出した魔力が男の胸に風穴を開ける。

 ……致命傷だ。それは誰の目にも明らかだった。


 魔術師はそこで取る彼の行動をまずは見極めたかった。


 即ち、潔く諦めるか、往生際悪く最後まで足掻あがいてみせるか、である。

 男は傷口を一瞥いちべつし、思案する素振りすら見せず──


「……そうこなくちゃな!」


 魔術師は快哉かいさいを叫んだ! 彼が望んだ通り、お行儀よくだおれようとはしない。

 死なば諸共もろとも、体が動く限りは戦い続けるつもりのようだ。


 ──間合いを詰め、中段から剣を小さく振り被り、相手の脇腹目掛けた斬り上げで上半身の斜め両断を狙う!


 ……この一振りに全てを賭ける!

 しかし、死力を尽くした彼の斬り上げは護身用の杖に阻まれた──


 刃が杖の半ばまで食い込み、止まる。胸を破壊されて呼吸が出来ない為、これ以上の力が生み出せず、押し込めない。


 歯を食いしばり、男は魔術師を見た。視線がかち合う。

 すると、魔術師は小さく笑った。


『…………!』


 最早、声にならぬ声で男はうめき、剣を握る力も失ってその場に取り落とす。

 直後に意識を失うと、前のめりに倒れ──ようとしたところで、全身が血煙ちけむりよりもこまかいちりとなって、風に吹かれて消え去ってしまった。




*



 ──短い攻防が終わり、後に残ったものは一本の両手剣バスタードソードだけ。

 男の身に何が起こったのか? 理解が追い付かず、ローウィンは呆然としていた。


 ……けれど、いつまでもほうけてはいられない。

 自分より遥かに格上とはいえ、敵はまだ目の前にいるのだ。敵がこのまま見逃してくれるという保証もない。絶望的であっても戦いを挑まねばならぬ時もある。


 ローウィンが覚悟を決めて腰の長剣ロングソードを抜いた時──意外なことに魔術師の側からてのひらを向けて、血気にはやる彼の無謀な敵対行動を制したのだ。

 そうした後、警戒を抱かせないようになるだけ明るい声色で彼に話しかける。


「待て。まぁまぁ、待て待て。こう見えても俺は話が通じる方なんだ。もうちょっと待ってみようぜ?」


「……待つと何があるっていうんだ」

「それは──すぐに分かるさ」


 そう言うや、魔術師は自身を中心に魔力を放射する。攻撃性はない。魔力の働きを探る為のものだ。


「人か精霊か。はたまた神の力にるものか。しかし、つまるところは魔力だ──」


 ほどなく、場所の特定に成功する。距離はそう離れてはいない。

 幌馬車ほろばしゃの側、裏手。こちら側から見えぬ死角。小賢しくもその瞬間は見せぬということか。或いは単純な防衛本能から盾にしただけかもしれないが。


「……彼は、精霊の加護を受けている。そして、精霊の奥義には復活ふっかつの秘術がある。彼自身が使うのか、精霊が都度つど、復活させるのか分からんがね。だが、そのくらいは知っている。俺が好奇心から知りたいのは、そんなことじゃない」


 ──一目ひとめ、見に来た。僅かな好奇心。彼に会いに来た動機は既に述べている。


「世の中にはまことしやかに存在が噂される伝説上の神器がある。正式な名称は不明だが効果は知っている。なんでも、それを目印にすれば転移が出来るそうだ。重要なのは距離ではなく、という点だけどな」


「何を言っているんだ……?」


「……俺は彼が神器を駆使しているのではないかと疑っている。その神器は直近には置けない。危険を回避出来ず、可能性があるからな。となればだ、配置するなら安全な過去が常道──あとは発動時の影響だが、それを確認する為にも、まずは彼に手っ取り早く死んで貰った訳だが……」


 魔術師はこれ見よがしに幌馬車の方を見ながら、語っていた。

 観念したのか、それとも準備が整ったか。先程撃ち倒されたはずの男が姿を現す。

 ──そして、ゆっくりとした足取りでローウィンの方へと歩み寄っていた。


「旦那……!?」

『気にするな。魔法みたいなもんだ』


「そうだな、その通り……これは魔法みたいなものだよ。その様子だと今回は精霊が働いたようだな。多分、"再始動リスポーン"ってやつかね?」


『……お前は何者だ?』

「いいさ、教えよう。ただし、質問に答えるからには君も答えるのが礼儀だ」


 そう宣言して、魔術師は自己紹介を始めた。


「俺はハインライン……生前は"狂犬"きょうけんあざなされた魔術師だ。今は人間が最上大魔孔さいじょうだいまこうと呼ぶのひとつ、死火しかざん火口の守護者をやっている。この瞳を見て分かるように、魔物と人間の混在種だ。混在種は順調に数が増えれば魔族まぞくと呼ばれるようになるかもしれないが……ま、これは同類が吹聴しているだけだがね」


『魔族……?』


「俺個人としては魔人まじんという呼称の方が好きなんだけどな。一部の同類はそのように自称して人間の真似事をしたいらしい……いや、生前叶えられなかった第二の人生を謳歌おうかしたいのかな? 人間の領土に進攻して土地を制圧しているのは、何も魔孔の為だけじゃないってことさ。君らが思っているよりも魔族ってのはよっぽど俗物的で、それ故に厄介になると覚えて置いた方がいい」


 ハインラインはそのように忠告すると、「他に質問は?」と彼らに投げかけてきた。


『死火山は何処にある……?』


「大陸中央の尾根、ここから北。聖マリーナ山脈の何処かにあるうずもれた低い山さ。神話の時代に大噴火して半分以上が吹き飛んだ結果、現在の形になったんだと。昔は火山湖があったらしいが、いつの間にか蒸発して煙じゃなく瘴気を噴き出す大魔孔にすり替わっちまったって訳だ。由緒正しい最古の大魔孔なんじゃないかね? 四つの中で最も小さいが」


「……そんな守護者がこんな所をほっつき歩いてていいのか? 信じられないな」

「来るなら歓迎するよ。暴力で、だがね」


『暴力、か……』


 男がローウィンの側から一歩前へ、進み出ようとする──


「待てよ。そっちの質問に答えたんだ、今度はこっちからの質問に答えるのが筋ってものだろう」


 今にも飛び掛かってきそうな気配を感じた為、ハインラインはその前にいさめた。

 すると、意外にも男はその言い分に従った……単純に丸腰だからかもしれないが。


『手短に言え』

「了解。まずは名前だ。貴殿の名前を知りたい」


『名は──』


 男は考える。そして、言った。


『──無い。好きに呼べ』


「そりゃ無いぜ、救世主殿? 名前は大事だ、俺みたいな魔術師にとっても日常生活でも、実際無いと不便だろう? それでもなんだ、匿名とくめい希望きぼうするのかい?」


『なら、名無しとでも匿名とでも呼ぶがいい』


「強情だね……名を求めて名無しを名乗られたんじゃ、本末転倒だ。それならここはあいだを取ってキボウでいいか。それでいいよな、? 好きに呼べと言ったのは、そっちなんだし」


『……好きにしろ』


 面白くなさそうに男……キボウは答える。

 そしてそれとは正反対に、魔術師は勝ち誇ったような笑みを浮かべた──




*****


<続く>




※「作者のつぶやき・名前などについて」

『救世主=セイバー=剣……という名前の連想でやろうとしたんですが、主要人物の名前にセイバーはいくらなんでもアレなんでデフォルトネームはキボウにしました。作中のやり取りはアクションゲームを意識して少し寄せています。途中、ゲーム中でありそうな選択肢風の会話なども含めて。体験版だし、ちょっと実験してみました』

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